ロヒンギャのコミュニティーのリーダーをしていらっしゃる方にメールしました。
返信がありません。
会ってお話が聴きたいだけなんだけど、忙しいのかなぁ。
一度電話で話したときは、ものすごく忙しそうだったので、また電話するのもあれかなぁ・・って思って電話できない。
もっと体当たりでいかなきゃって思うけど、でも相手も毎日忙しいのにゴリゴリ押してってもなぁ・・・って思います。
とりあえず、週末また館林に行ってみます。
日曜日にロヒンギャの方が集まるモスクに、訪ねていこうと思います。
邪魔にならないように、気を付けます。
いや、たぶん絶対邪魔だけど、もしかしたらお友達作れるかもしれないし、もしかしたらまた来ていいよって言ってくれるかもしれないし、それは行ってみないとわからないので、とりあえず行動あるのみ。
研究するときのジレンマです。
問題意識をもって取り組んでいて、相手に対するコンパッションにあふれている。
もっといい生活をして欲しい。もっと彼らが暮らしやすい社会になって欲しい。って思っている。
でも、調査に行くとなると、相手を調査対象としなければいけない。
なんか、調査対象者って言うと、失礼な感じがしてしまう。
純粋に、相手の話を聞きたい、って思っていても、「調査対象者の話を聞く」って言うと、なにか自分の研究のほうを相手の話より優先させている感じがしませんか?
だから、フィールドワークに行くのにすごく緊張してしまう。
同じ「知らない人に会いに行く」っていう行為でも、ただ遊びに行くとか、ただ話を聞きに行くってほうが緊張しない。
自分の研究のためのフィールドワークって思ってしまうと、なんだか相手に失礼なことをしている気分になって、変な感じ。
自分が心から関心を持っているテーマを研究するのって、難しいなぁ。