先日礼拝の準備をしていたとき、ある人からこう言われました。


思いがけない一言に、その日初めて愛を感じました。


「私は輝いてなどない」と自分を否定して枯れていた心。


たった一言にこれほど愛を感じ心が潤い力が与えられる時もある。


私もそんな一言を言える人間になれたらなら。



「君は輝いている」


神様が一人一人に大事に植えたその種は、何気ない一言によって育つのだと実感しました。


I will plant love in this world
~この世に愛を植えよう~


この道に従って 僕は行かなければ
息苦しく険しくとも 僕は行くんだ
曲がりくねった荒れ果てた道でも
腰を落ち着かせられる岩はあるはずさ
誰も行ったことのない その場所へ
堕落の垢がへばり付いてない所へ

永遠の愛が 待っている所へ
苦難に耐えて この道を僕は歩もう

この世に愛を植えよう
永遠に天地の愛を植えよう
一歩一歩 踏み固めたこの道を
僕 僕は従って行きます

人跡がないので 当然険しいけど
僕には約束があるんだよ
初めてであり永遠なる天との約束を
  あなたに従って 言約を結びます

夢の中で 私の愛を実現しよう
昨日 願った夢は現れて
この世を美しくするはずだよ
永遠に この世に愛を植えよう
この世に 愛を植えよう


カナンステーション ~Hyo Jin Moon オフィシャルサイト~ アルバム『Devil's Nutcracker』より




今日初めての歌詞の意味を知りました。

ずっと好きで聴いていた曲、日本語訳を知ってさらに好きになりました。

孝進様の曲の中で私が一番好きな曲です。

よろしければ聴いてみて下さい。

今日も礼拝が終わった後、教会の兄弟姉妹と共に、おいしいカレーをいただきました。

ふと、カレーが盛られている器に目が留りました。

気にしない人は気にしないかもしれませんが、器が違うだけで美味しさが倍増する気がします。


その料理を受けるお皿、料理を引き立てるもの、


そういえば、私の器は一体どんなだろうと思いました。

単純に器が大きければ色んなことを受けとめられますよね。

でもただ大きいだけじゃ神様の愛という料理を引き立てることはできない。

私は神様の愛を受けられる器なのか、どんな形なのか、大きいのか、小さいのか、浅いのか、深いのか…

どんなデザインしてるんだろうと思い、しばし、思考を巡らせました。

人格を創造するって、自らの器をデザインするようなものかもなぁとも思いました。


最近色々あって色々あって色々な心情になって、相当私の器も、色々変化したような気がします。

やっぱり、刺激は必要ですね。

2011年、再創造の役事が巻き起こる予感がしています。

皆様にとっても、刺激あふれる素晴らしい年となりますように。

アージュ(我住)

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