さっきの記事の続き



深掘りしてみた






がん細胞さんを摘出して

再発して

先生からは『半年』と余命宣告される






ちょびは『半年』の中で

出来る限りのことをしようと考えた


あねは『半年』を

できるだけ長引くようにと足掻いた





ちょびは

命の期限を受け入れて


あねは

命の期限を延ばすことを考えた






先生の宣告通りの

『半年』になってしまったけど

ちょびは

計画通り、思い残すことなし、潔く

あねは

悔しさが残る





物事の捉え方って、全然違う

今回のちょびの言葉を聞いて思った





ちょびの考えを聞けて

よかった


ちょびを感じられて

嬉しかった




ちょびを救えなかった

そもそも

ちょびが病気になってしまったのは

私のせい




そんな風に思っていたけど

全てのことは決まっていて

それがあったから

今の私があって

全てに意味があって

変えられない過去を考えるより

変えられる今と未来を考えよう

って少し前向きに考えられるようになった





後悔や悲しさは残るけど

感謝し続ける



ちょびの『死』は私の『生』



誰かの死は

誰かの生



自然のシステムがここにもある



誰かの死を食べて

生きながらえる


という物理的な話ではなくて



誰かの死をきっかけに

自分の『生』を考える


という精神的な話






再び生きる




ちょびと共に生きる