ぢょにーの『ケツから豆もやし』 -15ページ目

ぢょにーの『ケツから豆もやし』

内容なんてありません。意味なんてもっとありません。

11月のこれくらいの時期になると毎年思い出すことがある。

私がかつてアンジェリーナ・ぢょにーだった時だ。

裁判所で許可が降りて、晴れてぢょにー・てっぷと名乗れる日を迎えたあの日。

住民票上に、ぢょにー・てっぷと登録してきた、あの日。


その当時の日記が出てきた

↓

役所から帰宅したらひろみが何気なく近付いてきて

『ん~・・・で~・・・あんたどうだったの?名前』

『あ~、うん。変わったよ。住民票もらってきたけど変わってたよ』

『ふ~ん・・・・・・・・・・・・・うれしい?』

『うー・・うれしい反面、命名された名前を変えたことへの多少の抵抗はあるよね』

『当たり前よ~!せっかくつけてやったのに!笑』

『でも前の名前でこの先の人生ずっと生きていけと言われたらそれは間違いなく苦しいからさ。だからよかったんじゃないかなって思う』

『ふ~ん・・・・・・もう慣れた?』


『一応、慣れてきたけどね。これからじゃないかな』


『ふ~ん・・・・』






なんかさ。

役所にいる時に順番を待ってる間、考えてたんだ。

20年前、親はどんな想いでここに出生届出しにきたんだろうな と。

それから20年後

まさか20年後に自分の子供が名前を変えに同じ場所に来ることになるとは夢にも思わなかっただろうって

20年前の親の姿なんてわからないし、実際どういう感じだったのかも俺は知らないけど

きっとこんな風に届け出を出しにきたんじゃないかと受付カウンターを見つめながら想像していた



『ごめんよ』


『ありがとう』


そんな言葉を頭ん中に駆け巡らせながら、704番の俺の番号札が呼ばれた


戸惑いと共に受け止めてくれた親のためにも、俺は前向きに生きていきたい


役所を後にする最初の一歩を踏みしめて

俺はこの空に誓った


きっと20年前に両親が見上げただろうこの空に



俺は『生きる』と誓ったんだ





↑↑↑

あれから数年経つけれど、当時の想いはこの時期になると未だに思い出す

私はこの日を第2の誕生日だと思っている

11月22日。住民票上に今の自分が生まれた日。


誕生日おめでとう、ぢょにー。


↑↑↑



と、2012年のブログに書いてる。

そう。確かにそう。このときの想いはまんまそのまま。今も変わらず。





不思議な巡り合わせだなーって思ったのは





この通知が出たのが昨日の11月21日。

名前を変更したのが8年前の11月22日。

21日に男になり、22日にぢょにーになり、23日がこの世に生まれた日。

全く狙ったわけではないのに、必然にも似た偶然の巡り合わせ。


ただ、ただ、不思議です。


審判自体は5分弱だったわー笑


「書類に付け足すことあります?」

『ありません』

「何か他に疑問あります?」

『ありません』

「じゃあ書類も揃ってるし・・・・男性として生きていくってことでいいんですよね?」

『はい』


終了。笑




そこから15分ほど待ってたら通知をもらった。

なんてライトなーーーーーwwwwwww

まぁ、疑念の余地がなかったからかしらw

人によっては通知が郵送でくる人もいるみたいやが、私はその場でした。


周りの色んな方に「変わってうれしい?」って聞かれるけど、わくわくの嬉しいっていうよりはホっとしたっていう感情の方が強いかもしれないわ。


なんだろう。例えるなら、宝くじで1億当たった!っていうよりも、1億の借金を完済した感じ。笑


ゼロにやっと立てたっていうか。

もちろん、今までの人生の色んな積み重ねはあるし、全くのゼロっていうわけではないのだけど。




やっと、

急に具合が悪くなったら近くの病院に行けるなーとか

ずっと止めていた大好きな海外旅行も気楽に行けるようになるな-

会社にある私の個人情報の書類に気を使ってくれる総務の人の肩の荷が少しは楽になるかなー

就職活動も余計な煩わしさがなくなるなー

家も気兼ねなく借りやすくなるなー

国家試験も余計な心配をせずに受けられるようになるなー

など、これでやっと『余計な心配』をせずに生活できるようになるのかと思うと、正直、ほっとしました。笑




でもこれから住民票、パスポート、免許証、保険証、各種行政機関で色々変更の手続しなきゃいけないと思うと、超めんどくさいです☆ふろむぼとぉむおぶまいはーと。





8年前。


面と向かって親にカミングアウトしたときに

『まともに産んだはずなのに、なんで・・・』と言われた。


それから8年後。


「裁判所で変更の許可されたよ」と通知を見せたら

『おめでとう、本当によかったね』と言われた。





自分が苦しんでいた以上に両親の方が本当はもっと苦しかったのかもしれない。

自分でさえ何十年もかかってやっと自分のことを受け入れられたのだから、ましてや周りの人が事実を受け入れるにはそれ以上に時間がかかることなのだと思う。

私は私のペースで周りと何度も話し合いながら、少しずつゆっくりやってきてこれが正解だったのだと、親からの祝福の言葉を聞いたときに、素直にめちゃくちゃうれしかった。




時々友人から

「なんで成人式の時に振袖着たの?」

と、質問を受けるけど、答えはただ一つ。




『家族のため』




待望の女の子として育ててくれた家族への、せめてもの最後のけじめ。


男としての性自認はすでに確立されていたけれど、家族が喜んでくれるなら、そこに自分の損得やちんけなプライドは必要ない。


私の考えに迷いはなかった。


あの時の自分の判断は正しかったと、長い年月を経た今だからこそ思える。




ありがとうと言葉で伝えるだけでなく、私が私の人生に幸せを感じている日々を感じ取ってもらうことが親に対する最大の恩返しなのではないかと私は思う。






これから私は人生の第三幕を迎える。


頂いた命と人生を心から大切にし、

やはりこれからも自分が信じた道をひたすら進みます。





とりあえず風邪治します(真顔)