大行列!東京で「はやぶさ」カプセル公開
8月14日に投稿したなう
>>葉月里香☆彡ナレーター/声優/アロマ/マクロビオティック
[おはよう]Guten Morgen(おはよう)
RN:葉月里香☆彡ナレーター/声優/アロマ/マクロビオティック 「気分転換に

みなとみらい インターコンチネンタル前にて。 」
[おはよう]Guten Morgen(おはよう)

RN:葉月里香☆彡ナレーター/声優/アロマ/マクロビオティック 「気分転換に

みなとみらい インターコンチネンタル前にて。 」8/14 4:44
#otenki ぐぅてんもるげん(^^)【東京版】8/14(土) 曇り→晴れ 最高気温 33℃ (前日比 +3℃)☆眩しい青空復活!!@ウェザーニュース朝刊
8/14 6:18
>>pecosa
[犬]A pesar de que el perro , come un montón de melocotones
RN:pecosa 「Qué suerte! Es jugoso?」
[犬]A pesar de que el perro , come un montón de melocotones

RN:pecosa 「Qué suerte! Es jugoso?」8/14 10:08
>>葉月里香☆彡ナレーター/声優/アロマ/マクロビオティック
連日の『芸の肥し
』お疲れ様です
たまには、ブレークを
QT:葉月里香☆彡ナレーター/声優/アロマ/マクロビオティック 「起き抜けの
目が覚めました
」
連日の『芸の肥し
』お疲れ様です
たまには、ブレークを
QT:葉月里香☆彡ナレーター/声優/アロマ/マクロビオティック 「起き抜けの
目が覚めました
」8/14 11:18
>>チャイナしぇーしぇー!
[北京]万里長城(ワンリー・チャン・チョン)

NASA(宇宙からの画像) QT:チャイナしぇーしぇー! 「「★213★ 北京と言ったら、思い出す単語を見てみよう♪」
[北京]万里長城(ワンリー・チャン・チョン)

NASA(宇宙からの画像) QT:チャイナしぇーしぇー! 「「★213★ 北京と言ったら、思い出す単語を見てみよう♪」8/14 14:43
>>pecosa
[犬]Mi perro le gusta las peras
RN:pecosa 「Entonces una competición. Uno dos tres, yaaa!」
[犬]Mi perro le gusta las peras

RN:pecosa 「Entonces una competición. Uno dos tres, yaaa!」8/14 16:59
>>pecosa
[果物]pera deliciosa Europea
RN:pecosa 「Pera japonesa, tan jugoso, hmmmm, aquí las venden en pocos sitios」
[果物]pera deliciosa Europea
RN:pecosa 「Pera japonesa, tan jugoso, hmmmm, aquí las venden en pocos sitios」8/14 20:38
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Remind of 『戦艦大和の最期』
今日、8月15日(日)は、終戦記念日です。
祖父が『スクリューの技術将校』として、携わっていた『戦艦大和』
の最期と、アメリカから見た『大和』をリマインドしてみました。
(F.Y.I.ご参考)
大爆発
して沈没(4月7日14時23分、北緯30度22分東経128度4分)

1945年
4月7日12時32分、鹿児島県坊ノ岬沖90海里(1海里は1,852m)
の地点でアメリカ海軍艦上機を50キロ遠方に認め、射撃を開始
した。
8分後、艦爆数機が急降下、1機撃墜、中型爆弾(250キロ爆弾
と思われる)2発を被弾。後部射撃指揮所が損壊した(この時に
副砲も損傷したという説があるが、後年の海底調査ではその形跡
は見られない。
また、一発が大和の主砲に当たり、装甲の厚さから跳ね返され、
他所で炸裂したという説もある)。特に後部射撃指揮所、
つまり後部艦橋はオノで叩き割られたように跡形もなく破壊された。
建造当初から弱点として問題視されたこの後橋及び、副砲周辺部の
命中弾による火災は沈没時まで消火されずに燃え続けた(攻撃が
激しく消火どころではなかったようで、一度小康状態になった
ものが、その後延焼している)。
以後14時17分まで、アメリカ軍航空隊386機(戦闘機180機・
爆撃機75機・雷撃機131機)による波状攻撃を受けた。戦闘機も
全機爆弾やロケット弾を装備して出撃した。攻撃機の中には、
大和とアメリカ軍空母の間を3往復したものもいた。
主な被害状況は以下のとおり。
12時45分 左舷前部に魚雷1本命中。
13時37分 左舷中央部に魚雷3本命中、副舵が取舵のまま故障
(1345中央に復元固定)。
13時44分 左舷中部に魚雷2本命中。
14時00分 中型爆弾3発命中。
14時07分 右舷中央部に魚雷1本命中。
14時12分 左舷中部、後部に魚雷各1本命中。
機械右舷機のみで12ノット。傾斜左舷へ6度。
14時17分 左舷中部に魚雷1本命中(右舷後部という意見もある)、
傾斜増す。
14時20分 傾斜左舷へ20度、傾斜復旧見込みなし。
総員上甲板(総員退去用意)を発令。
(情報源:Wikipedia)

祖父が『スクリューの技術将校』として、携わっていた『戦艦大和』
の最期と、アメリカから見た『大和』をリマインドしてみました。
(F.Y.I.ご参考)
大爆発
して沈没(4月7日14時23分、北緯30度22分東経128度4分)
1945年
4月7日12時32分、鹿児島県坊ノ岬沖90海里(1海里は1,852m)
の地点でアメリカ海軍艦上機を50キロ遠方に認め、射撃を開始
した。
8分後、艦爆数機が急降下、1機撃墜、中型爆弾(250キロ爆弾
と思われる)2発を被弾。後部射撃指揮所が損壊した(この時に
副砲も損傷したという説があるが、後年の海底調査ではその形跡
は見られない。
また、一発が大和の主砲に当たり、装甲の厚さから跳ね返され、
他所で炸裂したという説もある)。特に後部射撃指揮所、
つまり後部艦橋はオノで叩き割られたように跡形もなく破壊された。
建造当初から弱点として問題視されたこの後橋及び、副砲周辺部の
命中弾による火災は沈没時まで消火されずに燃え続けた(攻撃が
激しく消火どころではなかったようで、一度小康状態になった
ものが、その後延焼している)。
以後14時17分まで、アメリカ軍航空隊386機(戦闘機180機・
爆撃機75機・雷撃機131機)による波状攻撃を受けた。戦闘機も
全機爆弾やロケット弾を装備して出撃した。攻撃機の中には、
大和とアメリカ軍空母の間を3往復したものもいた。
主な被害状況は以下のとおり。
12時45分 左舷前部に魚雷1本命中。
13時37分 左舷中央部に魚雷3本命中、副舵が取舵のまま故障
(1345中央に復元固定)。
13時44分 左舷中部に魚雷2本命中。
14時00分 中型爆弾3発命中。
14時07分 右舷中央部に魚雷1本命中。
14時12分 左舷中部、後部に魚雷各1本命中。
機械右舷機のみで12ノット。傾斜左舷へ6度。
14時17分 左舷中部に魚雷1本命中(右舷後部という意見もある)、
傾斜増す。
14時20分 傾斜左舷へ20度、傾斜復旧見込みなし。
総員上甲板(総員退去用意)を発令。
(情報源:Wikipedia)


























