猫と子供たちのまったりな日常 -5ページ目

猫と子供たちのまったりな日常

10歳年下の旦那と、2人の子供。5匹のニャンコとヤモリとインコの日常❀.(*´◡`*)❀.

前回は、埋没の親知らずを抜歯して、退院するまでを記録しました。

本当に書きたかったのはこのあとのことで、家に帰ってからの数日。

食事事情についてです。🍙


退院したその日は、術後最初の食事と同様、とにかくお腹が空いて、ご飯を食べたくて仕方がなかったのでめちゃくちゃ食べました。
おかゆじゃなく、普通のご飯です。


しかし、そのあとが大変で。

塞がってない傷跡が痛む。
傷跡を縫った糸がまだ残ってるので、そこに食べ物が絡まる。
歯磨きしようにも、痛い。

というわけで、まったく快適に食べられず。

退院後、1食目はめちゃくちゃ食べましたが、そのあとからはあの苦労が脳裏によぎり、豆腐かヨーグルトしか食べられなくなってしまいました。

そう、まさに流動食です。

おかゆにしようかとも思いましたが、入院中に味付けされてないおかゆを食べたせいで、まったく食べる気にならず。自分で味付きおかゆを作る気にもならず。
そもそも、がっつり肉食の私が、やさし〜い味のおかゆなど食べる気にもならず。
仕方なく?豆腐とヨーグルトで済ます日々でした。

豆腐は、色々レパートリーを考えて、
なめ茸をのせたり、ごまドレッシングをかけたり。

ちなみに、今でもまだその生活が続いてます。


顔の腫れですが、術後3日目でやはりMAXの腫れになり、4日目以降は少しずつ腫れは引き、その代わりに青タンが治りかけのような、黄色い色になってきました。

そして、痛みとはまったく関係ないですが、こんな流動食生活をしていながら、残念ながら痩せる気配はありません(笑)
(前に、同じように親知らずの抜歯をした友達が、なにも食べられずにかなり痩せたという話を聞いて少し期待してましたが…笑)

退院から数日後、31日に抜糸をしてきましたが、それでも豆腐&ヨーグルトの生活は変わってません。

早く肉が食べたい…🍖

そしてこんなにつらい思いをしてるのだから、どうせなら痩せたい…🤣

そんなわけで、ここ数日はまるでベジタリアンのような生活をしていました(いや、野菜すら食べてない)

早く通常に戻って欲しいです。



そして、『親知らずを抜かなければならない事情』も、また今度書きたいと思います!!(毎回長くなってしまう…)




メラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラ



記事とは関係ないですが、コロナウィルス、早く収束してほしいですね…
志村けんさんが亡くなったのは、本当にショックでした。
芸能人のかたで、亡くなってこんなにショックを受けたのは初めてでした。
大ファンというわけではなかったのですが、私が小さい頃からずっとテレビで見かけ、『とっても面白いおじちゃん』という印象で、まるで身近な親戚のようなそんな方だったので、本当にショックでした。

早く通常の日常に戻りますように。



実は。
25日に入院をして、26日に2本親知らずの抜歯をしてまいりました。

埋没してなかった2本の親知らずは、すでに2回にわけて日帰りで抜いていましたが、残りの埋没の親知らずも抜かなくてはならない事情があり、抜くことに。

ところが、右下のヤツは、見事に神経にまたがってくっついて生えているらしく、入院&全身麻酔が必要とのこと。


仕事が春休みになるのを狙って、2本まとめてやっと抜いてきた次第です。

が。


痛いよーえーんつらいよーえーん


これで、4本全部の親知らずが抜けたので、もう今後、つらい抜歯がないという思いだけで、今のメンタルを保っています…

ほぼ自分のための記録ですが、覚えてる限りの流れと、今の食事事情を書いてみたいと思います✍️


3月25日
14時入院。2人部屋でしたが、どの部屋も1人ずつしか入っていませんでした。
大きな大学病院だったのですが、時期的にすいてたのかな?
18時に、手術前最後の食事。
コンビニで夜食を買ってくればよかったと思うほど、お腹が空いて夜寝れませんでした笑い泣き
水分は、まだ明日の朝まで大丈夫。
この日は、体温や血圧を測る以外は特に処置などなにもなく、ただひたすら暇な時間を過ごして就寝。

26日
9時25分に手術室へ移動。
自分で手術の帽子をかぶり寝っ転がって、点滴やら心電図?やらいろいろつけられたあと、
『段々眠くなりますよ〜』と言われてからの記憶はなし。
気づくと12時少し過ぎ、元の病室のベッドの上で、酸素マスクをつけられていました。

そして、ここからが最初の地獄。
まず、鼻の奥と喉が死ぬほど痛い。鼻と口が繋がってるところです。
え?鼻の奥?と思って、ふと思い当たることが。

前に術前の説明の日に、『全身麻酔のあと、人工呼吸のための管を、鼻から入れる』と聞かされていたが、過去に鼻カメラが入らずに鼻血でまくった経験があったので、鼻からは管入らないと思うので経口でお願いしますと言ってあったはず…。それなのに、こんなに鼻が痛いってことは、まさか…?

あとから麻酔科医の先生から聞かされた話、抜歯するのに邪魔になるから、どうしても鼻から入れて欲しいと歯科医に指示されたと言っていました。おそらく、かなり入りづらかったのか、両鼻で試したんでしょう。
どちらの鼻からも鼻血が出ていて、鼻の奥がズキズキするという、まさかの抜歯以外の痛み。

そして、その痛みを訴えたところ、鼻から麻酔薬を流し込むことに。それが、喉までジャバジャバ入ってきて、ゲッホゲッホむせる。
しかも、喉まで麻酔がかかってしまい、ツバをごっくんすることが出来なくなる。
痰が絡まっても、痰を出すための咳もできず。
寝っ転がると、ノドチンコが喉を塞ぎ、息が出来なくなる(本当にそうだったのかはわかりませんが、感覚的にそんな感じでした)
そんな瀕死な状況で、『術後2時間は寝ててください』といわれても寝れいられるはずもなく。

痰が絡まればナースコール。
呼吸が苦しくなればナースコール。
で、2時間をひたすら耐えました。

『もう少しで喉の麻酔も切れてくるから〜💦』とは言ってくれたけど、それってつまり鼻の痛みも再び出てくるってことよね…と恐怖の術後を過ごしました。


飲み物が解禁になり、夕飯が出てくるころには、鼻の痛みにも慣れ、(軽減したわけではなく、あくまで慣れただけ)、お腹の空き具合も限界になっていたため、痛みもなにも気にせず完食。
味のないおかゆって、なんて美味しくないんでしょう。せめてダシだけでもいいから味つけて…


そして夜。
頓服にロキソニン、通常の薬としてカロナールを処方され、就寝しようとするも…

寝られず!!!!

術後すぐのような強烈な痛みもなく、お腹も満たされたのに…
まったく寝られず。

仕方ないので、ナースコールして眠剤を処方してもらうことに。

『飲んで1.2分しか効かないので、すぐ横になってください』
と、『1.2分しか効かない』っていうのが意味わかりませんでしたが、いわれた通りにすぐ寝ようとしました。

…が、やはり寝れず。

どう頑張っても寝れない。

ゲローゲローゲローゲローゲローゲローゲローゲロー
その後、2時間ほどベッドでもぞもぞしたあと、気づくと寝てました。
たった2泊3日なのに、すでにボロボロの私(笑)

27日
朝、少し顔が腫れている気が。
まぁ腫れるとは聞いてたし。そんなことはどうでもいいから、とにかく早く家に帰りたかったですえーん

抗生剤や痛み止め、それから口の端が切れてるのでアズノールの軟膏と、『歯磨きの磨き残しが気になるから』と言われ処方されたアズノールのうがい薬(薬剤師さんは、喉の奥の傷が痛そうだから出た薬だと思いますよーと言っていたけど)をもらい、やっと帰宅。

金額は6万円ほどでした。

退院してから、この数日間の食事事情も書こうかと思ったのですが、長くなったのでとりあえずここまで。




突然ですが、、、


暇ですね笑い泣き

お兄ちゃんは休校。来週から、分散登校が始まりますが、なんの準備もしないまま、あと2、3回行ったら2年生になってしまうという驚き。

妹ちゃんは、幼稚園の預かり保育に行っていましたが、少しの咳でも敬遠されるので、気を使います。

また、幼稚園の卒園式や、2月末からのイベントも、全部コロナウィルスのせいで中止や短縮に。

いったいどうなってしまうのか…。


お兄ちゃんは、毎日暇を持て余しています。

学校で出された宿題も、急遽の休校だったためそんなに量はなく、2週間以上のお休みを満たすものではありませんでした。

慌てて書店で買ってきたドリルをやらせていますが、それでも1日の暇をつぶすほどではありません。

平日は私が仕事に行くため、ドリルをやってもらったり筋トレをやってもらったり、色々課題を出してから家をあけますが、それでもやはり時間が余ってしまい、どうしてもゲーム三昧になってしまいます…

妹ちゃんの預かり保育も、いつもより短い時間で、お友達みんなが集まるわけではない幼稚園で、毎日消毒やらマスクやら、自由の少ない生活をしています。


忙しく過ごしていた通常の日々では、『休みがもっとあればいいのに』と毎日のように願いましたが、こうも『自由に過ごせない』日々を過ごすと、不思議と働きたくて仕方がなくなりますね。


それでも、コロナウィルスに感染してしまって苦しい思いをしてる人や、子供が休校のために仕事に行けない人、品薄情報によって日常生活に支障をきたしてる人の話を聞くと、早く収束してほしいと願うばかりです。


子供たちの、体力の持て余しも気になりますよね。

早く、いつもの日常に戻りますように。







タイトルの通り、とっくにお正月は過ぎ去りましたが、
あけましておめでとうございます🌅

いよいよ私は今日から冬休み明けの出勤です。
正確には、先週の金曜日も出勤していたのですが、正式には今日からですえーん

1ヶ月近くの長い冬休み。
年末年始は例年通り私の祖母の家へ行き、それ以外は特になんの用事もなくダラダラ過ごしておりました。

今回の冬休みで唯一打ち込んだことといえば。

妹ちゃんの逆上がり練習!!!

冬休み前は、まったくできませんでした。力も足りないし、コツもわかってなくて、上がる気配ゼロ。

そこで、せっかくの長期休暇があるし、鉄棒もあるんだし…ということで頑張ってみましたラブ

最初は目の前で私が椅子に座り、その膝を使って上がる。
そしてそこから、中腰、立て膝、正座、布団を丸めただけ…と段々低くしていって、ついに今では床で成功できるようになりました!

そんなに長時間はやっていません。毎日10回成功させるだけ。
それでも、慣れないうちは、手にマメをつくり、皮が破れ、腰骨のところに青タンをつくり…


本当に、頑張りました!!

妹ちゃん、4歳3ヶ月の冬。逆上がりが出来る様になりましたドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ


本人も自信がついたのか、前までは逆上がり1回やろうとするごとに鉄棒を握ったまま空中を見つめて数秒の精神統一の時間があったのですが(笑)今ではスイっと上がるように音譜

おめでとうーーラブ

さて、これから出勤です…

憂鬱です…

でも3学期はほんのわずか!

気合を入れて頑張ってきます!!


(↑お兄ちゃんの自由研究で使った紙粘土の余りで、レモンちゃん作ってみました笑)
うちの長老にゃんこ、チャトラン



今年で、えーーっと…何歳だろう?16歳?17歳?

元々、目も空いてないくらいの生まれたての状態で、私の友達の実家の庭に産み逃げ(?)されていたチャトラン。
チャトランも含め、全部で3匹。

これはほっとけないということで、その友達のお母さんが里親探しを私たちに依頼し(当時私たちは、その友達と、もう1人の友達とで3人で暮らしてました)、預かってる間に見事に情がうつり、すぐに私はそのうちの1匹を飼うことにしました。

それが、チャトランです。


そのあと、実家に産み逃げされたほうの友達がもう1匹を飼うことになり、
(残りの1人が決して情の薄い人だったわけではありません。その人はもうすでに1匹飼っていたんです。)
残りの1匹は無事に知り合いに里親になってもらい。


そして10年以上の歳月が経ち、今、友達のところにいる1匹に寿命が見え始めました。

腎不全が悪化して、今は毎日注射をしないとご飯も食べない状態とのこと。

年齢も年齢だし、腎不全はよくある(と言ったら語弊がありますが)ことなので、仕方のないことだと思います。

ここまで年齢を重ねてないうちから、腎不全はあったという友人宅のにゃんこ。

それが、年齢と共に悪化の傾向にある、ということです。

そのにゃんこは、何度も私も会っているし、とても可愛がっていました。

そのにゃんこが、あと1、2年しか生きないかもしれない。


チャトランの兄弟、つまり、同い年の子が、あと1、2年しか生きないかもしれない。

とても悲しいことですが、まず私の頭をよぎったのは、
『同じ兄弟でも、うちのチャトランはまだ元気でよかった』

ということ。

なんてひどい人なんだろう、私は。と、本当に自分自身に対して絶望しました。

どれだけ可愛がった子でも、まずは自分の子、と思った自分にとても腹が立つとともに、心の中で、その近況を教えてくれた友達に謝罪しました。

少しでも、そのにゃんこが良くなってくれればいい。
良くはならなくても、悪化に向かわなければいい。
もっとたくさん生きてほしい。

そう思う気持ちは本当にあります。

でも、もしかしたら私は、
『兄弟の中で少しでもうちの子が1番生きてほしい』と、とんでもない願望を持っていたのかもしれません。


悲しい。