☆気象さんのBL小説です。ご注意下さい。
















大野side


ドアを見つめて考えていた







櫻井様は



初めて俺を必要としてくれた人。



まだ入りたてだった素人の俺を


ホテルの中でも一目置かれる存在にしてくれた人。



そして初めて、俺の出したワインを


「美味しくない」と言った人。




お客様で好みに合わないものを
美味しくないと表現したのは
櫻井様が初めてだった。







その言葉を聞いた時...


なぜだろう..


本当に嬉しかった。







この人は


正直な人だと


真っ向から向き合ってくれる人だと


わかった。






そして






昔、師匠が言ってた言葉を思い出した。





「何を提供するかではなく
誰に提供するかを大切にしろ」







誰に提供するか...

ずっとこの意味がわからなかった






でも




櫻井様に出会えて



やっとわかった。




この人に喜んで貰えるワインを探したい



この人を....




もっと知りたい....





その時



少し、師匠に近づけた気がして..








そして



櫻井様を知っていくうちに



櫻井様にワインを提供することが



櫻井様に会うことが




いつの日か俺の唯一の楽しみになっていた










櫻井様は...泣いていた



きっと俺が..



あまりに急の口づけに応えられなかったから...





ごめんなさい


櫻井様...



私は....あの時


やっと気付きました


いや


気づいてしまいました。



あなたに惹かれている自分に。









確かに


これまでも話すたびにあなたに惹かれていました。


私の話を聞いてくれる
あなたがあまりにも正直で
私に対して真っ直ぐだったから....


今まで淡々とこなしてきたソムリエという仕事に
ちゃんと向き合えたんだと、


その人を理解してワインを提供するという
師匠の教えを守れていると、



自負していました。



ワインを探すためだけに....
提供するためだけに...
惹かれていたのだと思っていました。






でも違ったみたいです。









あの時、


あなたの温もりを知って...


胸がいっぱいになって


嬉しかった...










私もあなたに惹かれていました。










今からじゃ遅いかもしれないけど

私もあなたに応えたい。

ワインを通してでなく

あなたを知りたい。















"......よし...."







大きく息を吸って


ドアに手をかけた。



























「櫻井...様?」






やはり櫻井様は泣いていた










俺は深々とお辞儀をした





顔なんて見れなかった。










櫻井様を悲しませたのは



自分だとわかってたから....




でも...







俺には




今しかない。














突っ立っている櫻井様の



手に触れると



櫻井様はぴくっと震えた








もう迷わなかった。




目を瞑って
緊張が漏れないように
ゴクンと飲み込みこんだ。








櫻井様の腕を




ぎゅっとつかみ




そのまま部屋の中まで引っ張った。








「どうぞ」





中の椅子に座らせ

あのワインを出すと

それまでとろんとしていた

目が少し開いた。








櫻井様は


静かに椅子に座ると


俺を見上げた








俺は小さく頷いた。









ソムリエの所作に答えるように

姿勢を正して指の間にグラスを挟み

軽くゆらす。





一度香りをかぎ

軽く2、3回まわし

再度香りをかいで

スッと流し込む。

シュルシュルと舌の上で転がし

鼻から息を抜く。









以前、俺が教えた飲み方だった。





「.....はぁ」



ため息の後、沈黙が流れた。









「美味しくない」という言葉が来るか....


どうか....











俺の顔をじっと見つめていた


櫻井様は俺の眉が下がったのに気づいて慌てて言った




「美味しい、美味しくて言葉にしたいけど、
どれもぴったりなのがなくて困ってるんだ」
















俺と同じ答えだった




このワインには名前が無い。




いや名前をつけられない。



あなたは




正直な人だ....




本当に...








俺は目を細めた


視界はすりガラスのように曇っていて



目を細めると

もっと曇って

雨が頬をつたった



熱い熱い雨だった