fish chips cigarettes -11ページ目


笑える話として話す事は本当は笑えなんてしない話であって
本当は非常にショックだけどそれを笑いに変えるとインパクトがでかくなるから人に話したくなって
本当に笑える程度の話は人に話す前に殆ど忘れてしまうわけで
笑いに変えても悲しいことは悲しいままでそれをある時ふと自分だけの物として思い出した時に
涙が出る一歩手前まで来るけどその前にだいたい喉が渇いて
のどを潤すと出そうだった涙も途端に引っ込んで
本当はそんなに悲しいことなんかでは無いんじゃないだろうかと考えると
悲しいことなはずなのに所詮一時の感情でしかないのかと淡泊な自分に悲しみさえ抱くけど
そこまで考え付くと何が悲しいことなのか分からなくなって
さっきまで悲しくてもういいやどうでもいいやいっそのこと死んでしまいたいというそんな気持ちを抱いていたことさえ忘れてしまって
究極進化〝悲しみさえどうでもいい″になるのだけど
果たしてこれは悲しみさえ全てがどうでもいいになったなのか
こんな悲しみなんてと悲しみだけどうでもいいことになったのかよくわからなくなって
こんな事を考えてしまうのは皆同じなのかそれとも私がただ悲劇のヒロインぶりたかっただけなのかと段々考えることが悲しさからずれていって
いつもの自分に戻る、そして明日仕事に行く。
私が今まで生きてきた中で悲しさとして感じたものがしっかりと形として自分の中にあるのか、それとも大して残っていないのか、そもそも大して悲しいとすら思ってなかったのか自分の事なんだけどもよく分からない。
けれど今苦しみがあるのは確かでそれをなんらかの悲しみと繋げて深い苦しみなんだと理由づけ
思い込み、周りにアピールをして、可哀想な人間の体で今からただ逃げ出したいだけなのかもしれない。究極の八方美人な死にたがりで浅はかな人間だ。
もしわたしが本当にそうだとしたらこれほど憐れな人間はいない。
なんて考えれば考えるほどあやふやになり自分が何者なのかわからなくなる。


ああ、もういい。とりあえず週末はおっぱいに揉まれてこよう。