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バツイチ子持ちは、再婚がやっぱ難しいと思う
もう二度と嫌だって人もいるし、幸せな結婚をしたいって人もいるし、色々いると思う
私は幸せな結婚生活したいし、愛する旦那様を持ちたい
回りの人達みたく旦那の不満とかを、一緒に暮らして行く為に、言ってみたい
だけど、私の子供と新しい相手には、どうしても埋まらない溝がある
これを見えなくするのは私の仕事
自分も愛されたいし、子供も愛してもらわなければならないし、相手を愛していたい
これがどうにも難しい
子供の父親と別れてから、付き合った人はいる
子供好きだからデートに連れておいでと言ってくれたり、子供が好きな場所を選んでくれたり、頑張ってくれる人達だった
子供も気に入られようとしたのか、じゃれついたり、気を遣っていた
でも、最後には、やっぱ子供受け入れられない、と言って離れて行く
もう無理だと諦めても、恋愛しとかないと枯れちゃうからって不倫もした
子供が気に入ってる人と付き合っても、私が好きになれず終わってしまう
もう一人でやっていかなきゃって思っても、プレッシャーで私も子供もストレスが溜まって、精神がおかしくなる
うつ病が悪化し、先日、社会適応障害まで付いた
子供の人生を振り回しているので、私の人生を終わらせようとすると、実際助けてくれない廻りが、きれいごとで私を責める
幼少の頃から常に私の頭の中について離れない言葉
私が生きている事に何の意味があるのか
もう二度と嫌だって人もいるし、幸せな結婚をしたいって人もいるし、色々いると思う
私は幸せな結婚生活したいし、愛する旦那様を持ちたい
回りの人達みたく旦那の不満とかを、一緒に暮らして行く為に、言ってみたい
だけど、私の子供と新しい相手には、どうしても埋まらない溝がある
これを見えなくするのは私の仕事
自分も愛されたいし、子供も愛してもらわなければならないし、相手を愛していたい
これがどうにも難しい
子供の父親と別れてから、付き合った人はいる
子供好きだからデートに連れておいでと言ってくれたり、子供が好きな場所を選んでくれたり、頑張ってくれる人達だった
子供も気に入られようとしたのか、じゃれついたり、気を遣っていた
でも、最後には、やっぱ子供受け入れられない、と言って離れて行く
もう無理だと諦めても、恋愛しとかないと枯れちゃうからって不倫もした
子供が気に入ってる人と付き合っても、私が好きになれず終わってしまう
もう一人でやっていかなきゃって思っても、プレッシャーで私も子供もストレスが溜まって、精神がおかしくなる
うつ病が悪化し、先日、社会適応障害まで付いた
子供の人生を振り回しているので、私の人生を終わらせようとすると、実際助けてくれない廻りが、きれいごとで私を責める
幼少の頃から常に私の頭の中について離れない言葉
私が生きている事に何の意味があるのか
まだ、何があったか書けずにいますが、年末に、最悪施設を子供がでた
あれから、2週間に1回だけ児相が子供を送迎して、家に外泊する、と言う形で子供と過ごした
電話も出来ず、子供は辛抱するのみ
あんな親の子供は見れません、と職務放棄した施設の職員は、担当保育士のみが見送り、児相が荷物を全部持って、出て来た
児相が子供の様子を尋ねると、次の施設が決まって嬉しそうでした、と答えたらしい
たった2ヶ月、やっと学校に友達が出来はじめ、最悪施設での生活に慣れた子供が、嬉しそうな訳ない
その日、やっと児相が認めた
子供を無視した職員ばかりであった、と
私に暴言を吐き、そんな事言ってません、と白を切り通した馬鹿職員は、ただの一度も児相に会わなかったそうだ
今になって子供が口を開いた
ジュースも飲ませてくれない、おかわりもさせてくれなかった、と
また、私が怒るといけないと思い、黙っていたのだ
昔ながらの日本の子供の典型のような体つきだった子供は、すっかり痩せて、サイズが小さくなったはずのジーンズが、また履けるようになった
大人分の食事が出来ていた子供は、お子様ランチも食べ切れなくなった
私は、痩せてカッコイイよ、やっぱジュースはいかんねぇ、と笑いかけるしかなかった
年末年始は、好きなものを好きなだけ摂らせるしか方法がなかった
次の施設に着いた時、子供が大泣きした
声も出さず、話しもせず、ただひたすら私にしがみついて、ボロボロ大粒の涙を流していた
私はただ、申し訳ない思いで抱きしめるしか出来なかった
沢山の大人に振り回され、小さな身体で耐えている
私がしている事に何の意味があるのか
あれから、2週間に1回だけ児相が子供を送迎して、家に外泊する、と言う形で子供と過ごした
電話も出来ず、子供は辛抱するのみ
あんな親の子供は見れません、と職務放棄した施設の職員は、担当保育士のみが見送り、児相が荷物を全部持って、出て来た
児相が子供の様子を尋ねると、次の施設が決まって嬉しそうでした、と答えたらしい
たった2ヶ月、やっと学校に友達が出来はじめ、最悪施設での生活に慣れた子供が、嬉しそうな訳ない
その日、やっと児相が認めた
子供を無視した職員ばかりであった、と
私に暴言を吐き、そんな事言ってません、と白を切り通した馬鹿職員は、ただの一度も児相に会わなかったそうだ
今になって子供が口を開いた
ジュースも飲ませてくれない、おかわりもさせてくれなかった、と
また、私が怒るといけないと思い、黙っていたのだ
昔ながらの日本の子供の典型のような体つきだった子供は、すっかり痩せて、サイズが小さくなったはずのジーンズが、また履けるようになった
大人分の食事が出来ていた子供は、お子様ランチも食べ切れなくなった
私は、痩せてカッコイイよ、やっぱジュースはいかんねぇ、と笑いかけるしかなかった
年末年始は、好きなものを好きなだけ摂らせるしか方法がなかった
次の施設に着いた時、子供が大泣きした
声も出さず、話しもせず、ただひたすら私にしがみついて、ボロボロ大粒の涙を流していた
私はただ、申し訳ない思いで抱きしめるしか出来なかった
沢山の大人に振り回され、小さな身体で耐えている
私がしている事に何の意味があるのか