下校時間をとうに過ぎた支援級の廊下で
娘は今日もひとり、どたばたしている。
「水筒わすれたー」と教室へ戻り
ランドセルに入れようとして
連絡帳とふでばこを派手に落とし
拾うついでにふでばこ開けて
「消しゴムがなーい!」
散乱した連絡帳と水筒とふでばこと
でろりんと開いたままのランドセルを
放置してまた教室へ。
ああ、いつになったら帰れるの。
娘と一緒に出てきた先生が苦笑しながら
「お母さん、よく待てますねえ。」
はあ。
娘の支援級は、行きも帰りも付き添い必須。
たいていのご家庭は、放デイを上手に使って
お迎えは来ないことが多い。
しかし、うちは「こんな子」なので
人様には任せられず
わたしが毎日迎えに行っている。
さて、今日は事件が起きた。
なかなか靴を履かない娘に
業を煮やしたわたしは
先に北側の校門まで歩いていった。
しかし、娘の方は
下校時刻を過ぎていたので
もう正門しか開いていないだろうと
そういうところだけはアタマが回る。
ぐるりと校庭を横切り、正門を抜けて
ひとりで帰宅してしまったのだ。
そんなこととは露知らず、
わたしはずーーっと、北門で待っていた。
「お母さん、よく待てますねえ」と
呆れ顔で言われたことを思い出しながら。
ホント、わたしは娘のことを
いっつも待っている。
待って、待って、待って、待って。
待っていれば、できると信じて。
いやしかし。
あれ?
でも。
それにしても。
んー?
そこでやっと、北門が閉まっていることに
気づく。あら。
学校から自宅まで、1.5㎞ほど。
ひとりで帰ったとはとても思えなかった。
慌てて学校へ戻り、職員室をノックする。
先生、ごめんなさい。
娘がいなくなっちゃって。
日頃から児童の「脱走」に慣れている
支援級の先生たち、すぐにトランシーバーを
携えて、学校中を探してくださったんだけど
「いないですねえ。お家、見てきてください。」
自宅までの遊歩道を、息を切らせて走る。
最近、変な事件、多いじゃないですか。
冷や汗が出る。
心臓がバクバクする。
途中、トイプーを連れた女の人が
「ひかりちゃん、ひとりで帰れるんですね」
とニコニコ話しかけてきた。
もう少し行くと、いつも日向ぼっこしている
おじいさんが
「おう、ひかりちゃん、手にいっぱい
ノビル持ってたぞ。ははは。」
うちが見えてきた頃、近所のオバチャンから
電話がかかってきて
「ひかりちゃん、鍵なくて困ってるよ」
すぐに学校へ連絡。
すみません。お騒がせしました。
娘は玄関先にちょこんと座り
「ママ、どこ行ってたのよ!」
と、プンスカしていた。
手にはもう温かくなってぐんにゃりした
ノビルの束。
ひとりで帰れるのかあ、この人。
普通の小学生には当たり前のことを
娘には無理だと思い込んでいた。