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「言いたいこと」を「人に言えず」

大人になってしまった「繊細さん」の

生い立ちから綴っています。




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自由に飛び回っていた保育園から
「HSP気質」が発動してしまった
幼稚園時代を経て、小学校に入学。

小学校は1学年4クラスあり、
全校生徒1000人弱くらい。

当時で言うと普通の
規模くらいの学校です。
通学は路線バス通学。
給食もなく、毎日お弁当。

今でも、
その時代の光景が夢に出てきます。

私にとって自分の故郷は、
「もう戻れない憧れの場所」
でもあります。


なぜならそこには、
もう当時の「私の家」はないからです。

暗くなるまで駆け回っていた、
山も田んぼも畑も、
家も無くなってしまいました。

全て…
人手に渡ってしまいました。


私が小学校5年生の時に、
事情があり、

有無を言わさず引っ越す
ことになりました。
しかも、ご近所さんや幼なじみに
お別れの挨拶をすることも無く…

身の回りのものだけを
軽トラに積み込み、
私達兄弟は荷台に乗って移動。

途中、馴染みの飲食店でご飯を食べて、
新しいお家へ。

そこは賃貸の集合住宅。

その時は何も思わなかったけど、
今になってみれば、
これって自前の「〇逃げ❓」
だったのかな〜と。

夜じゃなかったけどね。
まだ明るい夕方の出来事でした。

両親に面と向かって聞くことも出来ず、
今もモヤモヤとして残っています😅


でもね、子ども心に予測はついていた。
引っ越す前は、
家に見知らぬおじさん達が
よく訪ねて来てたし。

居留守使ってたこともあるし😓

それからの人生、
その出来事が、
「私の心の傷」となって、

奥深いところで、
色々な悪さをするのでした。

子ども時代の傷って、
その人の人生観もゴソッと
変えちゃいますね。

ここから負い目を感じる
人生がスタートします。


次回
この真面目な私が不良❓
中学生時代の事