400kcal
福島原発で決死の作業をしている方々の食事が…
一日に400kcalだそうです…
一食じゃなくて?
と思わず聞き返してしまった…
1800~2000kcalは必要なはずが、400kcalとは・・・
寝袋もなく、毛布だけで雑魚寝だそうで…
これでは健康被害をおこしますね´`
最低限の食事を摂らなければ、脳にぶどう糖が行き渡らなくて、体力も思考能力も低下。
被曝するのを恐れて、支援物資を届けられないのでしょうか…
それなのに私たちは停電、節電といえど、たいした不自由もなく生活させてもらっている…
無力さを感じながら
『敬意と感謝』
それ以外言葉が見つかりません。
衣食住の中でも、1番欠かせないのは食だとわたしは思ってます。どうか早く、充分な栄養を摂れる食事が届きますように。
前向きに
わたしが出来るコト。
節電と募金と、怪我をしないで健康でいるコト。
23区は停電無し(一部あり)と言われていたけど、誤報なのかなんなのか。
停電を、やっぱりやると言い出したり、やっぱりやらないってなったりそれの繰り返し。
その度に仕事のタイムテーブルを変更し、みんな必死に食事を作ってくれてます。
いろんなお店があちこちで節電を心掛けているなか、パチンコ店が節電しながらとはいえ、営業しているのを目にすると、彼らも仕方ないのかもわからないけど、ちょっと腹立たしい・・・パチンコなんて今いらなくね?と。
で、慌ただしい毎日。
パートさんが昨日、出勤中、足を踏み外し階段から落ちてしまった。
鼻血が出て止まらないのに、仕事するの一点張りのパートさんを説得し、直ぐさま外来に診察依頼。
幸い、脳や身体に異常はなかったみたいですが、大事をとって早退させました。
打撲はあとからきますしね・・
実はわたしも先月、階段5、6段上から超派手に転げ落ちました(苦笑)筋肉痛が酷かった。
ぎりぎりの人数でやっているから尚更仕事を休みづらい。だからこそ健康に気を使わなくては。
出来るコトなら炊き出しにでも行ってあげたい。
そんなコトを思いながら明日もがんばるぞ。
まずは自分の職場に入院されてる患者様を元気に!!
そして必ずみんなが笑顔になれますように!
日常生活の有り難さ
゜
11日の14時40分頃、今までに体験したことのない強い揺れを感じました。
その時は職場にいて、患者様の夕飯の調理をしていました。
初め自分では揺れに気がつかなかったのですが、事務所にいた栄養士が呼び掛けてくれて、慌ててガスを締め、地下にある厨房から皆で逃げました。
表に出て目にしたのは、高層マンションがゆらゆら揺れていた所。
恐怖で足が震えました。
普段ある地震なら長くても30秒くらいだと思う中、今回はきっと3分近く?以上?はあったはず…
直ぐさま家に電話をし、母親の安否を知りたかった。
初めは繋がりにくかったけど、やっと繋がった時は長いコールだけで結局母親は出ませんでした。
たいていは家にいるために、余計に心配になりましたが、そのあとから一切電話が繋がらなくなってしまって。
その30分後くらいに、また強い揺れが来た為、厨房から避難。
電車も止まってしまい、帰るに帰れず、近場に住んでる小学生の子供がいるパートさんを早めに帰しました。
夕方、やっと家と電話が繋がり、母親と安否の確認をしあい、わたしは職場に泊まりました。家に一人でいる母親が気掛かりでしたが、なにしろ電車が無理で。
次の日も電車が動かず、来れない従業員もいて緊張が走る状態でした。
厚焼き卵を焼いていたのですが、普段通りにやっているつもりが、ちょっと失敗したりしてそんなことが更に自分を焦らせ、ちょっとだけバタバタしていました。
小学生の子供がいるパートさんも、土曜日だし家に置いてくるのは不安過ぎるからと、職場に連れてきたりして。休憩室で長い一日頑張ったね~^^
緊張が走りつつも、子供の笑顔があるというのはホントに有り難かったです。
仕事も一段落し、1番に家に電話をし、安否を報告。ようやく家に着いたのが19時半。約40時間ぶりの帰宅でした。
姉は御茶ノ水にある職場から、歩いて帰ってきたらしく、10時間も掛かったとか…
泊まってくればよかったのにと言ったら、仮眠室が7階だったらしく、とんでもないと思ったらしい;;;
なにはともあれ
命があることに感謝です。
当たり前の日常がどんなに有り難いコトか痛感いたしました。
被災地に住む方々が一人でも多く助かりますよう、お祈り申し上げます。
゜
11日の14時40分頃、今までに体験したことのない強い揺れを感じました。
その時は職場にいて、患者様の夕飯の調理をしていました。
初め自分では揺れに気がつかなかったのですが、事務所にいた栄養士が呼び掛けてくれて、慌ててガスを締め、地下にある厨房から皆で逃げました。
表に出て目にしたのは、高層マンションがゆらゆら揺れていた所。
恐怖で足が震えました。
普段ある地震なら長くても30秒くらいだと思う中、今回はきっと3分近く?以上?はあったはず…
直ぐさま家に電話をし、母親の安否を知りたかった。
初めは繋がりにくかったけど、やっと繋がった時は長いコールだけで結局母親は出ませんでした。
たいていは家にいるために、余計に心配になりましたが、そのあとから一切電話が繋がらなくなってしまって。
その30分後くらいに、また強い揺れが来た為、厨房から避難。
電車も止まってしまい、帰るに帰れず、近場に住んでる小学生の子供がいるパートさんを早めに帰しました。
夕方、やっと家と電話が繋がり、母親と安否の確認をしあい、わたしは職場に泊まりました。家に一人でいる母親が気掛かりでしたが、なにしろ電車が無理で。
次の日も電車が動かず、来れない従業員もいて緊張が走る状態でした。
厚焼き卵を焼いていたのですが、普段通りにやっているつもりが、ちょっと失敗したりしてそんなことが更に自分を焦らせ、ちょっとだけバタバタしていました。
小学生の子供がいるパートさんも、土曜日だし家に置いてくるのは不安過ぎるからと、職場に連れてきたりして。休憩室で長い一日頑張ったね~^^
緊張が走りつつも、子供の笑顔があるというのはホントに有り難かったです。
仕事も一段落し、1番に家に電話をし、安否を報告。ようやく家に着いたのが19時半。約40時間ぶりの帰宅でした。
姉は御茶ノ水にある職場から、歩いて帰ってきたらしく、10時間も掛かったとか…
泊まってくればよかったのにと言ったら、仮眠室が7階だったらしく、とんでもないと思ったらしい;;;
なにはともあれ
命があることに感謝です。
当たり前の日常がどんなに有り難いコトか痛感いたしました。
被災地に住む方々が一人でも多く助かりますよう、お祈り申し上げます。
゜