ショコラがパーン! -2ページ目

ショコラがパーン!

いっそ右腕がトイデジになればいいのに。もちろん、TPOで普通の手も使わせて下さい!

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横浜の中華街に来ています。食べ放題2480円です。

さっきロケやってました。
秀さん、しずちゃん、ショコタン(俺じゃない)、真鍋かをり(プロアクティブ)、有吉、はるなあい(男じゃない)、ほっしゃん、その他を見ました。

しずちゃんでけー!

真鍋ほせー!

秀ちゃんドンー!(静かなる)

はるなあい黒ぇー!

ショコタンふつー!

って思いました。



フカヒレスープは古い日本家屋みたいな味がしました。
 
駅前に建っているハンバーガショップ。いつも午後になると、その店内は、ほぼ高校生で一色に染まる。
シャツのボタンを一番上まで留め、参考書を静かに読んでいる者もあれば、ネクタイを外し、制服のズボンの裾を膝まで捲り上げ、ソファーの上に片足を乗せている者もいる。

グループはみな、同じような身なりのメンバーで構成されている。趣味や趣向は、わかり易くファッションに表れるからだろう。

その中に、ある4人組の高校生グループがいた。彼らは窓際のテーブルに座って談笑していた。
4人は制服ではなく、泥にまみれた野球のユニフォームを着ていた。
その中の一人が「けんちゃん」と声をかけた。
けんちゃんと呼ばれたその高校生は、ポテトを頬張りながら言った。

「じゃあ、今から話すけど、俺にとっては本当に大事件だったんだから」

「わかったわかった、それはもう何回も聞いたから、もったいつけねぇで早く話せって。」言い終わらないうちに、周りから野次が飛ぶ。

「じゃあ話すけど・・」
けんちゃんと呼ばれた高校生は、手を、紙ナプキンで拭きながら話し始めた。



かすみはバスに揺られていた。外は夏真っ盛りといった様子で、じりじりと容赦のない日差しが、かすみの身体に容赦なく降り注いだ。
家からバス停までの距離が、とても遠く長く感じられた。
かすみは今日、友達と駅前のデパートに買い物に行く約束をしていた。かすみも、今日会うその友達も、お互い免許は持っていない。
少し面倒くさいが、移動手段は決まってバスだ。

外の灼熱地獄と打って変わって、車内は少し寒いくらいだった。かすみは頭上のクーラーを見上げた。窓からは、相変わらず刺すような痛みのする直射日光。
かすみはこのくらいの寒さなら、と、ガマンする事にした。平日のせいか、バスには、かすみの他に、四人しか乗っていなかった。

バスと言うのは、なぜこんなにも気持ちのいいものなのだろう、最初は流れ行く街並みを眺めていたのだが、そのうちバスの心地よい揺れに身を任せたまま、かすみはすっかり眠りに落ちていた。


「ピーン ポーン」


誰かが降車ボタンを押したのだろう、聞きなれた音が車内に流れた。
その時だった。

「あれ・・私の1万円札がない」

叫ぶような、驚きに満ちたような、女の人の声が、悲しく響いた。運転手以外の乗客がみんなその声の方に目を向けた。それは、かすみの一つ前座席に座っている女性だった。


「すいません、大声出して・・でも、あの、私が出しておいた1万円札が無くなってるんです。確かに私、ここに・・」


その女性の話とはこうだった。バスに乗ったものの、サイフを見たら小銭がなかった。仕方なく1万円札を取り出して、財布と一緒に持っていた。
やがてバスが信号で止まった時を見計らって、運転席の横の両替機に行くはずだった。
しかし、バスが余りに気持ちよくて、いつの間にか寝てしまっていた。

起きると、サイフだけしかなく、1万円札だけが姿を消していた。

「私、床も見ました。座席の周りも・・でもないんです。」その女性の言い方は、この中に一万円札を盗んだ犯人がいる。
と言っているようだった。前から二番目の右側席に座っていた高校生らしき男の子がこちらに歩いてきた。


「僕も探しますよ。あなたの席は、ここですよね。」

高校生はかすみの前の座席に顔を埋めるようにして、探し始めた。
かすみの席は、バスの真ん中辺りの右側だった。気を利かせたのか、運転手が少しスピードを落とした。


「ないですね・・」

高校生はしゃがんだままそう呟いた。女性は、そんなのわかってるわよ。あるわけないわ。誰かが盗んだんだもの。と言わんばかりに、冷静な顔で高校生を見下ろしていた。

女性は若い主婦のような感じだった。化粧気はあまりなく、服にもあまりお金をかけていない風だった。その佇まいからは生活感が感じられる。


「あのさ、何か見てないかな?」

起き上がったばかりの、顔が赤くなっている高校生に向かって主婦らしき女性が聞いた。

「何かって・・なんですか?」

真っ直ぐ相手の目を見て高校生が答える。
くすみ一つない真っ直ぐな瞳を向けられた主婦らしき女性は、何も言えず、恥ずかしそうに視線を外した。


「つまりこのおばさんは、この中の誰かが盗ったんじゃないかって言ってるわけだよ、ぼうず。」

高校生は驚いた表情をして、声のする方を見た。
その顔から察するに、この高校生はそんな事微塵も想像していなかったという感じだった。

かすみは彼を羨ましいと思った。少し遅れて、かすみも声の方に顔を向ける。

一番後ろの席にその男はいた。

ボロボロのジーパンに、黄色の花柄シャツ。胸がざっくり見えるまでボタンを開けている。髪はリーゼントに失敗したようなオールバック。濡れているように黒髪はツヤツヤと光っていた。小顔で、やや頬が扱けているせいか、どことなくずるそうな印象を与える風体だった。

「意味、わかるか?このおばちゃんは、」

「そ、そんなつもりじゃ、えっ、ていうか、大体、おばさんて失礼じゃないですか。私まだ、・・」

「そういう事なんですか?」


高校生がひどく残念そうな顔をして、主婦らしき女性に尋ねた。女性は返事に困っている。
言い分はそうなのだろうが、そうはっきりと聞かれたら、そうですよ、あなた達を疑っているんですとは言いにくいだろう。


「・・捜しても見つからないって事は、つまり・・そういうことだと思います。」

女性は高校生に敬語を使うことで、せめてもの気を使ったようだった。高校生がかすみを見た。目が合う。疑うと言う事を知らない、綺麗で澄んだ目をしていた。

その後高校生はかすみから視線を外した。かすみがその視線を追うと、視線の先にはショートカットで黒いサングラスをかけている女性がいた。

唯一左側の座席に座っている。位置で言うとちょうど左後輪の上辺りだ。
後ろから数えて三番目の席。足元が少し高くなっている席だ。その女性は今も、こちらには関心がないといったように、窓の外を眺めている。

高校生はゆっくりと一番後ろの男に視線を移した。


「わかったか。そういうこった。」

一番後ろの席の真ん中に偉そうに座りながら、男はオーバーに手を広げてみせた。私が眠っている間に、どうやらこんな事件が起きていたらしい。
かすみは祈るように強く、まぶたを閉じた。




「え?じゃあ何?けんちゃんも、その、ヨウギシャとかいうやつになっちゃったわけ?」
もう空になったジュースのストローを噛みながら一人が言った。
ストローからは、シューシューという乾いた音がしている。

「いや、俺は・・かなり前の席にいたし、後ろに行く用事なんかないじゃん。だから疑われなかったけど。」

「ふぅん、じゃあ、あれだ。残りの三人の中で、誰が犯人かって話しになったわけだ?」

また違う一人が、慌てて席を立ちながら言った。

「いや、そうなる前に、意外な方に話がさ、」

「あっ、ちょっとジュース買ってくるから、まだ話すなよ、待ってろよっ」
そう言いながら階段を二段飛ばしで降りて行った。
トイレに立つものもいて、ここで一時、話は中断された。

同じ学校の生徒らしき女子高生が、テーブルに残った彼らのほうを見ながら、手を振っていた。





「俺、犯人知ってるよ」

バスは赤信号で止まり、地球に、環境に優しいという理由で、エンジンも止まっている。

静かなバス車内に、その声は充分すぎるほどよく通って聞こえた。リーゼント崩れの男だった。
かすみは胃にチクリと痛みを感じて、胸を軽く押さえ、下を向いた。


「だぁかぁらぁ、犯人を知ってるって言ったんだよ。」

静まり返った車内。ふいにドルルンという音がして、エンジンがかかった。信号が青になったのだ。


「危険ですので、手すりに捕まるか、席にお座り下さい」

運転手がマイクで、この騒動に自分は関係ないというように、機械的な口調で話した。
かすみの席の通路を挟んだ横の席に高校生が座った。主婦らしき女性は、元からである、かすみの前の席で、後ろを向いて座った。


「まぁ、知っているっていうか・・見ちゃったからね。俺」

男の声はねばねばとした、粘着質の何かのようだった。

男が急に立ち上がった。かすみはびくっとした。男はゆっくりと通路を歩いてくる。
運転中にも関わらず、男の革靴のコツコツと言う音がはっきり響く。サングラスの女の横を通り過ぎる。男は、高校生とかすみの間で立ち止まった。



「こいつだよ」

男の鋭い目が、外の日差しよりも痛く、深く、かすみの肌に突き刺さった。
かすみは、胃がキリキリと痛むのを感じた。男の人差し指がかすみに向けられている。男はそれだけ言うと、手を引っ込め、自分の席へと戻っていった。

誰も声を発さない。男が次に、何を話すのかを待っているのだ。


「俺は見てたよ。全部。そいつが、後ろからそうっと前の席に上から手を伸ばして何かを取るところ。」

「ほ、本当ですか?」


高校生が大きな声で確認する。

「本当さ、それで、そいつは天井の降車ボタンを押してた。金を取ったらすぐに降りるつもりだったんだな。でも、全部見てたんだぜ。俺は。言い逃れしても無駄だよぉ。」


男はここがバスであることを忘れ、胸ポケットからタバコを出して、それに気が付くと、今度はズボンのポケットにしまいこんだ。
かすみは叫びたかった。私ではないと。私は寝ていたんだ、と。

しかし、その言葉は一切口から出て来ようとはせず、むしろ下へ下へと下がっていき、胃に重たく圧し掛かっていった。


「わ、私は・・」

かすみが震えた声で言えたのは、かろうじてここまでだった。

「じゃあ、あなたはこの人が犯人だっていうんですね?」

高校生が立ち上がって言った。運転手はもう何も言わなかった。
一呼吸の沈黙の後、その高校生は話し始めた。


「それはおかしいですね。あなたの話には矛盾があります。」


男の顔色が変わった。ゆっくりと立ち上がる男。窓の外には桜並木に囲まれた小学校が見えた。次の停留所まで、あと3分弱。





「その男の話のどこに矛盾があるってんだよ?」さっき買ってきたジュースも、もう半分は無くなっていた。

「わかんないよね?」

「うん、わかんない。教えて。」

「うん、だってわざとわかりにくくなるように話したからさ。」

「なんだよそれ。面倒くせぇな。そのかすみって子が犯人じゃないって、お前なんであれだけわかったのよ。知り合いだったとか?」

「いいや、そのバスで始めて会ったよ。そんで、もうすでにお前は引っかかってるね。」

「何だとぉ!こいつ・・厭らしいなぁ」

「あははごめん、じゃあ続きを話すよ。実は、そのかすみさんていうのは・・」




バスがまた止まった。赤信号ではない。交差点での右折待ちだ。エンジンはかかったまま、振動で細かく揺れている。

「あなたは先ほど、こちらの女性が天井の降車ボタンを押した、と言いましたね。」

「あぁ、それが何だ」

「それは、無理です。すいません、ちょっと立ってもらっていいですか?」


高校生が、かすみに向かって手を差し出す。
かすみは手すりを持ちながらゆっくりと立ち上がった。男の顔がみるみる青ざめていく。


「ありがとう、おばあちゃん。」

「はい。」

通路に出てきたかすみの腰はほぼ90度に曲がっており、天井に手が届くはずがない事は、誰の目にも明らかだった。かすみは早まる動悸を抑えながら、またゆっくりと腰を下ろした。

「これでわかったでしょう。この人が犯人じゃない事も、そして、誰が真犯人なのかも」


男の青かった顔が急激に変化して赤くなった。

「僕はさっきおばあちゃんがバスに乗るところを見てたから・・
あなたは自分が届くのだから、誰でも届くはず、安易にそう思ったんでしょう。」

「きさま・・上等じゃねぇか!」

男が大股で通路を前へと歩いて来る。車内にいる全員に、雷のような緊張がほとばしる。

男の顔は恥と怒りで引きつっていた。目だけが笑っているように見えた。
誰一人動けない。

男はどんどんとその距離を縮めて来る。男はもう、すぐ目の前まで来ている。男が高校生の前で右手を上に振り上げた。その時だった、バスが大きく左右に揺れた。
バランスを崩した男がかすみの後ろの席に倒れこんだ。

「・・ふざけるなよ!なめやがって」
と言って男が立ち上がった瞬間、男はまた、今度は中央の通路に倒されていた。


「うぅ・・いてぇぇ」

先程とは打って変わって情けない声を出し始めた男。男の右腕を肩甲骨の辺りまでねじ上げて、男の上に乗っていたのは、サングラスをかけた、ショートカットのあの乗客だった。

バスは停留所でしばらく止まり、少しすると、警察がなだれ込んできた。男は屈強な警察官数人に連れて行かれた。

いつの間にかバスの運転手も客席のほうに来ていた。

「ね、だからつり革に捕まるか座ってないと危ないって、言ったでしょう」





「ふぅん、それで部活遅れたわけ。」

一人が口を尖らせて言う。

「まぁ、そうだね。でもこれじゃあしょうがないでしょ?」
他の三人が顔を見合わせる。

「まぁ、話としては面白かったけどさ、お前が遅れたせいでこっちはみんな、グラウンド二十周だよ?たまんねーよなぁ」

「まぁまぁ、いいじゃん、俺は二十周してもいいくらいこの話、面白かったよ。かすみなんていうからさ、俺はてっきり若くて可愛い子想像してたよ!」

「あはは、ごめんごめんおれもビックリしたんだよ。事情聴取の時に名前聞いてさ」


周りにいた大勢の高校生は、ほとんどいなくなっていた。代わりに仕事帰りのサラリーマンや、フリーターの様な客が増えていた。


「あ、でもさ・・」

「あ、わりぃ、けんちゃん俺らそろそろ塾あるからさ」

「あ、もうこんな時間か、やベぇ、けんじまたな!」

「あ、あぁ、またな」
けんじと呼ばれた一人を残し、三人は店を出ていった。


事件については今三人に話した通りだ。しかし、けんじにとって本当に話したかった事件とは、この話ではなかった。この後に起こった大事件に比べれば、今の事件など、どうでも良かった。けんじはコップとハンバーガーの包み紙を捨てた。
バッグを肩にかけ階段を降りる。皆に言うべきか、言わないべきか・・

けんじは悩んでいた。外に出ると夕日が、けんじの顔を紅く染めた。アスファルトからの熱気が凄まじく、けんじは顔を背けた。

だが、けんじはこんな夏の暑さが好きだった。そして、全てを綺麗に紅く染めてくれる、この美しい夕日も・・




けんじ達は事情聴取を受けることになった。
急ぎの用がないものは、今すぐ一緒に来て欲しいと警察に言われた。
それほど時間がかかるものではないらしいので、けんじは、受けていくことにした。

バスにはサングラスをかけた、あのお手柄の女性が一人乗っていた。彼女だけは急ぎの用があるらしく、事情聴取は後日受けるという。

バスの運転手が、お疲れ様でした、と言ってドアを閉めた。

サングラスの女性が窓際からこちらを見ていた。バスが動き出した瞬間、窓が開いた。サングラスの女性がけんじを見ていた。サングラス越しだったが、間違いない。

彼女の瞳は、真っ直ぐけんじを見ていた。

バスが走り出す音や、道を走る車の喧騒で聞き取りにくかったが、確実に彼女はこう言った。


「けんじ君、大きくなったでフェスね・・」


と―。









                    皆様、お久しぶりですね

                Syokora’s roomの案内人、レイ子です

      ここは【Syokora’s  room】 ~ A dead-end room~ 行き止まりの部屋


    Syokora’s roomには出口がありません。どうぞ入り口からお帰り下さい


             もう一回同じ部屋を通るのはつまらない?

               ふふ そんな事はないと思いますよ

          帰り道は部屋の中が違った風景になっていると思います

金の箱から出てきたおじさんの能力によって一人づつ前の部屋の住人とずれてしまいました


          五味君は何を失い、何を手に入れたのでしょうか?

              よっちゃんの願いは天に届いたのでしょうか?

      三津代さんは欲しかった言葉を聞くことができたでしょうか?

二葉さんは恋人の秀君にちゃんと見ていてもらわないとどうなると言っていたでしょか?

         この中で二葉さんだけが 変身願望がありませんでした

                   つまり今頃 ゴミ捨て場には・・

  私をあんなふうに捨てたあの男は 今頃大変な事になっているでしょうね

                    ふふふ いい気味ですわ

            さて、私が誰だったのか みなさんもうお分かりですね

                   レイコ    0子    霊子 

                  どう呼んでくださっても構いませんわ

         でも 魂の入れ物がない私はそろそろ行かなくてはなりません

  一週間という短い間でしたが 皆さんをエスコートできて とても嬉しかったわ

                では皆様  また枕元であいましょう

                    気をつけて お帰り下さい  
 
                     ありがとうさようなら
  

いままでがんばってくれたのだからな。今度こそ、ひっくりかえしてやるぞ。
しかし、老人が全身の力を集中し、魚が舟のそばに来る前に、全力をだして引きはじめると、魚はそれに抵抗し、陣をたてなおすようにして、老人から逃げ始めた。
「待て」と老人はいった、「お前はけっきょく死ななきゃならん運命なんだぞ。いや、お前のほうだって、おれを殺さなきゃならないというのか?」

                 (ヘミングウェイ 『老人と海』より)



何で僕だけがこんな目にあわなくちゃいけないんだ・・
全ては、全てはこの名前のせいだ。僕は今までに何回、自分の名前を呪った事だろう。
「おい、ゴミ!早く立てよ」
僕はズキズキと痛むお腹を抱えながら、ゆっくりと立ち上がる。しかし足に力が入らない。またすぐに崩れ落ち、僕は床に這いつくばった。

やっぱりこれを使うしかないか・・
僕はポケットの中に手を突っ込み、あるものを握りしめた。それは、昨日道端にいた占い師だという老婆にもらったものだった。顔中傷だらけの僕を見て、老婆は言った。
「おやおや、あんたそうとうひどい目にあっとるようじゃねぇ。良かったらこれをやろう。うまく行けば、あんさんをそんな目に合わせたやつらに、仕返しができるかもじゃぞい」

怪しいほっかむりをした通りすがりの老婆のことなんて、信じられるわけがなかった。でも僕は、自分でもあほらしいと思いながらも、ポケットに忍ばせておいた、そのばあさんがくれた小さな金の箱を開けた。

「この箱にはね、神様がはいっとるんよ。何がでるかは、あんた次第だけどね」
ばあさんの言葉が頭の中でリフレインされたその時、白い大量の煙が僕のポケットからあふれ出した。
「なんだ?こいつ何しやがった?」
僕を囲んでいた不良たちが後ずさりをしながら僕から離れていく。

「金の箱あけよう~~~~♪」

変な歌を歌いながらアラジンと魔法のランプに出てくる魔人みたいなハイカラなおっさんが白い煙の中から姿をあらわした。

おぉ、強そうだ。僕は何とかなるかもしれない、と少し元気になった。

「おい、おっさん!早くこいつらやっつけてくれ!」

僕は出てきた派手な服を着たおっさんに頼んだ。

「無理です」


あっさりと断られた。


「なんで?!お前、俺の言うこと聞いてくれるんじゃないの?!」
僕は焦っていた。今の僕の発言で周りの不良たちが怒り出したからだ。

「ご主人様、私には私の能力がございます。私は2つの能力を持っています。それは、ご主人様である、アナタのコンプレックスから生まれた能力でございます。」

僕のコンプレックス?そんなものがこの場で役に立つのか?

「コ、コンプレックスって何だよ?」

僕は早口で聞いた。それにしても、このピンチにのん気に説明を聞いている場合ではない。早く何とかして欲しいのに・・

「ご主人様は、お父様がおりませんね?そのせいでお母様はご主人様とその弟様達を育てていくのに毎日いっぱいいっぱいです。
もちろん家族でどこかに旅行に行ったことなんてありません。ご主人様は家族みんなで旅行がしたいと、ずっと思っておりました。
でもそんな事が叶うはずもない。そんなご主人様のコンプレックスが私の能力になっております。」

「意味がわかんないよ!!それがどう能力になるのさ?!」
僕は泣き出したかった。こんな惨めな気持ちになるなら、箱なんか開けなければ良かった。

「おい、お前いつまで独りごと言ってんだこら?やっぱり死にてぇのか?」

え?僕以外にはこのへんちくりんで派手なおっさんが見えてないのか?
僕はおっさんの方を見た。

すると、おっさんは気持ちが悪くなりそうなウインクをしながら、

「『パリ』ですね?!了解しました!」

とハキハキとした口調でいった。

その瞬間、今僕に話しかけてきた不良がいきなり目の前から消えた。
え?!僕は驚いて、おっさんを二度見した。おっさんは倒れている僕に近づいてきて、耳元でこういった。

「今のが、私の能力でございます。今の若者は『パリ』に行きました。なぜだか分かりますか?あの男が自分で言ったんですよ。『パリ』って。」

パリ・・あの男はそんな事言ってないと思ったが、もしかしたら「やっぱり」に含まれるパリの事かと思って僕はおっさんに聞いてみることにした。

「あのさ、」
「そうです。」


目を見ればご主人様の言いたい事くらいわかりますよという様な、少し調子に乗った表情をして、おっさんは僕にウインクしながらそう言った。

成る程。言葉に含まれている地名に飛ばしてしまう。それがこのおっさんの能力。そして、僕のコンプレックスが生んだ能力か。

僕は、制服に付いた土ぼこりを払いながら、立ち上がった。
身体の節々はまだ痛いが、なんとか立っていられる。

「おい!・・三吉をどこに消したんだよ!お前・・何かやったんじゃないか?!」

バットを持った不良がダルそうな足取りで僕の方に歩いてきたが、そのセリフだけを残して、またその男も消えた。

「え?!今、何か言った?」
僕は小声で、金の象の形をしたピアスを両耳から垂らしているおっさんに聞いた。

「はい、ジャマイカって言いましたよね?」

「言ってないでしょ?!何?あんたの聞き間違いでも飛ばされちゃうの?!」

「まぁでも、また一人減ってよかったじゃないですか。」
確かにそうだと僕は思った。それでもまだまだ不良たちは沢山いる。

「おいおい、何?立ち上がっちゃって。この人数相手にやる気かよ?生意気だな。もっとあせればいいじゃん。ビビれよコラぁっ!!!」

でかい声で僕を脅したリーゼントの男がまた消えた。彼はどこに行ったのだろう。僕は、口ヒゲが昔の男爵のようにくるりんとなっているこのおっさんを見た。
おっさんは僕が何を聞きたいかをわかっていますよというように、得意顔で答えた。


「今の彼は『アゼルバイジャン』に飛びました。」

「あせればいいじゃん」が、『アゼルバイジャン』?!

こいつの耳には貝殻か何かが詰まっているんじゃないだろうか。と僕は、余計な心配をした。

「ちなみにアゼルバイジャンは首都がバクーという所で、面積は北海道とほぼ同じですご主人様。」


どうでもいいよ。その解説を聞いて僕は何て答えればいいのか。

とにかく、今の彼には、ウニもカニもいない北海道で頑張ってもらうとして、まだまだ残っている不良たちから、どう逃げようか僕は考えていた。

「お前面白いな、もしかして人が消せるのか?俺もな、スプーンが曲げれるんだよ。へっへっへ芸術は爆発だー!!」
ぬんちゃくを振り回しながらピンクの髪をした不良が僕に向かってきた。

しかし、その彼も僕の手前ですっと消えて言った。彼はどこに行ったんだろう。ビビッドなピンクのストールを巻いたおっさんを見る前に、おっさんが僕に言った。

「私のストールと同じ色の髪をした今の彼は『アンチグア・バーブーダ』に飛びました。」

どこ?!

突っ込むべき所は沢山あったが、まず僕は、今言われた場所を知らなかった。

「『アンチグア・バーブーダ』は1981年、英国より独立した、北アメリカにある人口八万一千人の国です。」

だとしても、ピンクの髪の彼はそんな事一言も言ってないはずだ。もし仮に、もし仮に、言ったとしたら、「芸術は爆発だ」だが・・まさかね・・


このおっさんの耳の悪さはもはや、理不尽だ。ひどすぎる。しかし、僕としては好都合だから、あえて突っ込まない事にした。

僕の前に、さらに三人の不良が立ちはだかった。

「お前が何してんのかわからんが、もう好きにはさせねー」
真ん中にいる男がこん棒を振りかぶって静かに近づいてきた。
横の二人もそのあとをゆっくり付いてくる。
やばい、何かをしゃべってもらわなければ。僕はあせった。そのとき、こん棒を持っていた男が急に「あっ」と声をあげ、急に自分のズボンを弄り出した。

「財布がない財布がない・・あれ?」と言いながらその男は上着やズボンのポケットをひっくり返し始めた。男のズボンの後ろポケットは大きく破れていた。

「電車に乗った時かな?どっかでこすったんかな?」それを見ていた横の二人が話しかける。
「スリなの?」
「スリなんか?」
わかんない。という顔をして真ん中の男が二人の顔を交互に見た瞬間、その三人は消えていった。
今度はこのおっさんがどんな聞き間違いをしたのか、僕は少し楽しみだった。

「『コスタリカ』と『スリナム』と『スリランカ』に飛ばしました。」おっさんは着ている黄色いテロテロのシャツを触りながら言った。
僕は、スリランカだけはわかっていたので、よし。と心の中で思った。

「君もなかなか頑張るね~ぃ」
「ほんじゃーさ~そろそろ俺達の出番てわけか。」

奥にいた白熊みたいにごつい二人組みが重い腰をあげた途端、立ち上がったその勢いで空に飛んで行ってしまったかのように消えていった。

「『ブルネイ』と『ホンジュラス』に行きました、彼ら。」

そんな国あるの?!と僕は思ったが、消えてくれた事に変わりはないし、別にあいつらがどうなろうと知った事ではないから気にしない事にした。

※(ブルネイ・ボルネオ島の北部にある小さな王国。1984年、英国より独立。石油(セリア油田が有名)と天然ガスを産出して、そのほとんどを日本に輸出。国民には税金がなく、医療費や教育費が無料。

※(ホンジュラス・カリブ海に臨み、国内の大部分は山岳地帯。)


言葉が通じず、通貨も使えず野垂れればいいさ、と僕は思った。不良の残りはもう少ない。ボスの側近にいる細長い男が近づいてきた。

「よくやるね。君も、でもこれはマジの忠告だ。ボスは怒らせたらマジで怖いぜ?ボスにはせいぜい媚びな」

ボスの側近の細長い男はニヒルな顔で笑みを浮かべそういい残し、消えた。


「『ボスニアヘルツェゴビナ』っていいましたよね?彼。」


水色のパイル地のパンツを穿いたおっさんは僕にそう聞いたが、飛ばす前に確認しろよ!と僕は思いながら、もちろん言わなかった。

「ボスにはせいぜい媚びな」が『ボスニアヘルツェゴビナ』か。それにしてもなんていい耳をしているんだこのおっさんは。

ついにボスと呼ばれていた男がイスから立ち上がる。その身長たるや、ゆうに二メートルは越えているだろう。手には、殺傷能力申し分なしの「チェーンソー」が握られている。

お前に武器はいらないだろう!と思ったが、足が震えて僕は何も言えなかった。「チェーンソー」の電源に手をかけながら僕に
「あのよーてめぇちょっとふざ」といいかけて実に歯切れの悪い所でボスは消えていった。

まさか。僕は銀のスパンコールがびっしり埋められている靴を履いているおっさんの顔を見た。

「まさか、今のボスは・・」

「その通りでございます。 あの世、に逝かれました。」

なんて事だ。あんなに怖そうな人が一瞬で天に召されていった。最後に残した言葉が「ちょっとふざ」というのは彼の家族に伝えた方がいいだろうか、とぼくは悩んだ。

ボスが消えていった事で、残っていた不良どもが一斉に逃げていった。

「ママー!」
「もーリタイヤ!」
「よっしゃー!パチンコ行こうー!
「助けてー!あ、もう夜だ!」

残りの不良たちも全員この倉庫から出ることなく消えていった。

爪に紫のマニュキアを塗ったおっさんがその手を振りながら言った。

「え~それぞれ上から『ミャンマー』『モーリタニア』『ロシア』『ヨルダン』に行かれました。」

行かれましたって言うが、全部お前が行かせたんだろう!と思ったが、僕はこの恩人にそんな事は言わない。

それにしても、「よっしゃー」発言でが「ロシア」行きが決定した彼は、この能力の説明を聞いても到底納得できるまいと思ったが、それを言い出したら、ほとんど全員がそうなので、もうどうでもよくなった。

「ふぅ。やっと片付きましたね。」

おっさんは言葉とは裏腹に、涼しい顔でそう言った。

「助かったよ・・そういえばさ、おっさん、確かもう一個能力があるって言ってなかった?」

僕はずっと気になっていた質問をした。

「はい。それは・・」

僕は、自分でおっさんに聞いておきながら、それを答えようとするおっさんを遮るように話しだした。

「それってさ、まさか、僕の名前に関する能力・・?」

「・・お察しの通りでございます。」
おっさんは無駄に綺麗なお辞儀をした。

最初にこのおっさんは僕のコンプレックスに関係する能力だ、と言った。
もしそうならば、僕は絶対に名前の事だと思っていた。

僕の名前は、五味。『五味敏生。』 あだ名は幼稚園の頃からずっと生ゴミ、もしくはゴミだった。

昔から僕はこの名前のせいでずっと虐められてきたのだ。
どこに行っても、この名前は僕を苦しめた。僕は人生を呪った。
もし僕が他の名前だったら。そんな事を願わない日は一日たりともなかった。

僕は、脱げていた靴を拾い積み上げられた「うなぎボーン」と書かれた茶色いダンボール箱の上に座り込んだ。
靴下の泥を払い、靴を履いているとおっさんが言った。

「能力のご説明ですが、今、宜しいですか?」
僕は、頭に付いた土ぼこりを払いながら、なんて無駄に礼儀正しいんだろうと思いながら、うんと頷いた。

「ご主人様もすでにお察しの通り、名前に関する能力でございます。ご主人様の・・名前を変える事が、できます・・」

僕は、おっさんが、最後の辺りで少しためらったのが気になった。

「何か、リスクがありそうだね。」
僕は思いついたまま言った。

「流石はご主人様ですな・・お察しの通りでございます。」
「どんなリスク?」
僕は間髪いれず聞いた。

「はい、人というのは、みな一人で生きているわけではありません。必ず、他者との関わり合いの中で生きております。試合に勝つという事は、試合に負けたものの上に成り立っていることですし、誰かが幸せになる、という事は少なからず誰かの不幸の・・」

「前置きはいいよ!早く、そのリスクを教えて。」

「・・はい、ですが、これだけはお話しておかねばならないのです。この能力は、ご主人様以外の人間にも影響が及んでしまうのです。」

「そんな事僕には関係ないね。僕はずっとその不幸の一番下でみんなの幸せを見上げてきたんだ。今更他のやつがどうなろうと知った事じゃないさ」

「・・そうですか。しかしですね、何も他人に限ったことではなくて・・ご主人様本人も、どうなるかわからないのですよ?!」


「いいから早く話せよ!」
僕はいらだっていた。こうやって、僕に下手に出て話すヤツをみると僕はいつもイライラするのだった。


「では、お話いたします。ご主人様の苗字には数字が入っております。それを一つ減らすことができます。」

「え?それだけ?」僕は拍子抜けしてうな垂れた。

「いえ、ご主人様の五味の『五』をそのまま四にするという意味ではありません。ご主人様は、どこかにいる四がつく名前の方の人生を、そのまま乗っ取る事になるのです。」

「この身体ではなくなるということ?!」僕は少し興奮した。

「そうです。ご主人様は名前を変えたいという事はもとより、生まれ変わりを望んでおりました。今の自分ではない他人になって生きる事を望んでいたのです。」

「へぇ。それがそのまま能力になったってわけか。」

「しかし、最初にお話しした通り、ご主人様一人だけが変わることは出来ません。つまり、名前に四が付いていて、ご主人様に身体を、そして、人生を乗っ取られる方は、一つ前の三の付く名前の方を乗っ取ります。そうして、自分より数字が少ない人へと移って行くのです」

「そうか、そしたら・・どんどん数字が減ってくほうに人生が移っていって・・最後、一が付く人はどうなるんだ?」

「0、れい。つまり霊になります。」

「・・・そうか。」

「とはいえ、私もできるだけ関係ない人間を殺したくはないので、名前に『一』のつく人形でも探してみます。」

「そんなの都合よく見つかるの?」

おっさんの手前僕は少し悩んだ振りをした。しかし、僕の中ではとっくに答えは出ている。

というか、最初からどんな条件が出ても飲むつもりだった。僕は今すぐにでもこんな人生を捨てたかった。名前を改名したところで、どうせ元の苗字を知っている奴らからの呼び方は変わらない。

こんなチャンスはありえない。名前に「四」が付く人で、僕が人生を乗っ取る人がどんな人なのかは知らないが、今の僕よりは絶対にマシだろう。ロボットになるわけでもあるまいし。
新しい人生になったら、そしたら僕は、彼女を作って、結婚して、子供を作って、・・・

諦めていたそんな普通の人生が送れるかもしれない。

でも僕が一番欲しいものはやっぱり、友だちだ。

生まれてから今まで、僕に友だちと呼べる友達はいなかった。
次の人生では友だちが欲しい、と僕は心の底から思った。


「いいよ。さぁ、やってくれ。」


「最後にもう一点だけ。この能力は、本人の、生まれ変わりたい。という願望を元に発動しています。よって、選ばれた人間が、生まれ変わりを望んでいない場合は、そのままの肉体で、人生だけ奪い取る事になります。まぁこれは、生まれ変わりを心底願うご主人様には関係のないことですが。
では・・本当に宜しいですか?」


「あぁ。」


「では、行きますよ。最後に、あなたのせいで人生が変わってしまう人たちの名前を言います。」


「別に聞きたくないよそんなの!」

「ダメです。それがこの能力発動の条件なのです。では行きますよ!

日本の中からランダムで選ばれたのはこいつらだ!!
松下一美、青西二葉、城西三津代、HHSO4、五味敏生、べろべろべろ~りベロベロリ!!!」

髪をぴっちり七三に分けているおっさんは、僕に両方の手のひらをかざした。


「え?!ちょっ!今最後、僕の変わる人・・名前がおかしくなかっ?!?!うわぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ」


僕はその手のひらから出てきたソフトとクリームのような渦の中に吸い込まれていった。

僕の、「五味敏生」としての記憶は、そこまでしかない。

「ふぅ。やっぱりこの能力を使うことを選んだか。どこに行っても、自分は自分なのに。まぁ私には関係ないがね。」

そう言うと、このハイカラなおっさんは白い煙と共に出てきた金の箱に吸い込まれていったのだった。


ねずみは あきらの まわりを ちょろちょろ はしり、 ちゅうちゅう なきたてました
あきらは ぶるぶる ふるえて、 「う、うう」と なきごえをだし、 おもわず 「ごめんなさい」
と いおうとしました。
すると、 そのとき、 「あーくん。 てだ、 てを つなごう。」
と、 さとしの あわてたような こえがして、 てが したに おりてきました。
あきらは むちゅうで そのてを にぎり、 にぎると ほっとして、 「ごめんなさい」
という ことばは ひっこんでしまいました。

                  (ふるたたるひ・たばたせいいち 『おしいれのぼうけん』より)



「早く買ってこいよーよっちゃん!俺コーラぁっ!」

『はい、コーラですねフェス』

「俺はファンタオレンジね!」

『はい、お、オレンジ一つフェス!』

『け、けんじ君は・・?』

「俺はいい」

いそいそとみんなからジュースの銘柄を聞いて、グラウンドから足早に走り去るよっちゃん。

彼は人型ロボットだ。

お手伝いロボットの試作品として城西博士に作られた。
正式名称は『お手伝いロボットHHSO4』
4をとってみんなにはよっちゃんと呼ばれている。

よっちゃんはよく近所の小学生と野球をしたりサッカーをして遊んでいる。

そんなよっちゃんと特に仲の良い、けんじという一人の少年がいた。
いつもはみんなと一緒にわいわいと遊んでいるけんじだったが、今日は大人しくベンチに座ってそっぽを向いていた。

「おせーよー。よっちゃん何やってんだよー!のど渇いたよー!!」

小学生の忍耐力なんてこんなもんだ。二分もしたら皆が騒ぎ始めた。

よっちゃんが綺麗なフォームで走りながらグラウンドに駆け込んできた。両手には缶ジュースがいっぱいに入ったビニール袋がかけられている。
子供たちはよっちゃんからジュースを奪い取ると、そのまま散り散りに帰っていった。

グラウンドの端にポツリ、空になったビニールの袋を両手になびかせてよっちゃんは静かに立っていた。
「よっちゃん、一緒に帰ろうか」
一人、最後まで残っていたけんじが声をかけた。
『は、はいフェス』
よっちゃんは器用に首だけを動かし、けんじを見た。

二人は大きな夕日に向かって歩いた。

「なぁ、学校の裏山行かないか?」
突然、けんじがいたずらそうな表情でよっちゃんに言った。

『い、いいでフェス』
二人は学校の裏山を目指して歩いた。

裏山の獣道を二人は登って行く。
透明の黄色い光が、緑の葉の間から二人を優しく照らす。

けんじが小枝をポキポキ踏み鳴らしながら言いにくそうに話し出した。
「よっちゃんさ、何でいつもみんなのジュース買いに行くの?」

『そ、そうでフェスね、きっとそ、それは、僕が疲れないからだと思いフェス。』
よっちゃんは顔を下に向けて言った。

「そうかもしんないけどさ、でもよっちゃんが来る前は、みんな自分で買いに行ってたんだよ?それなのにさ、今ではみんなよっちゃんにだけ買いに行かせてさ、急に・・俺、なんかそういうのすごいイヤだって思ったんだよ」
けんじは足元にあった小石を強く蹴り飛ばした。

『ご、ごめんなさいフェス』

「よっちゃんが謝ることじゃないよ」

『ふぇ、フェス・・』

そのまま二人は竹林の中に足を踏み入れた。さらさらと竹の葉の揺れる音が耳に心地いい。

「なんかさ、うまく言えないけど、俺はもう頼まないにするね。よっちゃんに。」

『け、けんじ君・・フェス』

けんじは照れくさそうに、手で自分の太ももをぺちぺちしながら続ける。
「そんでさ、お、俺も一緒に買いに行く。」

『あ、ありがとうフェス』
よっちゃんもけんじの真似をして、太ももをぺちぺちしながら言った。


二人はどんどん進み、やがて一面どこを見渡しても竹に囲まれている場所まで来た。

「本当は海岸に行きたかったんだけど、海辺はよっちゃん錆びるかもしれないからね。こっちにしたんだ。でもね、竹の匂いって俺大好きなんだ。」

けんじは落ちている竹の葉を一枚拾い、ぺしゃりと鼻にくっつけている。

『に、匂い、僕は、に匂いは危険か危険じゃないかしか分からないけど、い、いい匂いするフェス?』

「うん。すごいね、青い匂いするよ。あおくてね、なんかよくわかんないけどおばあちゃん思いだすんだ。この匂い嗅ぐとさ。」
けんじは今度はくるくる回りながら竹の幹の前で鼻をすんすんさせた。

よっちゃんも一生懸命首を動かして、匂いをかぐけんじのマネをしている。

それを見てけんじが声を出して笑った。
その笑い声は風に運ばれ、竹の擦れる囁きと一緒に高く空に飛んで行った。

しばらくけんじの真似をしていたよっちゃんが急に動きを止めて言った。

『・・ぼ、僕は、けんじくんと、み、みんなといっしょにも、と、友だちになりたいで、でフェス』

風と共に大きく小さく右に左にしなる竹林の中でその身体を一切動かさずによっちゃんが言った。

「何言ってんだよ!よっちゃん!!俺たちはもうとっくに友だちだろ?!」
けんじが大きい声をだしてよっちゃんに近づく。

『あ、あ、あ、ち、違うフェスそういう意味じゃなくて、あのふぇ、フェス!』

けんじがよっちゃんに歩み寄ったその時だった。突然、ドスのきいた怒鳴り声が二人を襲った。

「こらぁ!!お前らか!俺の竹の子取った泥棒は!!お前らだろう!?この泥棒めが!!」

所々錆びついている大きなナタを右手ににぎりしめた、クマのような男が竹林の間から二人を睨んでいた。

『ち、違うでフェス!』
「い、行くぞよっちゃん!また出たよ。あいつこの裏山で有名なトシオだよ!捕まったらすげえ殴られるぞ!早く、逃げよう!」
けんじがよっちゃんの手を取って、強く引っ張った。

「待て!竹の子を返せ!!俺の竹の子だぞ!」

クマのようなその男は、生い茂る森のようなヒゲのせいで口がどこについているのか見えず、ただ大きな怒鳴り声だけが聞こえ、踏んだら小学生なんて潰されてしまいそうな大きなブーツをどすどすしながら追いかけてきた。

けんじは必死に走った。小さな左手に、繋いだよっちゃんの手の感触を感じながら。

よっちゃんも走った。本当はもっと早く走れるけど、そんなことをしてこの繋いだ手が離れないようにゆっくりと。
けんじの手はやわらかく、とても温かだった。

横に飛び出た竹の葉が、ぴんぴんと二人の顔を、身体を撫でる。

わああぁぁぁぁぁぁぁーーーー

二人は一度も振り返らず、竹林を抜け、やっと見晴らしのいい場所に飛び出た。

初めて後ろを振り返る。

そこにはもうクマのようなあの男の姿はなかった。

「はぁはぁ・・・やっと、いなくなったね。あいついつもああやってさ、はぁはぁ俺達に言いがかりつけて追いかけて来るんだよ。はぁはぁ最初からあいつの竹の子なんてないのにさ。はぁはぁ。」

けんじの小さな心臓は、はちきれんばかりの勢いで今、体中に血液を送り出しているに違いない。

よっちゃんはそんなけんじを見ながら言った。

『ぼ、僕も疲れたい、でフェス・・』

「え・・?」
中腰になり、肩で息をしながら顔を真っ赤にしたけんじがよっちゃんを見た。

『い、一緒にこうやって、走ったら、僕も、い、一緒に疲れて、はぁはぁいいたいフェス・・』

あれだけ走っても、何事もなかったようにそこに立っているよっちゃん。

「よっちゃん・・」
けんじはとめどなく流れる汗を腕で拭っている。

『さ、さっきのは、そ、そういう意味フェス・・僕も・・みんなと一緒が・・いいフェス・・
そしたらきっと友だ・・』

「よっちゃん!そんなの関係ないよ。そんなことじゃなくて、気持ちだと思う。俺は、よっちゃんが好きだよ」
けんじの顔がさっきよりも赤く染まった。


『う、嬉しいでフェス・・でも、僕もけんじくんと同じ・・人間になりたいでフェス・・いつか、ぼ、僕も人間になれるですかねフェス?』

手を激しく動かしながらよっちゃんが言う。
少し強い風が吹いて、二人の間を木の葉が低く舞った。

「それは、わかんないけど・・でも、もしよっちゃんが人間になれなかったら俺がロボット人間になってあげるよ。そしたら、よっちゃんと、俺は、一緒だね」

けんじは太ももをぺちぺちしながら笑って下を向いた。

『あ、ありがとう・・けんじ君・・な、何だこれ・・目から・・』

「ロボットなのに涙流すの?!」

『オ、オイルフェス。』


顔を上げたけんじの目に橙色の温かい光が注ぎ込む。
けんじはふと目をやった。
「見てみなよ。よっちゃん、夕日すごい綺麗だよ。海にも映ってさ、まるで太陽が二つあるみたいだ。」

いつかどこかで見たことのある絵みたいだなとけんじは思った。

『ま、まるで僕らみ、みたいですフェス。』

「ロボットジョークはわからないよ。」

『フェスフェスフェス』

よっちゃんは目からオイルを流しながらお腹を抱えて笑った。


「明日もし、誰かがよっちゃんにジュースを買いに行かせようとしたら俺が怒ってやるから」

『あ、ありがとう、け、けんじくん』

「よっちゃん『フェス』は?!」

『ふぇふぇす!!』

「なんだよ~今までわざとだったのかよ~」
けんじは笑いながらよっちゃんのおしりを軽く叩いた。

『ち、違いフェス!』

慌てたよっちゃんは手と足を変な風に動かし始めた。

何をやっているのかわからなかったのでけんじが聞いた。

「よっちゃん、何?その動き」

『ロ、ロボットダンスでフェス!』

「あっははははははははははははは」

けんじの笑い声は、校庭で遊んでいる小学生がいたら、山が笑ってると思わせるくらい、大きく大きく木霊した。

「ごめんごめん、やっぱりよっちゃんのロボットジョークは最高だね」

『フェフェ、フェス!』

裏山にさすオレンジ色の優しい夕日が、今日はいつもよりゆっくりと落ちますねというように、いつまでも二人を見守るように優しく包み込んでいた。

濃い海の上に広がる空や

       制服や  幼い私達の一生懸命な不器用さや


あの頃のそれ等が 

もし色を持っていたとしたら


それはとても深い青色だったと思う。

                          (魚喃 キリコ 『blue』より)



テーブルの上にいるピザはもう冷たくなっていて 食べかけのまま残されたドリアからは哀愁が漂っていた。

タバコを押しつぶすスペースも無いほど吸殻で盛り上がった灰皿は 一つのアートだ。

そして俺の その力作は シルバーのピアスが似合う店員が 何も言わずに持って行ってしまった。


せっかく題名もつけたのに。

『ヘタレな自分』


なんともうまい。

俺の勇気は  さっきからタバコの煙となってここら辺の空気と混ざり合って消えていた。



「話って  ・・何?」


グラスの中のアイスコーヒーの氷が溶けきったら話そうと思っていたのに。
美優は皿の中のサニーレタスにフォークをうまく刺せずに苦戦している。


「昔さ 学校が終わってから 大明神橋の下でよく溜まってたよね」



「そうだったね」


美優は  やっとフォークに刺さったサニーレタスを口に 運んだ。

オレンジ色した酸っぱいドレッシングが 美優の唇を 尖らせた。

俺は残り二本になったタバコの一本に 火を つける。



「話がないなら帰るけど」


美優はコーヒーに手を伸ばしながらそう言って 

グロスの光る小さな唇でストローを 咥えた。

俺は ため息と共に白い煙を上に 吐きだした。


「俺ね 美優が好きだったんだ ずっと  それから今もずっと」


俺は震える指先を隠すように タバコを 口に 咥え 両手を 組む。


美優の白い肌がタバコの煙と 同調する。  

そして この煙のように目の前から溶ける様に 姿を消してしまいそうだ。


美優は真剣な顔で 俺を見据えている。

俺の皮膚が痛くなるほど 真っ直ぐな 瞳で。



「ごめん 付き合えない」


そう言われると 思っていた。



「あの頃からずっと 美優が好きだったよ  急にこんな事言ってごめん」


何十年も前から言いたくて でもずっと言えなかった言葉を 俺は 吐き出した。

ずっと ずっと 大好きだった美優。


俺の満たされなかった欲求は 大人になるに従い止めどなく屈折していき 自分で自分を汚す事で その 代わりにした。


どうでもいい女を何人も抱き 忘れようとした。汚れた自分は美優に不似合いだと何度も自分を落とし込み 

そのくせ美優がいつか自分を愛してくれるかもしれないという望みを捨てきれず もがき 苦しんだ。

汚れ 落ちていく自分は 誰か別の他人のような気がして どこまでも 深く 深く 沈んでいけた。



コップの 水に 垂らした シロップが ゆらゆらと 澱んでいる


それは どこまでも曖昧で大嫌いだった あの頃の自分の ようだ。

ストローで掻き混ぜる。そこに昔の自分は もう いない。

口に入れる。

口の中に 甘みが広がり 舌の奥が 鈍く 痺れた。



「俺 今度手術するんだ」


ドリンクバーに来たグレーのスーツを着たオヤジがこっちを 見ていた。

オヤジの 手元のコップからは コーラが茶色い泡となり 溢れている。



「ねぇお願いがあるんだ 嘘でいいからさ、」


言い出した俺の話を遮る様に、ふいに美優はバッグを手に取って立ち上がった。

俺の視線は そのまま動かない。 口元は だらしなく歪んだ まま。


ドリンクバーにいたオヤジが咳をしながら視界の端を横切って 行った。


美優が 俺の横を 通り抜けて いく。

俺の視線は美優を 追わない。美優が座っていた 美優の顔があった所を見つめた ままだ。

俺の横で美優が小さな声で、私は男しか愛せないから、と言って 優しい木洩れ日のような 俺が大好きだった 髪の匂いだけを残して 去って いった。

私は コップに付いた水滴を 下から指でなぞり 悪戯にテーブルを 濡らす。

それと同じように 私の目からも 涙が零れ落ちる。


嘘でよかったのに


本当の気持ちじゃなくて良いから


「どっちでも変わらないよ 三津代は三津代でしょ」



って 言って 欲しかった。

それだけで 私は これから先 強く生きていける 気がしてた。

私と同じ 最後一人ぼっちになったタバコは 私の手の中で潰された。

箱を覆うビニルの くちゃ という音が耳元で可愛く 鳴った。

コップの周りを覆う水滴と同じ価値しかない涙を  拭う。


どこかから 大きな笑い声が 聞こえてきた。

その方向に顔を向ける。

正面の席に座っている  かわいい顔をした男の子が  私を見ていた。
  二曲目【restaurant room】



1990年代の初めに、新たな精神疾患―作られた記憶症候群―が報告されはじめた。
心理療法やカウンセリングを受けた人が、実際にはなかった幼児虐待を「思い出す」ようになるというのである。
この疾患は、医原性の症状―つまり、有害な医療行為や治療行為によって生み出される症状だと見なされはじめた。
現在、私たちの間に行きわたっている知識によれば、記憶とは数多の歪曲を受けやすいものである。
               (フィル・モロン著 『フロイトと作られた記憶』より)



ここはとある普通のファミリーレストランだ。メニューが高すぎるでもなく、ウエイトレスが可愛い制服を着ているでもなく、特別料理がうまいわけでもない、リーズナブルで長居のしやすい普通のレストラン。

正面に座っている僕の恋人、『青西 二葉』がなにやら僕に話しかけているのだが、その話はまったく頭に入ってこない。申し訳ないなと思いつつも、じゃあ話を聞きますと心を入れ換えるか、といわれれば、答えはノーだ。

なぜなら今の僕は、他の事で全身の神経を脳に集中させなければいけない事態に直面しているからだ。

僕たちが座っている席のすぐ後ろのテーブル席、二葉の肩越しに見えるこちら向きに座っている女性がいる。

原因はその人だ。その女性のせいで僕は、記憶を司る海馬が本当にキリキリと痛んでいるように感じるほど頭を悩ませているのだった。
まぁ、海馬が頭のどこら辺にあるのかはわからないが。

二葉の肩越しに見えるあの女性・・

どこかで見た事がある。
なのに、それがいつどこで、なぜ彼女を知っているのかは、全くわからない。思い出せない。

もっと言えば、知り合いなのか、僕が一方的に彼女を知っているだけなのか、それすらもわからないのだ。

それなのに、僕はなぜか彼女の全てを知っているような気さえしていた。

コップの中の氷をストローでかき回しながら話しをしている二葉をチラチラと見ながら、僕はその奥に座る女性を何度もチラ見している。
二葉に気がつかれたら何を言われるかわからない。
僕はスケッチをするように一定時間見ては、その残像を頭に焼き付け、絵を描く代わりに二葉に視線を移してその残像をもとに記憶の奥底まで潜っていく。

何かの本で読んだ事があるのだが、記憶と言うのはとても曖昧なもので、それは昔見た映像をそのまま再生するというよりも、再構成する、というものらしい。

僕は記憶の断片をパズルのピースに見立てて拾い集め埋めていく、といったイメージを頭に思い描いた。

まずは、その顔だ。

唇が厚く、真っ赤な口紅がとても似合いそうだと思った。しかし今の彼女は口紅をしていない。全体的に、化粧気を感じない。
眉は太く、凛々しい。10年前に流行った感じの眉毛だ。しかし、その存在感のある眉こそが、僕の頭の中の、彼女を知っているはずだという記憶をツンツンと刺激しているのだった。
髪型は男の僕と同じくらいのショートカットで、でも僕は何となく髪は長い方が似合うのにな、と思った。

二葉が僕の方を見て、ねぇ、どう思う?と聞いてきた。
確か、さっき二葉は職場の上司の悪口を言っていた気がする。
僕は、いや、それは本当にひどいやつだよね。というと二葉は、でしょう?こっちが大人だから我慢してあげてるっていうのにさぁ~。と言いながらまたコップの中に視線を落とした。
どうやら会話は当っていたようだ。僕はほっとして、再び記憶の海底へと潜り出す。


知り合いなのか?と言われれば、多分彼女は僕の事を知らないような気がする。
昔のバイト先にも彼女と同じ歳の頃の先輩がいたが、もし一緒に働いていたならば、もう少しリアルに感じられるはずだ。
名前は覚えてなくとも、顔と職場は一致するだろう。
つまり、昔のバイトの人ではない。

今確かな事は、僕と彼女との繋がりは最近の事ではない、ということだ。
お正月にしか家に来ない親戚のお姉さん・・?いや、それにしては綺麗過ぎる。綺麗というか、華があるというか、親戚のお姉さんに、あれほど人の気を引きそうな人がいたら覚えているはずだと思う。
つまり、もう少し遠い関係だろう。

友達のお姉さんはどうだろうか。昔遊びに行った事のある友達の家で会ったのでは・・
僕はまぶたの裏側に力を入れる。

・・違う。友達にあれほど綺麗なお姉さんがいたのなら、僕の性格上、その友達ともっと仲良くなっているはずだ。
僕に、そう思い当たる友だちはいない。



記憶という大海の中で僕は上下もわからず蠢いている。そこでもがいている僕は息が出来なくて苦しくなってきた。諦めて一旦戻る事にした。不思議なもので、あれほど深い記憶の底を手当たり次第引っ掻き回していた時には何も見つからなかったのに、諦めて記憶の海底から浮上してくる過程の中で、僕は小さな記憶のピースを拾ってきたようだった。

思いがけない収穫を得た僕は、二葉を見ながら、うんうんと頷き、頭の中ではそのピースにこびリついた余分な記憶の泥を丁寧に払いながら、そのピースの形を色をより鮮明にしていった。

はっきりと姿をあらわしたその小さな記憶のピースには、彼女とは話をしたことがない。と書かれていた。
確かにそうだと思う。時々彼女と一緒に来ている、僕からは背中しか見えない連れの女の人と話をしている声が聞こえるが、あの声とは会話をしたことがないと感じる。そもそも、自分の記憶が、記憶がない、と言っているのだからそれはもう信用するしかない。

つまり、彼女とは知り合いではない。

一方的に僕が知っているというだけのようだ。
ではどこで?
一方的に僕が知っているという事は、例えばテレビだろうか?

確かに彼女は綺麗だとは思う。でも、タレントになれるか、と言われればそれほどのずば抜けた容姿でもないと思う。
昔に少しだけ出ていた女優、歌手、レポーター、エキストラ・・様々な形態を思い浮かべるが、どれもしっくりと合致しない。

女優や歌手ならもう少し周りが騒いでもいいと思うし、エキストラでは、これほど僕が気になる程覚えているはずもない。

広告?ポスター?・・
いやいや、話した事は絶対にないと言い切れるがしかし、僕は彼女の声を、話している雰囲気を、どこかで見たことがある事は確信していた。

つまり、静止画ではない。確実に動いている彼女を見たことがあるはずだ。
僕は彼女を何度も何度も見ていたら、好きになったわけでもないのにドキドキしだして、少し興奮してきてしまった。
二葉にばれないように他の女性の事を考えていた、やましさからだろうか。

その時、そんな僕を本気で驚かせるタイミングで二葉がこっちを見て、真剣な顔で話かけてきた。

「ねぇ!ちゃんときいてるの?!さっきからうわの空じゃない?!ねぇ?本当に秀君私のこと好きなの?私の話聞いてるの?!」

僕はしまったと思った。二葉は一回機嫌を損ねるとずいぶん長い事機嫌が直らない。
急に、私帰る!と言いだしてしまったらそれを引き止めるために僕も店を出なければならない。
でもそうなったらこの謎は永遠に迷宮入りになってしまう。
なんとしてもここは引き止めなくては!二葉は更に興奮して続ける。

「最近私の事本当に好きなのかよくわからないよ。ちゃんと言葉で言ってくれなきゃわかんないもんなんだよ?」
僕はありったけの誠意を顔の表面にぺたりと貼り付け、二葉の目を見ながら言った。

「ごめん、最近ちょっと疲れててさ、でも二葉のことは好きに決まってるだろ。」
「本当に?」
二葉が上目使いで僕を見る。さっきの事も、話を聞いていないことで怒っていたというより、不安に思っていた不安から、怒りとなって表に出てしまったようだ。
ここでその不安を取り除いてあげるように畳み掛ければ、きっと二葉の機嫌は直るだろう。そう思った僕は二葉の手を握りしめて続けた。




「俺は二葉が好きだよ。もし仮に二葉が男だろうと、僕の愛は変わらないよ。たまたま好きになった二葉が女の子だったっていうだけで、二葉がどうなろうと、僕は二葉のことがずっと大好きだから」



少し言い過ぎたかなとも思ったが、二葉は下を向いて照れ出した。コップの中の氷をさっきの何倍ものスピードでかき回し始めた。
可愛いやつだと思った。「そっか、そっか、でもそしたら秀君ゲイになっちゃうね」と言いながらも二葉は嬉しそうだ。
二葉は女性としてよりも、人間として認めてもらえることをとても誇りに思うタイプで、さっきの僕の言葉はそのどちらも褒めた事で二葉の機嫌は一気によくなったようだ。女性は言葉を欲しがると言うが、僕は本当にその通りだなと思った。



「秀君が私の事見てくれなかったら、私死んじゃうからね~しんでやるからぁ~」



唇をアヒルのように尖らせて可愛く言う二葉。完全に機嫌は直ったようだ。
僕は安心して、元の作業に戻る。

ちょうどその時、向こうの彼女の連れの女性が急に席を立った。
聞こえはしなかったが、何か一言彼女に告げるとその女性はレジへと向かって歩いていった。

残された彼女は、しばらくぼんやりとしていたかと思うとふいに、一重まぶたの切れ長の目から涙を流し、手で口を覆いながら静かに泣き出した。
それはとても自然で綺麗な仕草で、僕は彼女から目が離せないでいた。

何があったのだろうか、とても気になったがしかしそんな事は僕には関係ない。それよりも思い出さなくては。

このまま帰ってしまったら、僕は気になって眠れない夜を過ごすことになる。

それにしても気持ちが悪い。思い出したいのに思い出せないと言うのはこんなにも気持ちが悪いものだったか。

かゆい所に手が届かない感覚、と言うよりは、かゆいのにそれがどこだかわからない、という感覚に似ている気がする。

僕は彼女の顔を、動きを、凝視する。

ふと頭の中に何かが横切った。
それはまさかの彼女の裸のようなものだった。

裸体?

まさか・・あぁ、もしかして!
僕は昔合コンで記憶をなくす程べろべろに酔っ払った事があって朝目が覚めたら隣に知らない女が裸で寝ていたことがあった。
まさか、あのときの彼女だろうか?!
あの合コンの時は人数が多かったから話をしていなくても頷ける。仮に話をしていたとしても、酔っ払った後なら、記憶が無くてもしょうがない。
確かに、彼女の裸を見たことがあるような気がする

・・しかし、本当にあの時の彼女だろうか・・
僕は自分を落ち着けるように、コップの水を一気に飲み干した。
コップの周りについた水滴がするりと落ち、僕のズボンを濡らした。

僕が改めて思うに、彼女との思い出はもっと昔の事のような気がするのだ。
その合コンは大学生になりたての頃だから、いってもそれほど古くない。
もっと昔の・・そう、中学生の頃の・・彼女は、当時僕が中学生だった頃に流行っていたボディコンがとても似合いそうだ。
あの頃の化粧がとても似合いそうな気がする。

凄く近いところまで来ている気がするのに・・もう一手が届かない。
あぁ・・もっともっと深い所まで潜らなければ。

頭の奥がかゆくてしびれ出した。

その時僕の頭になぜか、兄の姿が浮かんだ。
ここでなぜ兄が思い出されるのだろう?

僕はとても不思議に思えたが、なぜかこの記憶の引き出しは合っている気がした。このまま糸が切れないようにゆっくり丁寧に潜っていけば答えにたどり着けそうな気がしていた。

兄の・・彼女か・・?
そのHのシーンを見てしまったから?
違う。そんな事は一回もない。

もっとゆっくり、慎重にだ。捏造してはならない。ゆっくりと糸をたぐりよせて・・

頭に、兄の・・部屋が浮かんだ。

部屋?・・部屋・・ 部屋・・

もっと近づいて行く。今はもうない兄の勉強机が見える。
彼女をじっと見ているとそこにたどり着いた。もう少しだ。自分を疑うな。

僕は泣いている彼女を凝視する。

机の右下にある・・引き出し・・ 引き出し・・?

あぁっ!!

僕は全てを思い出した。

「松下一美だ・・」

「え?」

二葉が、だれそれ?と声をあげる。
ごめんなんでもない、と言って僕は急に笑い出した。

そうだった。
彼女はAV女優だ。僕の兄が引き出しに隠していたビデオに彼女は写っていたのだ。
それを、中学生の頃、僕はこっそり見ていたのだ。

なるほど、そうだったのか。あふれ出す笑いが止まらない。
ねぇどうしたの~?と聞いてくる二葉をなだめながら、ひとしきり笑った僕は最後にもう一度だけ彼女の方を見た。


松下一美は、涙でその綺麗な瞳を少し赤く染め、その視線は真っ直ぐ僕の瞳を捕らえていた。

                皆様、ようこそSyokora’s room へ



            ここは~the entrance room~ 入り口の部屋



            私はSyokora’s roomの案内人、レイ子です



            Syokora’s roomには小さい部屋が5つあります



    皆様には、明日から1日1つずつ、全部でその5つの部屋をご覧いただきます



    その部屋からは色や形の違う様々な人生が垣間見えるかもしれません

   

               そこから何が見えるかは、アナタ次第


                 そしてそれもアナタの気分次第



             どうか、最後までお付き合いくださいませ



  
          え? レイ子って始めて聞くけど、おまえは誰かって?

        フフフ、それは最後の部屋まで行けば、きっとわかるわよ


 

           では皆様、また、明日お会いしましょう