もう何十年も前の話ですが、教会に2人の男性がいましたが1人は試練に合って教会から離れて神様に怒っているのかという感じでした。もう1人の男性はこの世的にことがうまくいって、いとも簡単に教会から離れていきました。お母さん👩が教会に行こうとしたら、そんなところ行くのやめたらとか言うそうです。私は最初この人達はなんなんだろうと思っていましたけど、だんだん考えているうちに、何んでこうやって離れていく人たちがいる中で私もいろいろあったけどもどうして神様を信じていけているのかなと思うようになり、何んか自分が信じていると言うよりも、神様が私を離さないでいて下さるんだと思うようになりました。そしてそれだけ神様に愛されているんだと嬉しくなり感謝でした。そして神様のおかげと喜んでいましたが、しかし考えてみると神様は彼らをも愛しているわけですから、その点神様は平等です。何でそうなるのかと言うことになるのですが、やはり自分に与えられている自由意志で選択しているわけですね。この男性2人は修養会で神様の勉強をするために行くわけですが、当時はスマホ📱もありませんので皆聖書を持っていきますが、まったく持ってきませんでした。牧師が後でいい加減だと怒っていました。結局信仰の態度がそういうところにも出てくるのでしょう。神様を本当に信じていない。信仰の態度が問題だと思います。どういう姿勢で神様と向き合うか?神様に本当に信頼しているのか?自分で選択していかなければなりません。私達は信仰の生き様を問われるのです。もちろん聖霊の助けや働きがありますが、自己責任でもあります。だから最終的にイエス様の前で裁かれるわけです。神様をどう信じていくか、しっかりとした信仰を持って歩んでいく必要があるでしょう!