- 4章 エレミヤが背信の民を扱う。 -
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※ 神について、神とあなたの関係についてのあなたの人生にとって一番重大な質問
私たちは今、ヨシヤ王が改革を進めてはいたけれども、まだそれは神さまのみことばが宮で発見される前であった、という時期にいます。ですから、これは改革であって、リバイバルでは“ありません”。このときに起こっていたことは、とても浅いものでした。ヨシヤは、誠実で、確かに神さまに向かって動いていました。ヨシヤ王はエレミヤに耳を傾けました。でも、エレミヤが預言の中で、彼らに致命傷を与えたにもかかわらず、人々はまったく純粋に神さまに立ち返ってはいませんでした。私たちは今、エレミヤが語ったふたつ目のメッセージを見ています。このふたつ目のメッセージは、3章に始まって、6章まで続きます。彼は、人々の背教を取り扱います。
(エレミヤ4:1)「『イスラエルよ。もし帰るのなら、──【主】の御告げ──わたしのところに帰って来い。もし、あなたが忌むべき物をわたしの前から除くなら、あなたは迷うことはない。』」
主は、とても彼らに関心を持っておられ、彼らをご自分との正しい関係に連れ戻したいと願っておられます。主は、もし彼らがご自分に帰って来るのなら、彼らをこの地から取り除くことはない、と言っておられるのです。
(エレミヤ4:2-3)「『あなたが真実と公義と正義とによって「【主】は生きておられる」と誓うなら、国々は主によって互いに祝福し合い、主によって誇り合う。』まことに【主】は、ユダの人とエルサレムとに、こう仰せられる。『耕地を開拓せよ。いばらの中に種を蒔くな。』」
言い換えれば、改革は失敗だということです。地に種を蒔くことはできますが、まず、地を準備しなければなりません。いばらの地に種を蒔いても、何の役にも立ちません。主は、同じことを別の表現で言われました。(マタイ7:6)「・・・また豚の前に、真珠を投げてはなりません。・・・」神さまのみことばを伝えても意味がない、特定のときと特定の場所があると私は信じています。
(エレミヤ4:4)「『ユダの人とエルサレムの住民よ。【主】のために割礼を受け、心の包皮を取り除け。さもないと、あなたがたの悪い行いのため、わたしの憤りが火のように出て燃え上がり、消す者もいないだろう。』」
彼らは、外側の割礼の形式は経験していました。割礼は、彼らがイスラエルの民に属していることを示すしるしでしたが、神さまはただの形式や儀式として割礼をお与えになったのではありませんでした。割礼には、とても確かな健康上の価値があることは示されていますが、重要なのは、割礼の霊的な価値です。彼らの“心”が神さまに向かう必要がありました。
(エレミヤ4:6-8)「『シオンのほうに旗を掲げよ。のがれよ。立ち止まるな。わたしがわざわいを北からもたらし、大いなる破滅をもたらすから。獅子はその茂みから上って来、国々を滅ぼす者は彼らの国から進み出た。あなたの国を荒れ果てさせるために。あなたの町々は滅び、住む者もいなくなろう。』そのために荒布をまとい、悲しみ嘆け。【主】の燃える怒りが、私たちから去らないからだ。」
さて、エレミヤは、いずれ彼らを滅ぼすことになる、北からの勢力が責めてくることを人々に知らせます。この勢力はバビロンです。ユダは、北の10部族が捕囚に行くのを見ていました。今エレミヤは、そのことから警告を受けるようにと彼らに求めています。神さまは、北に新しい勢力を起こされつつあります。そして、その勢力は南下し、最終的に彼らを滅ぼすのです。でも、私たちがここで見るのは、神さまに立ち返ることを拒否する人々です。国や、教会や、あるいは個人が神さまを拒否するとき、神さまも彼らを拒否されます。主イエスが来られて、ご自分をイスラエルの王なる方として示されたことを思い出してください。彼らが主を拒否したとき、主もその報酬として彼らを拒否されました。
(マタイ23:38)「見なさい。あなたがたの家は荒れ果てたままに残される。」
あなたが神さまを拒否することは自由です。あなたの自由意志です。でも、覚えていてください。もしあなたが神さまを拒否するなら、神さまはあなたを拒否されます。‘神さまに背を向ける民族は、神さまが自分たちに背を向けられることに気づくのです。
さて、このメッセージを学びながら、いくつかの山場を取り上げていきましょう。
(エレミヤ4:22)「実に、わたしの民は愚か者で、わたしを知らない。彼らは、ばかな子らで、彼らは悟りがない。彼らは悪事を働くのに賢くて、善を行うことを知らない。」
私たちの政府は、彼らが知識人と呼ぶ人々の助けを使うというのは興味深いことです。ハーバードやあるいはほかの名声のある大学に行き、知能指数の高い若者たちの幾人かからアドバイスを受けるという「専門顧問団」のアイデアを始めたのは、おそらくフランクリン・ルーズベルトだったのでしょう。ああ、私たちは悪をおこなうのに賢いのです!私たちは、世界中での取引で、自分たちは本当に賢いやつだと思っています。自分たちは大物だと思っています。私たちは、正義以外のすべてのことで大物です。私たちは、神さまを知ることにおいてもあまり大物ではありません。神さまは、神さまを知っているふりをしながら本当には神さまを知らない人々は愚かである、と言われます。
私は、議会やスミソニアンについて、何ひとつ知りません。本当の信者ではない、この有名な知識人たちには、神さまのみことばについて何かを書く資格はありません。彼らは神さまを知りません。神さまの本(聖書)を知るためには、“神さまを”知らなければならないのです。興味深いのは、その本の著者を知らなくても、私たちは人間の書いた本を読んで理解することができます。人間の著者によって書かれた人間の本は、ほかの人間にも理解することができるのです。でも、もし聖書を知りたいなら、その著者である方を知り、その方に自分の教師になっていただく必要があります。神さまの御霊だけが、神さまのみことばを、あなたにとって現実のものとしてくださることができるのです。
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イグアスの滝(自分で撮った写真です。)悪魔の喉笛です。
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