誰かに聞いてもらいたくて、自分でどうすることも出来ずに長年抱えている悩み。
自分だけの忘備録にしてもいいよねと、自己満だけど書いてみたいと思った。
母娘の関係って難しい。
円満で上手くいっている親子を見ると、それを心から欲している私には眩しくて。
私が頑張ればいつかその関係に辿り着けるかもしれないと幻想を抱き(無理だとわかっているのにね笑)、また縋ろうとしてしまう。
同じところをぐるぐる周り、私はなにをしているのだろう笑
期待するから辛いのに、母ならわかってくれるかもと一縷の希望を捨てきれず、同じことを繰り返して今に至る。
母の心に届いて欲しくて何度も話し合ったり、行き過ぎた言動に、これだけはやめてほしいことをお願い(やる方が悪いのに、お願いする自体が変なんだけどね)してきた。
しかし、母は軽く考え、自分が悪いとは思っておらず、なにが問題かも自覚をしていない。
散々話しても伝わらない。
それどころか、誰が聞いても母に非があることですら私が悪いことになり、自分の過ちは夫や環境、周りの人間のせいになってしまう。
昔はそんな人ではなかった。
母の頭の中で、都合の良い脳内変換がしばし起こる。
母に都合の悪いことだけは覚えていて、時々、事実と真逆のありもしない記憶として上書きされている。
忘れっぽいのに、そこだけはおかしな内容になった記憶だけが残る。
そして母にとっては、その記憶が全てであり事実なので、30も歳が違う娘の記憶力を馬鹿にした言い方で、「頭がおかしい、大丈夫?」と嘲笑ってくる。
そういう時の母は決まって、なんともいえない意地の悪いな表情と、馬鹿にしたような物言いで相手を不快にさせ、わざと火に油を注ぐ。
老化なら母こそまさにその年齢。
にも関わらず、母よりうんと年下の30代の私のせいされて張り合ってくる。
母は自分の意見が正しい考えの人。
親だから正しい気持ちもあって、同じことを別の誰かにされれば激昂するのに、娘の私には平気でそれをやり、いつも理解に苦しむ。
私ならどうだろうと相手の立場になって想像してみる。
年齢的にも忘れっぽくなるのは普通のことだから、もしかして私が勘違いしているだけかも?私が悪かったのかも?と、自分を疑い省みる。
けれど、自信満々な母は、不出来な娘=自分より頭の悪い娘=理解力がないと考えているのか、「30代になり記憶力がどうかしてるね〜、頭がおかしい」と言われる。
いくら親でも、言っていいことと悪いことはあるはず。
そして、相手の心の中までわからないのに、心の中まで決めつけたり、頭ごなしな否定したり、自分の意見と違うからと、娘を貶すのはよくない。
向こう意気が強い母は、他人から言われたことは必要以上に延々と気にしたり、なにかあると傷つきやすい。
けれどその負けん気も、娘相手だと意地になっているのが伝わってきて、元々幼稚なところがある母は、可愛げのない子供のようになり、あまりの子供っぽさに、時に疲れることもある。
普段なら大人だけど子供っぽいところもあっていいところがあると思えても、ひとたび母に怒りのスイッチが入るとそうはいかない。
もし母の言う通りなら、60代の母はもっとそうなのではないのか?
さっき言ったことを母はすぐに忘れ、同じことを何度も聞き。
母は気づいていないけれど、よく店員さんや電話口の人が困っていることは日常茶飯事なのだ。
それは年齢的に誰もが通る道なので、説明を繰り返すことは、私はなんとも思わない。
私が嫌なのは、それを人のせいにしたり、相手の能力や身体的なことを理由に悪口を言い、そして私の記憶力を疑うこと。
もちろん母より若くても私だって勘違いしたり忘れる時もあって、いつもそうとは過信していない。
ただ、そういう時の母は、言い負かしてやったと言わんばかりに自信たっぷりで、私に敵うものか!と一人で言いながら、自画自賛している。
心配する周りの制止を振り切り、自分の感情優先に行動して失敗。
空気も読めずに相手を困らせ、自分を通そうとするのはどうなのだろうと。
私は昔、母が大好きで尊敬していた。
母娘の関係もとてもよかった。
まさか自分がこんな経験をするなんて、思いもよらず。
昔の母はもうどこにもいない。
頭ではわかっているのに、昔の母に戻ってほしくて、母には理解者でいてほしくて、つい願ってしまい、向き合うことで衝突してしまう。
母は言う、私が変わったと。
でも母の変化は妹も同じように感じている。
私の思い違いではないのだ。
かつて母も30代だった頃、自分の若さに自信を持ち、頭もキレていて、抜群に理解力もあった。
当時、子供だった私はその母を誇らしく思ってうれしかった。
母は専業主婦だったけれど、第一線でバリバリ働いている男の人でさえ負けてしまうほど。
そしてその頃の母は、祖父母(母の両親)と揉めたり困ったことがあると娘たちには、「お母さんは30代でまだ若いんだから、年寄りより記憶力がいいに決まっているよね!」と、言っていたことを思い出した。
その年齢に娘がなっているのに、母は昔のまま。
母がかつてそうだったように、いつかは逆転してしまうものなのに。
昔、娘には自分を超えてほしいとよく言われていて、頑張ればいい娘と認めてもらえると信じていた。
しかし、今は母よりできると不機嫌になり、母よりできないことがあれば、それ見たことかと言わんばかりに、上から目線で嫌なことを言ってくる。
女の敵は女、娘も例外でないということなのか?
私の母だけはそういうタイプじゃないと思っていたのに。
決して意地悪をするような人ではないけれど、母の現状に満たされない不満が、そのようなことへ向けられている気がしてならない。
母娘は難しい。
早く抜け出して私は自分の人生をちゃんと送りたい。
親孝行もしたい、母には幸せに笑っていてほしい。
周りから愛される可愛いおばあさんになってほしい。
母に認めてもらいたいだけなのに、私の虚しい努力は永遠に虚しいままなのか。
母の中の私は冷たくて優しくない人間、母にはわかってもらえそうにない。
我関せずで母の話を興味がない!と切って捨て、わがままで我の強い妹のことは優しいと言う母。
育てたから私の心の中は透けて見えるそうだが、母に言い当てられたことはどれも的外れなことばかり。
見ているようで、今は全然見ていないのを実感する。
お互い、いつかは別れる日もくるだろう。
一緒いられることは当たり前じゃなく、家族があるって素晴らしいし、幸せなこと。
なのに、なぜ仲良く笑い合って暮らせないのか不思議で仕方がない。
母の悩みから抜け出せる日はくるのか。
せっかく縁あって親子になり、お互い生まれてきたのに傷つけ合うなんて。
こんな馬鹿馬鹿しく悲しいことはないと、いつもそう感じる。
感謝の言葉よりも、相手を傷つけることに悪い言葉を使う母を見る度に心が痛む、そんな私。