- 42章 ヤコブ、十人の息子たちをエジプトへ送る。 -
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※ 神について、神とあなたの関係についてのあなたの人生にとって一番重大な質問
正直私は、自分の信仰が私の奥底までも届いて、何が起こっても状況がどうであっても、楽天的でいられると良いのにと思います。ほんのちょっとの雨や黒雲が、私の楽天性を奪ってしまいますね。今日多くの人たちがそうなのではないかと思います。ヨセフは兄たちに気づきましたが、彼らはそれがヨセフだとは分かりませんでした。彼らは21年間もヨセフに会っていないのです。ヨセフはほぼ40歳で、エジプト人のような服装をし、エジプト人のように話し、またそのように振舞っています。
(創世記42:1)「ヤコブはエジプトに穀物があることを知って、息子たちに言った。『あなたがたは、なぜ互いに顔を見合っているのか。』」
彼らは陰気な顔でお互いと見合っていました。どこに行ったら良いか、何をしたら良いかわからなかったのです。
(創世記42:2)「そして言った。『今、私はエジプトに穀物があるということを聞いた。あなたがたは、そこへ下って行き、そこから私たちのために穀物を買って来なさい。そうすれば、私たちは生きながらえ、死なないだろう。』」
「私はエジプトに穀物があるということを“聞いた”。」彼はそのことを信じ、それがあればいのちが保てることを信じました。そこで彼はその信仰にしたがって行動しました。「あなたがたは、そこへ下って行き、そこから私たちのために穀物を買って来なさい。そうすれば、私たちは生きながらえ、死なないだろう。」これが救いの信仰ですよ。ヤコブが十人の息子たちの前に立って、「私はエジプトに穀物があるということを聞いた。でも、どうやってそれを信じたら良いのだろう?」などというのを想像できますか?何かを信じるには、そのことに関して行動することです。聖書は言います。(使徒行伝16:31)何かを聞いて、それを信じるのです。年老いたヤコブがしたことはまさにそれでした。そのようにして彼は穀物を手に入れ、家族のいのちを保ったのです。そしてアナタも私も、キリストにある信仰を通して永遠のいのちをいただくのです。
(創世記42:3-4)「そこで、ヨセフの十人の兄弟はエジプトで穀物を買うために、下って行った。しかし、ヤコブはヨセフの弟ベニヤミンを兄弟たちといっしょにやらなかった。わざわいが彼にふりかかるといけないと思ったからである。」
本当のことを言えば、十人を失っても、ヤコブにとってベニヤミンを失うほどにつらくはないのです。ベニヤミンとヨセフはラケルの息子たちで、ヤコブが心から愛したのはラケルだったのです。今、ヤコブは十人全部を送り出し、ベニヤミンだけを手元に残します。
(創世記42:5)「こうして、イスラエルの息子たちは、穀物を買いに行く人々に交じって出かけた。カナンの地にききんがあったからである。」
そして今、この劇的な瞬間が来ます。
(創世記42:6)「ときに、ヨセフはこの国の権力者であり、この国のすべての人々に穀物を売る者であった。ヨセフの兄弟たちは来て、顔を地につけて彼を伏し拝んだ。」
ここで、文字通りにヨセフの夢が成就しました。ヨセフが子どものころ、すべての麦束がヨセフの束にお辞儀をした夢を見たことを覚えていますよね?ここで、その夢が実現しました。すべての彼の兄たちは顔を地につけて伏し拝んでいます。
(創世記42:7-8)「ヨセフは兄弟たちを見て、それとわかったが、彼らに対して見知らぬ者のようにふるまい、荒々しいことばで彼らに言った。『あなたがたは、どこから来たのか。』すると彼らは答えた。『カナンの地から食糧を買いにまいりました。』ヨセフには、兄弟たちだとわかったが、彼らにはヨセフだとはわからなかった。」
なぜヨセフが彼らを荒々しく扱ったかわかりますか?ヨセフは彼らをテストしているのです。ヨセフが最後まで彼らをテストするのをこれから見ていきます。ヨセフは彼らに鋭い質問をいくつかします。
(創世記42:9-11)「ヨセフはかつて彼らについて見た夢を思い出して、彼らに言った。『あなたがたは間者だ。この国のすきをうかがいに来たのだろう。』彼らは言った。『いいえ。あなたさま。しもべどもは食糧を買いにまいったのでございます。私たちはみな、同じひとりの人の子で、私たちは正直者でございます。しもべどもは間者ではございません。』」
ヨセフは馬力をかけますよ。
(創世記42:12-13)「ヨセフは彼らに言った。『いや。あなたがたは、この国のすきをうかがいにやって来たのだ。』彼らは言った。『しもべどもは十二人の兄弟で、カナンの地にいるひとりの人の子でございます。末の弟は今、父といっしょにいますが、もうひとりはいなくなりました。』」
彼の前には十人の男たちしかいませんでした。彼らは、本当は12人いて、ひとりは父とともにいると言いました。もうひとりは「いなくなった」と彼らは思っています。言い換えれば、彼らはヨセフは死んだものと考えていたのですが、ほら、ヨセフは彼らの目の前にいるんです!
(創世記42:14-16)「ヨセフは彼らに言った。『私が言ったとおりだ。あなたがたは間者だ。このことで、あなたがたをためそう。パロのいのちにかけて言うが、あなたがたの末の弟がここに来ないかぎり、決してここから出ることはできない。あなたがたのうちのひとりをやって、弟を連れて来なさい。それまであなたがたを監禁しておく。あなたがたに誠実があるかどうか、あなたがたの言ったことをためすためだ。もしそうでなかったら、パロのいのちにかけて言うが、あなたがたはやっぱり間者だ。』」
ヨセフは自分の弟と接触しようと試みます。目の前にいる十人はみな異母兄弟ですが、ベニヤミンは両親が同じ実の弟です。ヨセフは彼に会いたいのです。ヨセフはこのようにしてベニヤミンに会おうとしています。
(創世記42:17)「こうしてヨセフは彼らを三日間、監禁所にいっしょに入れておいた。」
何だか彼らにとってものごとが悪い方向へ動いています。次には何が起こるのだろうと彼らはいぶかっています。
(創世記42:18)「ヨセフは三日目に彼らに言った。『次のようにして、生きよ。私も神を恐れる者だから。』」
おそらく、この当時ヤコブと彼の家族以外にも神さまを知っている者たちがいたでしょう。彼らは、神さまに近づくにはささげものをしなければならないことを知っていました。でも、このようなことは兄たちの興味をそそることはおそらくなかったでしょう。もしかしたら、この人物にちょっと疑いを抱くようになったかもしれません。それでも、彼は神さまのために証しました。ヨセフは神さまのために証しをする機会を逃したことがないことに気づいていただきたいのです。ここで、確かに彼は証しをしています。ヨセフはいつでも自分の生涯を導いていてくださる神さまにご栄光を帰します。少なくとも、神を恐れる者と言ったことに対して、兄たちはこの人物の手にかかれば正しく取り扱われるということを信じるように励ましを受けても良かったですよね。
(創世記42:19-20)「『もし、あなたがたが正直者なら、あなたがたの兄弟のひとりを監禁所に監禁しておいて、あなたがたは飢えている家族に穀物を持って行くがよい。そして、あなたがたの末の弟を私のところに連れて来なさい。そうすれば、あなたがたのことばがほんとうだということになり、あなたがたは死ぬことはない。』そこで彼らはそのようにした。」
ヨセフは彼らが本物の成長した男たちであるかどうか見るためにテストをしているという口実で、実はこの次には自分の弟に来てもらいたかったのですね。
(創世記42:21)「彼らは互いに言った。『ああ、われわれは弟のことで罰を受けているのだなあ。あれがわれわれにあわれみを請うたとき、彼の心の苦しみを見ながら、われわれは聞き入れなかった。それでわれわれはこんな苦しみに会っているのだ。』」
彼らは自分たちの罪悪感の心からの告白をしています。
(創世記42:22)「ルベンが彼らに答えて言った。『私はあの子に罪を犯すなと言ったではないか。それなのにあなたがたは聞き入れなかった。だから今、彼の血の報いを受けるのだ。』」
彼らは、自分たちに起こっていることは自分たちがヨセフにしたことに対して神さまが復讐しておられるのだ、と感じています。
(創世記42:23-24)「彼らは、ヨセフが聞いていたとは知らなかった。彼と彼らの間には通訳者がいたからである。ヨセフは彼らから離れて、泣いた。それから彼らのところに帰って来て、彼らに語った。そして彼らの中からシメオンをとって、彼らの目の前で彼を縛った。」
彼らに近づいてひとりひとりに抱きつき、「兄さん」と呼びたかったことでしょう。でも、絶対にそうはしません。そうしたら、ベニヤミンをそこに連れてこさせることができなくなるからです。ヨセフはとても感動し、このすべてのことで感情的に一杯になり、泣かずにはいられませんでした。
(創世記42:25)「ヨセフは、彼らの袋に穀物を満たし、彼らの銀をめいめいの袋に返し、また道中の食糧を彼らに与えるように命じた。それで、人々はそのとおりにした。」
ヨセフは彼らからお金を取ることはできません。そこで、彼らの穀物への支払いを返しただけでなく、帰りの道中の食糧まで与えました。
(創世記42:26-28)「彼らは穀物を自分たちのろばに背負わせて、そこを去った。さて、宿泊所で、そのうちのひとりが、自分のろばに飼料をやるために袋をあけると、自分の銀を見つけた。しかも、見よ。それは自分の袋の口にあった。彼は兄弟たちに言った。『私の銀が返されている。しかもこのとおり、私の袋の中に。』彼らは心配し、身を震わせて互いに言った。『神は、私たちにいったい何ということをなさったのだろう。』」
普通の状況の中でなら、これは良いニュースですよね?私たちは励ましとして受け取るでしょう。でも、彼らにとってはそうではありませんでした。彼らは、エジプトくんだりで、彼らにこんなにつらく当たったこの冷酷な支配者のことで、困ったことになったと感じていました。お金が返されていたことは、彼らの心配に更に心配を加えただけでした。エジプトに戻るときにお金は返すことにして、彼らは家に帰ります。
(創世記42:29-34)「こうして、彼らはカナンの地にいる父ヤコブのもとに帰って、その身に起こったことをすべて彼に告げて言った。『あの国の支配者である人が、私たちに荒々しく語り、私たちを、あの国をうかがう間者にしました。私たちはその人に、「私たちは正直者で、間者ではない。私たちは十二人兄弟で同じひとりの父の子で、ひとりはいなくなったが、末の弟は今、カナンの地に父といっしょにいる」と申しました。すると、その国の支配者である人が、私たちに言いました。「こうすれば、あなたがたが正直者かどうか、わかる。あなたがたの兄弟のひとりを私のところに残し、飢えているあなたがたの家族に穀物を持って行け。そしてあなたがたの末の弟を私のところに連れて来い。そうすれば、あなたがたが間者ではなく、正直者だということが私にわかる。そのうえで、私はあなたがたの兄弟を返そう。そうしてあなたがたはこの地に出はいりができる。」』
彼らがエジプトにシメオンを残してきたことを思い出してください。
(創世記42:35)「それから、彼らが自分たちの袋をからにすると、見よ、めいめいの銀の包みがそれぞれの袋の中にあるではないか。彼らも父もこの銀の包みを見て、恐れた。」
もちろん、彼らはこれは何かの企みだと思いました。
(創世記42:36)「父ヤコブは彼らに言った。『あなたがたはもう、私に子を失わせている。ヨセフはいなくなった。シメオンもいなくなった。そして今、ベニヤミンをも取ろうとしている。こんなことがみな、私にふりかかって来るのだ。』」
かわいそうな年老いたヤコブ!彼はもう、私たちが知っていた生意気な人間ではありませんが、もうちょっとあとに見るような信仰の人にもまだなっていないのです。でも、彼は成長しています。今は(以前のように)自慢はしていませんが、でもとても悲観的です。(ローマ8:28)(ピリピ1:6)ヨセフなら、何年もあとになってパウロが手紙に書いたこと同じことを言ったことでしょう。
(創世記42:37-38)「ルベンは父にこう言った。『もし私が彼をあなたのもとに連れて帰らなかったら、私のふたりの子を殺してもかまいません。彼を私の手に任せてください。私はきっと彼をあなたのもとに連れ戻します。』しかしヤコブは言った。『私の子は、あなたがたといっしょには行かせない。彼の兄は死に、彼だけが残っているのだから。あなたがたの行く道中で、もし彼にわざわいがふりかかれば、あなたがたは、このしらが頭の私を、悲しみながらよみに下らせることになるのだ。』」
ヤコブの人生はこの息子ベニヤミンの人生で明け暮れていました。。今、ラケルのもうひとりの息子を失うかもしれないという事態に直面して、ヤコブは、もしそんなことが起こったら自分は死んでしまう、と言っています。ベニヤミンは彼の右手の子なのです。ヤコブはこの子によりかかっています。その間、気の毒なシメオンは牢屋で足止めを食っているのです!
※ 是非、引き続きブログテーマ「創世記」をお読みください。
― 特別聖書集会のご案内 香川県高松木太キリスト教会 -

6月3日(金) ① 19:30~20:30
6月4日(土) ② 14:00~15:00 ③ 19:30~20:30
6月5日(日) ④ 10:00~11:00 ⑤ 14:00~15:00
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救いの福音のメッセージ文書版です。是非お読みください。
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イグアスの滝(自分で撮った写真です。)悪魔の喉笛です。
~一番ポピュラーな、悪魔の喉笛の由来は、その下の岩に打ち付ける滝の音が、悪魔が唸り声を上げている様に聞こえるから...~




