父とのことはわたしの原点です。
父との過去があったおかげで今があるんだと
やっと言えるようになりました。
私の父はお酒を飲んではいつも家でゴロゴロ。
夜は遊び歩いてるし、
どこかに勤めても長くつづいたことがありませんでした。
そんな父の代わりに働くのは母でした。
学校へ行っている昼間はいいのですが、
毎晩の弟とのお留守番の日が続きました。
夕方、車で出ていく母を見送り
朝まで弟とふたり。
でも。
一番つらかったのは、そんな私たちを置いて仕事に行く母だったんだと
今、自分が親になって思います。
私は幸い遅くまで仕事をしても母が子供をみててくれますが、
当時の母は遠方にお嫁に来た身。
つらかったんだろうなぁと思います。
いつの間にか、父から母を守らなくてはと子供心に思うようになりました。
どうすればお金を稼げるのか・・・
真剣に考えました。
何もできないのがつらくて、おばあちゃんや先生に手紙を書きました。
一年に一度のペースでなぜか、大きな家出をする母にくっついて
会津に帰れることが楽しみでした。
母が荷物をまとめだすと、父から離れられると思いました。
見つからないように早く行きたい。
心がドキドキして祈るような気持ちで会津に帰りました。
もう戻りたくない。
そう思いましたが、
「もう少ししんぼうしっせ。。。」という祖母の言葉で
母は父のもとへ私たちをつれて戻るという繰り返しでした。
お酒を飲んで暴れる父から母をかばう唯一の方法は、
大声で叫ぶことと、大声で泣くことでした。
そんな私を見るときだけ、父は暴れるのをゆるめたからです。
ちょうどそんなとき。
小学校の3~4年生ぐらいからだったと思います。
感受性が強くなったのは。
人の思っていることや、機嫌が何となく雰囲気で伝わるようになりました。
何かが見えるという霊感のようなものは全くなかったのですが、
誰かに守られているような感覚はいつもあったように思います。
火事場のクソ力というか、家庭内がもめればもめるほど何かわからないパワーのようなものが
おへその下あたりから沸き上がり、なぜか強く居られました。
とても不思議で、強く居なきゃいけない感覚がありました。
私のところへリーディングにいらっしゃる方は、若い方はもちろん、
私よりはるか年上の母の年代、それ以上の方も多くいらっしゃいます。
30代半ばの私でお役に立てるのだろうか・・・
そう思ったこともありました。
カードが全て答えを導きだしてくれるので、私はそれを読み解くだけですが、
何を聞いても動じない自分ができたのは子供のころからのそういった経験も
あると思います。
何を聞いても最後には絶対大丈夫と言って差し上げられる・・・
そういうリーディングができる自分をつくってくれたのは過去の経験があるからだと思います。
自分で生きてく強さみたいなものを身につけられたのも、
昼・夜と休まず働く母を身近で見ていたから。
今は本当に感謝しています。
もう亡くなりましたが、父にも感謝しています。
小2のころ。
私に「どんな家がほしい?」と聞く父に、
「白い大きな家がほしい」と答えた私。
ほんとに、ほんとに白い家を建ててくれました。
私が白い家がいいと言ったから。
何年か後には売ることになってしまいましたが、
庭にはひょうたん池。
大きな鯉が泳ぎ、カメがいました。
小高い丘をつくり、そこには大きなポールのこいのぼりをたててくれました。
念願の犬を二匹飼いました。
メスの犬で、外で飼っていたらそれぞれ五日ちがいで5匹づつ子犬を産みました。
12匹になった犬をどこにもあげてほしくないと泣く私たちのために全部飼ってくれた
父でした。
無鉄砲なところもありましたが、今考えると不器用ですが愛情だったんだと
やっとわかりました。
そして、今。
シングルマザーとしての自分の生き方や子供とのかかわり方、女性としての自分などもまさに
模索中なのですが、日々感じることやどんな経験も糧として自分自身を
研ぎ澄ませていきたいと思います。
ご縁があって、わたしの目の前に座られる方が心を少しでも軽やかに帰ることができるよう、
自分らしく歩んでいくことができるよう・・・
これからもセラピストとして成長していきます。
このような仕事ができること。
ほんとに幸せだなと思う今日この頃です。
長文読んでいただいてありがとうございました。
次回はアクセサリー作家編です![]()
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