クラスの打ち上げに行けなかった事ももちろん悲しいですが
それよりも私がずっとTの言いなりで行動している
そんな自分が、情けなくてとても嫌いでした
はやくこんな生活から抜け出したいなと思いながら
何も行動が出来ていませんでした
ずっと面倒なことから逃げて逃げて
立ち向かう勇気も努力も
もうその頃の私にはありませんでした
そんな時でも家に帰ればいつも
姉が私の話を聞いてくれて
支えになってくれていました
高校も卒業し、気分を変える為に
新しい服も買いにいったり髪を染めたり
高校の女の子の友達と遊んだり、、、
そういうことは怒らずに楽しんでほしいと言ってくれたT
優しい時もあれば、急に怒り出す時もある
そんな日々が卒業してから続きました
そんな生活をしていたある日
忘れもしない 3/24
4/1には大学の入学式があり
もうあと1週間で大学生になるってときに
Tが私に怒り狂った事件が起こりました
いつものように朝から家に来てほしいTは
家に呼び出し、自転車でTの家までいき
朝からTの機嫌を損なわないように過ごしていました
19時くらいになった頃
私はその日生理もあったのかな、、
すごくお腹も痛くて、すごくお腹も減っていました笑
でもそんなことをTに言える訳でもなく
我慢していました
Tはタバコをいつも吸っていて
吸うときはTの部屋から一つ下のリビングのキッチンで吸っています
なぜか、なぜかわかりませんが
その時Tはギターの難しい(?)コードの練習をしながら
タバコを咥えてました
タバコを吸うときは寂しいからっていつも私もリビングまで連れていかれてました
しぶしぶ付いていってた事もあり体調が悪い事もあり、タバコ吸いながらギター弾くなやって思ってた事もあり
Tが「ここのな、これが難しいねん」と言いながら私にギターを見せてきましたが、私は何も見ずに「あぁ、そうなん」ってゆう返事をしました
それにTがガチギレし
色んな罵声が飛んできました
「人の話聞けや」
「それが話聞く態度け?」
私は、あぁ、やっちまった、、としか思わず
心から思ってもない、ただこの怒りが収まって、はやくこの時間が過ぎれば良いというくらいの
ごめんね、しか出てきませんでした
それが火を付けたのか
怒り狂ったTは私を掴んで部屋まで連れて行きました
部屋に入れられたらもうそこからは
Tのパラダイス劇場ですよね
私はもうやり返すとか抵抗もせず
ただただ暴力を受けていました
あー、はやく時間すぎひんかな
はやくつかれへんかな
これいつまで続くんやろ
今日家帰れるかな
そんな事を殴られながら考えてました
今思うと私の思考回路恐ろしい、、、笑
そして、、、
何分か経ったあと、リビングの方から凄まじい声とともに階段を駆け上がってくる音がしました
はい、Tの母親でした
Tの母親はその時仕事から帰ってきてお風呂にはいっていたみたいで、べちょぬれの髪の毛でバスタオルを体に巻いたままでTの部屋をこじ開けてくれました
びっくりしたでしょうね、開けたら
自らの息子が、よその女の子の顔面を掴んでたんですから
Tの母親は、Tの部屋からものすごい物音がする事に気づいたみたいで急いで上がってきてくれたみたいです
私が暴力を振るわれてた事
自分の息子が暴力を振るっていた事
知ってたんでしょうか?それとも初めて気づいたんでしょうか
それは分かりませんが、Tの母親はTを私から引き剥がし
私に近づかないよう(一応)守ってくれました
私はその光景がいまでもずっと頭に残っています
ただ私は、何が起こったのか分からなくて
それよりもTのお母さんに迷惑掛けてしまった事が申し訳なくて、すみませんと一言だけ言って立ちすくんでました
その間もTはずっと罵声を続け
俺は悪くない、俺は悪くない
なんで俺だけがいつも責められるんや
こいつが、、、こいつのせいで、、、俺の人生めちゃくちゃや、、、、
なんて急に泣き出したり
そしたら急にTは
「ちょうどええわ、お前の親ここに呼べ
俺とお前では話にならんわ、親も入れて話し合いさせろ」
って言い出しました
私は両親にだけは、言いたくなくて
本当に嫌や、ごめんなさい、迷惑かけたくない
ってずっと泣いてました
それでもずっとはよ親呼べや!!!!って
怒鳴り散らすTが怖くて
私は初めて、家に電話をかけました
その時の手の震え、視界の曇り
全て鮮明に覚えてます
家の固定電話にかけました
固定電話には私の電話番号も登録されており
きっと名前が表示されるようになってます
もうその時間は確か11時くらい
そんな夜にまだ帰ってこない娘をきっと心配して待ってたと思います
電話は1コールくらいで、母親が出ました
第一声が
「(私の名前)?!何してるの?どこにいるの?!」
もうその声で涙が止まらずにいたら
Tが何してんねんはよ呼べや!!!って怒鳴り散らしました
母親はその声を聞いて
「誰に向かってそんな口きいてるの!!!」って
言ってましたが、それを後ろで聞いてた父親が
怒鳴り散らして
「なんで何処のやつかも分からんようなガキにそんな口叩かれなあかんねん(部屋の何かが壊れる音達)」
私の父親は怒ると本当に怖いので
その声を聞いただけで私は、
あ、今日T死ぬわ
って思いながら怖すぎて
泣きながら電話越しで
両親に、ごめんとしか言えずにいました
母親は
「いまからすぐ行くからまっときなさい!!!」
とだけ言って電話を切りました
それからもずっとTは罵声を続けながら
私に近づこうとするとTの母親が止めて
Tと一緒にリビングに降りて行きました
私は1人Tの部屋で
今から何が怒るのか怖くて怖くてたまらず
ただ泣くことしかできませんでした
電話を切って10分ほどですぐにベルが鳴り
うちの両親が迎えに来てました
あぁ、、終わったな、、、血まみれになるわ今から
っと思ってましたがリビングにいたTの母親が私を呼び、すぐに私の母親が私の手を引っ張ってTとは何も話さず目も合わさずに、Tの家をでしました
車で迎えに来てくれていて
車の中に入ると
父親が運転席に、そして母親は後から助手席に
後部座席には、姉が乗ってました(兄は県外)
家族全員で私をあの家から助けてくれました
父親は私に怒りながら、母と姉は泣きながら
私が無事で良かったと
言ってくれました
その車で、2時間はかかる
祖父母の家に直行で送ってくれました
何も荷物も服も持っていない
ケータイと財布だけの私と姉を
山の中のど田舎の祖父母の家に置いて
父と母は、
おじいちゃんとおばあちゃん家にいて
絶対にまだ家に帰ってきちゃだめ
ここでの生活を楽しんで
とだけ言って家に帰りました
祖父母の家にはその3/24〜29までの5日間
泊まり込みました
そこでの生活が本当に幸せで
本当に楽しくて、今でもずっと覚えてます
隣には大好きなお姉ちゃん、おじいちゃんおばあちゃん
そして田舎の大自然、、、
今までずっと下を向いて生きてた自分が
とっても浄化されていったような感覚でした
本当にずっと白黒の世界、景色しかなかった日常が
綺麗な色を取り戻したような
私の心がだんだん回復していくのが分かりました
助けてくれた家族には本当に感謝していて
あの時に両親に電話できた自分にも感謝、、
でも
あの日に喧嘩しなかったから、、って
よく思い出しては、良かったなって
この五日間で私は姉と一緒に
いろんなとこに出かけて
自分の好きなものを好きなように
自分の気持ちに正直になれるようになりました
ちょっとしたことで幸せを感じて
こんな事もできるんだ!
何にも縛られてなくて
自分は今、自由なんだ!
ちゃんと私として生きれてる!
そんな気持ちでいっぱいでした
田舎に行く道中で
両親と姉に連絡先も一切全部消すようにと言われて
Tとの連絡手段は何もありませんでした
ですが田舎にいる間
誰からかsmsで長文がきてました
向こうは電話番号を知っていたので、送れたみたいです
長くつらつらと綴られた文には
私は何一つ心は動きませんでした
着信拒否にして、
それから一切連絡が来ることはありませんでした
田舎生活も終わり、実家に帰る日
おじいちゃんとおばあちゃんは本当に寂しそうで
私は高校になってからTの事もあって
あまり2人に会うことが出来ていませんでした
そんな事もあり、久しぶりに会えて
事情はともあれ5日間も一緒に過ごすことが出来て本当に嬉しそうで本当に良かったな、と
2人とお別れして実家に帰ると
コンビニで買ってきたような
私が好きだと言ってたお菓子などなどが
置いてあり、なにこれ?というと
玄関に掛かってた
たぶんあいつやろって父親が
こんなお菓子でどうにかなるもんじゃないし
手紙もあったけど破って捨てた
お菓子も気持ち悪くて全部捨てた
部屋に置いてたTとの写真もアルバムも全部燃やした笑
もう全てスッキリ
私から全部、付き合ってた頃のTを
自ら捨てられた気がした
そんな自由で解放感MAXの状態で
4/1、私は大学の入学式に母親と一緒に向かった
桜が咲いていたけど
その日は雨が降っていた
はじめてのスーツ
あまり履かないパンプス
かしこまるのが嫌いだから
ビジネスバックじゃなく黒の大きいリュックを背負って
ボブから少し伸びた茶色い髪を巻いて
新しい門をくぐった
入学式では、前からSNSで仲良くなってた子達とも
すぐに打ち解けて、沢山写真も撮って
これからとっても楽しい生活が始まるんだろうな
そんな気がした入学式でした
入学式が終わって、大学から最寄りの駅までの道で
母親が急に、「おじいちゃんが、、」って
父親からメールが入ってたみたいでそれをみると
「おじぃちゃんがさっき亡くなりました」
って
急な出来事で本当に何が起こったか分からなかった
4/1が入学式で
4/4.5とオリエンテーション合宿だったから
急いで田舎に向かい3日間だけ、また田舎に泊まった
二日前まで一緒に過ごしていたのに、
信じられなかった
でも本当にあの5日間、一緒に過ごせて良かった
おじいちゃんがきっと最後の力振り絞ってくれたんかなってきっと今も天国で見守ってくれてるんかなって
今でもよく思います
この短期間で色んなことがトントン拍子に巻き起こり
怒涛の期間だったんじゃないかなって思ってます
それから私は大学生ライフを
今までの人生の中で一番とも言えるくらい
楽しい生活を送っていきます
今現在、私は24歳
今年25歳になります
ついこの前、
心から好きだと思える人(さゆくん)と結婚式を挙げられ
大好きな家族、大好きな友達に見届けてもらいました
今がこんなに幸せになっているんだよってことを
過去の自分に伝えにいきたいなって
あなたの将来は絶対に幸せになるから
生きることを諦めないでって
励ましてあげたいな
長い長い文章で私の過去の事を書きましたが
同じような経験をしている人たちに
是非読んでほしいし、もっと大変な人もいっぱいいると思う
でも絶対、自分で自分の首を絞めるなんて事は
何事に置いてもしてはいけないなって思います
ちゃんと自分の人生を
自分の足で生きていけるように
今まで頑張ってきた分
ちゃんとそれが返ってくるから
諦めずに生きれますように
Tとの話はこれで終わりますが
Instagramでの投稿でもありますよう
さゆくんとの生活がこれから続いていきます🕊
またたぶんのんびり更新していこうかな〜
需要があるか分かりませんが
このブログが誰かのためになりますよう
ゆるりと更新をしていきます
ここまでご拝読頂き
本当にありがとうございます
それよりも私がずっとTの言いなりで行動している
そんな自分が、情けなくてとても嫌いでした
はやくこんな生活から抜け出したいなと思いながら
何も行動が出来ていませんでした
ずっと面倒なことから逃げて逃げて
立ち向かう勇気も努力も
もうその頃の私にはありませんでした
そんな時でも家に帰ればいつも
姉が私の話を聞いてくれて
支えになってくれていました
高校も卒業し、気分を変える為に
新しい服も買いにいったり髪を染めたり
高校の女の子の友達と遊んだり、、、
そういうことは怒らずに楽しんでほしいと言ってくれたT
優しい時もあれば、急に怒り出す時もある
そんな日々が卒業してから続きました
そんな生活をしていたある日
忘れもしない 3/24
4/1には大学の入学式があり
もうあと1週間で大学生になるってときに
Tが私に怒り狂った事件が起こりました
いつものように朝から家に来てほしいTは
家に呼び出し、自転車でTの家までいき
朝からTの機嫌を損なわないように過ごしていました
19時くらいになった頃
私はその日生理もあったのかな、、
すごくお腹も痛くて、すごくお腹も減っていました笑
でもそんなことをTに言える訳でもなく
我慢していました
Tはタバコをいつも吸っていて
吸うときはTの部屋から一つ下のリビングのキッチンで吸っています
なぜか、なぜかわかりませんが
その時Tはギターの難しい(?)コードの練習をしながら
タバコを咥えてました
タバコを吸うときは寂しいからっていつも私もリビングまで連れていかれてました
しぶしぶ付いていってた事もあり体調が悪い事もあり、タバコ吸いながらギター弾くなやって思ってた事もあり
Tが「ここのな、これが難しいねん」と言いながら私にギターを見せてきましたが、私は何も見ずに「あぁ、そうなん」ってゆう返事をしました
それにTがガチギレし
色んな罵声が飛んできました
「人の話聞けや」
「それが話聞く態度け?」
私は、あぁ、やっちまった、、としか思わず
心から思ってもない、ただこの怒りが収まって、はやくこの時間が過ぎれば良いというくらいの
ごめんね、しか出てきませんでした
それが火を付けたのか
怒り狂ったTは私を掴んで部屋まで連れて行きました
部屋に入れられたらもうそこからは
Tのパラダイス劇場ですよね
私はもうやり返すとか抵抗もせず
ただただ暴力を受けていました
あー、はやく時間すぎひんかな
はやくつかれへんかな
これいつまで続くんやろ
今日家帰れるかな
そんな事を殴られながら考えてました
今思うと私の思考回路恐ろしい、、、笑
そして、、、
何分か経ったあと、リビングの方から凄まじい声とともに階段を駆け上がってくる音がしました
はい、Tの母親でした
Tの母親はその時仕事から帰ってきてお風呂にはいっていたみたいで、べちょぬれの髪の毛でバスタオルを体に巻いたままでTの部屋をこじ開けてくれました
びっくりしたでしょうね、開けたら
自らの息子が、よその女の子の顔面を掴んでたんですから
Tの母親は、Tの部屋からものすごい物音がする事に気づいたみたいで急いで上がってきてくれたみたいです
私が暴力を振るわれてた事
自分の息子が暴力を振るっていた事
知ってたんでしょうか?それとも初めて気づいたんでしょうか
それは分かりませんが、Tの母親はTを私から引き剥がし
私に近づかないよう(一応)守ってくれました
私はその光景がいまでもずっと頭に残っています
ただ私は、何が起こったのか分からなくて
それよりもTのお母さんに迷惑掛けてしまった事が申し訳なくて、すみませんと一言だけ言って立ちすくんでました
その間もTはずっと罵声を続け
俺は悪くない、俺は悪くない
なんで俺だけがいつも責められるんや
こいつが、、、こいつのせいで、、、俺の人生めちゃくちゃや、、、、
なんて急に泣き出したり
そしたら急にTは
「ちょうどええわ、お前の親ここに呼べ
俺とお前では話にならんわ、親も入れて話し合いさせろ」
って言い出しました
私は両親にだけは、言いたくなくて
本当に嫌や、ごめんなさい、迷惑かけたくない
ってずっと泣いてました
それでもずっとはよ親呼べや!!!!って
怒鳴り散らすTが怖くて
私は初めて、家に電話をかけました
その時の手の震え、視界の曇り
全て鮮明に覚えてます
家の固定電話にかけました
固定電話には私の電話番号も登録されており
きっと名前が表示されるようになってます
もうその時間は確か11時くらい
そんな夜にまだ帰ってこない娘をきっと心配して待ってたと思います
電話は1コールくらいで、母親が出ました
第一声が
「(私の名前)?!何してるの?どこにいるの?!」
もうその声で涙が止まらずにいたら
Tが何してんねんはよ呼べや!!!って怒鳴り散らしました
母親はその声を聞いて
「誰に向かってそんな口きいてるの!!!」って
言ってましたが、それを後ろで聞いてた父親が
怒鳴り散らして
「なんで何処のやつかも分からんようなガキにそんな口叩かれなあかんねん(部屋の何かが壊れる音達)」
私の父親は怒ると本当に怖いので
その声を聞いただけで私は、
あ、今日T死ぬわ
って思いながら怖すぎて
泣きながら電話越しで
両親に、ごめんとしか言えずにいました
母親は
「いまからすぐ行くからまっときなさい!!!」
とだけ言って電話を切りました
それからもずっとTは罵声を続けながら
私に近づこうとするとTの母親が止めて
Tと一緒にリビングに降りて行きました
私は1人Tの部屋で
今から何が怒るのか怖くて怖くてたまらず
ただ泣くことしかできませんでした
電話を切って10分ほどですぐにベルが鳴り
うちの両親が迎えに来てました
あぁ、、終わったな、、、血まみれになるわ今から
っと思ってましたがリビングにいたTの母親が私を呼び、すぐに私の母親が私の手を引っ張ってTとは何も話さず目も合わさずに、Tの家をでしました
車で迎えに来てくれていて
車の中に入ると
父親が運転席に、そして母親は後から助手席に
後部座席には、姉が乗ってました(兄は県外)
家族全員で私をあの家から助けてくれました
父親は私に怒りながら、母と姉は泣きながら
私が無事で良かったと
言ってくれました
その車で、2時間はかかる
祖父母の家に直行で送ってくれました
何も荷物も服も持っていない
ケータイと財布だけの私と姉を
山の中のど田舎の祖父母の家に置いて
父と母は、
おじいちゃんとおばあちゃん家にいて
絶対にまだ家に帰ってきちゃだめ
ここでの生活を楽しんで
とだけ言って家に帰りました
祖父母の家にはその3/24〜29までの5日間
泊まり込みました
そこでの生活が本当に幸せで
本当に楽しくて、今でもずっと覚えてます
隣には大好きなお姉ちゃん、おじいちゃんおばあちゃん
そして田舎の大自然、、、
今までずっと下を向いて生きてた自分が
とっても浄化されていったような感覚でした
本当にずっと白黒の世界、景色しかなかった日常が
綺麗な色を取り戻したような
私の心がだんだん回復していくのが分かりました
助けてくれた家族には本当に感謝していて
あの時に両親に電話できた自分にも感謝、、
でも
あの日に喧嘩しなかったから、、って
よく思い出しては、良かったなって
この五日間で私は姉と一緒に
いろんなとこに出かけて
自分の好きなものを好きなように
自分の気持ちに正直になれるようになりました
ちょっとしたことで幸せを感じて
こんな事もできるんだ!
何にも縛られてなくて
自分は今、自由なんだ!
ちゃんと私として生きれてる!
そんな気持ちでいっぱいでした
田舎に行く道中で
両親と姉に連絡先も一切全部消すようにと言われて
Tとの連絡手段は何もありませんでした
ですが田舎にいる間
誰からかsmsで長文がきてました
向こうは電話番号を知っていたので、送れたみたいです
長くつらつらと綴られた文には
私は何一つ心は動きませんでした
着信拒否にして、
それから一切連絡が来ることはありませんでした
田舎生活も終わり、実家に帰る日
おじいちゃんとおばあちゃんは本当に寂しそうで
私は高校になってからTの事もあって
あまり2人に会うことが出来ていませんでした
そんな事もあり、久しぶりに会えて
事情はともあれ5日間も一緒に過ごすことが出来て本当に嬉しそうで本当に良かったな、と
2人とお別れして実家に帰ると
コンビニで買ってきたような
私が好きだと言ってたお菓子などなどが
置いてあり、なにこれ?というと
玄関に掛かってた
たぶんあいつやろって父親が
こんなお菓子でどうにかなるもんじゃないし
手紙もあったけど破って捨てた
お菓子も気持ち悪くて全部捨てた
部屋に置いてたTとの写真もアルバムも全部燃やした笑
もう全てスッキリ
私から全部、付き合ってた頃のTを
自ら捨てられた気がした
そんな自由で解放感MAXの状態で
4/1、私は大学の入学式に母親と一緒に向かった
桜が咲いていたけど
その日は雨が降っていた
はじめてのスーツ
あまり履かないパンプス
かしこまるのが嫌いだから
ビジネスバックじゃなく黒の大きいリュックを背負って
ボブから少し伸びた茶色い髪を巻いて
新しい門をくぐった
入学式では、前からSNSで仲良くなってた子達とも
すぐに打ち解けて、沢山写真も撮って
これからとっても楽しい生活が始まるんだろうな
そんな気がした入学式でした
入学式が終わって、大学から最寄りの駅までの道で
母親が急に、「おじいちゃんが、、」って
父親からメールが入ってたみたいでそれをみると
「おじぃちゃんがさっき亡くなりました」
って
急な出来事で本当に何が起こったか分からなかった
4/1が入学式で
4/4.5とオリエンテーション合宿だったから
急いで田舎に向かい3日間だけ、また田舎に泊まった
二日前まで一緒に過ごしていたのに、
信じられなかった
でも本当にあの5日間、一緒に過ごせて良かった
おじいちゃんがきっと最後の力振り絞ってくれたんかなってきっと今も天国で見守ってくれてるんかなって
今でもよく思います
この短期間で色んなことがトントン拍子に巻き起こり
怒涛の期間だったんじゃないかなって思ってます
それから私は大学生ライフを
今までの人生の中で一番とも言えるくらい
楽しい生活を送っていきます
今現在、私は24歳
今年25歳になります
ついこの前、
心から好きだと思える人(さゆくん)と結婚式を挙げられ
大好きな家族、大好きな友達に見届けてもらいました
今がこんなに幸せになっているんだよってことを
過去の自分に伝えにいきたいなって
あなたの将来は絶対に幸せになるから
生きることを諦めないでって
励ましてあげたいな
長い長い文章で私の過去の事を書きましたが
同じような経験をしている人たちに
是非読んでほしいし、もっと大変な人もいっぱいいると思う
でも絶対、自分で自分の首を絞めるなんて事は
何事に置いてもしてはいけないなって思います
ちゃんと自分の人生を
自分の足で生きていけるように
今まで頑張ってきた分
ちゃんとそれが返ってくるから
諦めずに生きれますように
Tとの話はこれで終わりますが
Instagramでの投稿でもありますよう
さゆくんとの生活がこれから続いていきます🕊
またたぶんのんびり更新していこうかな〜
需要があるか分かりませんが
このブログが誰かのためになりますよう
ゆるりと更新をしていきます
ここまでご拝読頂き
本当にありがとうございます