10月20日 2回目 R-大量キロサイド療法45日目
地元の病院で3月28日にびまん性大細胞型B細胞リンパ腫からマントル細胞リンパ腫と再度診断されました。
その時にマントル細胞リンパ腫の実績を伺いましたが、今一人だけW先生が担当を持っているとの事でした。
その日からネットなどでマントル細胞リンパ腫を色々と調べて、体験者の方も探していました。
けれどマントル細胞リンパ腫は悪性リンパ腫の中でも約3%で、情報も少なく体験者も乏しい現状です。
それからブログでは今日までに10名ちょっと位のマントル細胞リンパ腫の方のブログや、
直接にコメントやメッセージでつながったマントル細胞リンパ腫の方に出会う事が出来ました。
そんな中、5月の入院中にあるSNSで地元の病院のW先生の受け持ちと思われる
マントル細胞リンパ腫のHさんの投稿を発見 ビックリ
年齢は私より少し上の地元の男性でちょっとやんちゃな感じの方、しかも再再発で同じ病棟に入院中 ビックリ
私はSNSをしないので連絡をしたりする事が出来ませんが
もし、偶然にも病院でお会いする事が出来れば、是非お話でもしたいと思っていました。
私は同じ血液内科の病棟の一般の大部屋で、運動がてら廊下を歩く時にちらちらと気にしていましたが
それらしい患者さんに出会う事なく、退院なされたかクリーンルームにいらっしゃると思っていました。
そして何もないまま私は退院となりました。
8月に自分が3度目の入院した時はクリーンルームで、それと無く探ってみましたがクリーンルームでもそれらしい人は探せず。
ただ最近の彼の投稿でも同じ血液内科の病棟にいるのはわかったので、彼と親交の有る看護師さんが
たまたま自分の担当になった日に思い切って尋ねてみました。
個人情報で詳しくは話せないのは理解した中で、今は一般病棟の個室に居るそうです。
自分はクリーンルームで出る事が出来ないのと退院も近かったので、
その看護師さんに簡単な応援の言葉を伝言で頼みました。
自分の退院の直前に伝言を頼んだ看護師さんとお会いする事が出来、
彼が「俺も人気者だからな!」と喜んでいたそうです。
ただ、私がその後退院して1週間後ぐらいに彼が高熱が続いているとSNSで投稿した後は途切れてしまいました。
そして今回の入院の2日目の夜勤で彼に伝言をお願いした看護師さんだったので彼の事を聞いてみると
髄膜炎で高熱を出して脳神経内科に移動して、そのまま5日まど前に亡くなったそうです。
やんちゃだけど女性にはとてもやさしい方で、自称 東洋のking だそうです。
同じ地元のマントル細胞リンパ腫の方だったので、機会が有れば一度会って話してみたかったのですが残念です。
それでも粋な看護師さんの計らいで伝言出来たのがせめてもの救いです。
彼のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
そして、彼の分まで自分は生き続けるように頑張るつもりです。
