暗い日記書きます

死んだ方の爺ちゃんの四十九日がありました。

まぁ葬式の時よりは辛くなかったけど、やっぱ鬱になる

爺ちゃんが死んだってのを一番実感するのはちっちゃい子とその子の爺ちゃんが一緒に歩いてる時。

正直羨ましいと思ってしまい、もう爺ちゃんは居ないんだなって実感する。

婆ちゃんはやっぱりどこか元気ないし、みんな空元気だった。

父さんは泣くまいと必死だったんだろうけど、四十九日の儀式の後の食事会で声震えてたしそれが俺も辛かった。

やっぱり父は偉大。

いつか超えたいと思うけど、無理だと思う。

これからは婆ちゃんにもちょくちょく電話しよう
5月16日 爺ちゃん死んだ

死ぬ前日から昏睡状態だったけど、まだ死なんやろって意味分からん自信と学校の授業あるからって理由で5月20日にお見舞いする事にした

結果見舞う前に爺ちゃん死亡

大事なものの順番間違えた

ホントは死ぬ前日授業か爺ちゃんかでめっちゃ迷った

後悔先に立たず

この1週間どれだけ泣いたか分からん

こういうの書くと同情を引こうとしてるって思われるのは嫌だし、でも自分の記憶には残したかったからここに残しとく

俺の爺ちゃんは浄土真宗の信仰者で45年間お寺に通ってたらしい。そこの同門の人とか、葬式でお経を読んでくれた和尚さん達みんなが「君たちのお爺ちゃんは素晴らしい人だった」って言ってくれたのが嬉しかった

そんなの関係なくお爺ちゃんとしても大好きだった

俺はめっちゃ泣いてたけど、ただ悲しいだけで泣いてなかった。

自分でも説明できんけど、悲しい悔しい嬉しい懐かしい怖いとか言葉では表せない感情だった

自分でも驚いたけどマイナスの感情ばっかじゃなかった。

顔はとても安らかだったからかもしれないけど、「あぁお疲れ様」とか「よかったね」みたいな感情が自然と泣きながら自分の中に入ってくるのが分かった

これは爺ちゃんが死んで俺は喜んだってことなのかな??

今回の一件で俺は本当に大切なものは何なのかってよく考えないといけないって痛感した

それさえ分かってたら俺は爺ちゃんの死に目にも会えたはず

こんな後悔はもう2度としたくない

最後に爺ちゃんへ

多分そっちに太郎も居るはずだから、元気だったら散歩でもしてあげて下さい

大好きな酒も浴びるほど飲んでいいはずだからもう我慢しなくていいよ

じゃあお元気で

この日記をあまり多くの人が見ませんように
2週間ないんやし、死ぬ気で頑張ろ

死にたくないし