私が生活している近くの商店街にそこを通るたびに眼を向ける店があります。

木造建築の古い店構え。

開店中は商品である衣料品が眼一杯 道路のギリギリまで並べられています。

「雰囲気のある店だなぁ。こういう店はどこの地域でも見かけなくなったなぁ」

 

              (2018年6月google撮影 この時も店頭に立って営業していたようです)

 

 この店との付き合いは、かれこれ18年になります。

私の仕事が休みの日、この商店街を歩く時は必ずこの店の前を通っていました。

「おっ、開店しているな」「親父さんはいないな-今のうちに通過しよう」 

 

 この店はご主人と奥さんの2人でずっと営まれてきた店です。

推定年齢85歳くらいかなぁと思うのですが、詳しくは知りません。

親父さんは子供っぽい笑顔の方です。

お母さんは沈着冷静、どうでもいい世間話はしたことがありません。

 

 「この店での初めての買い物はなんだったろう?」

チェック柄のシャツであることは間違いありません。

あの頃は愛犬ファングもいて、休みの日はのんびりと近くの大きな公園に行き

ベンチに座り、途中で買ったパンなどを食べながら散歩をするというパターン

が多かったです。

 

 帰り道、この店の前を通った時に吊るされている洋服の柄が眼に留まりました。

派手でもなく、それでいて地味過ぎず、いわゆる無難な感じのチェック柄のシャツでした。

「あっ、いいな」と思い「サイズはどうだろう?」と見ていたら、いつの間にか私の

後ろにこの店の親父さんがいました。(忍者かよ!)

「サイズは何なの?」 「LLサイズです」 「LLかよ!」

大体においてLLサイズの服は専門店ではない限り普通の洋服屋さんでは商品を多くは

置きません。 

売れるのはMサイズかLサイズが多いからです。 

LLサイズは1~2枚の在庫がありましたが、あまり好きな柄ではありませんでした。

「どんなものがいいの?」

「こんな感じのシャツとか、こんな感じとか・・」

「わかった。 またのぞいてみてよ!」 

「ハイ、また来ます!」

 

 2週間ほどして、またこの店の前を通った時です。

「おっ、あんたの服 仕入れたよ!」 「えっ!?」 

「ほら、これこれ! いいだろ ほらこれもだよ LLだぞ!」

「なっ?これだったら いいだろ」 

確かに柄は私の好みに近いものでした。

付けられている値札をみると、1枚 3000円とか4000円とかちょっと割高な

感じがしました。

「高くて買えません」「そんな事ないだろ、稼いでいるんだろう?」

「でも、これはいいかも」「だろっ? 2500円でいいよ」

「えっ!?」 「不満か? しょうがねえな これとこれで5500円でいいよ」

「それじゃ、定価じゃないですか!」 「だなっ!ハハハ 買えッ!」

 

 面白い親父さんでした。

人懐っこくて、可愛げがあって、憎めない感じの方です。

親父さんは、なぜかよく店の前に立っていることが多く、つかまる度に話をして

割引価格なのかそうではないのかよくわからない値段でよく服を買っていました。

商品は決して安物ではありませんでした。

生地がしっかりとしているし、縫製もいい加減ではなく、年数をかさねるとさすがに

色があせてくるものもありましたが、破れることもなく何年も着ることができる服でした。

 

 ここの店の客層は主に地元のじいさん、ばあさんたちが支えているようでした。

肌着や靴下、シャツやセーター、カーディガン、ジャンバー、ベスト、ズボン、スカート

帽子と一通りのものは取り揃えられてありました。 

ずっと以前から、地元の方たちと共にこの店はあったのだと思います。

近所には大きめの食料品店はありますが、衣料を扱った規模の大きな店は存在して

いません。

そういう点でもこの店は幸運だったのだと思います。

 

 家の愛犬がいた頃はよく、この店の前を散歩の時に通っていました。

しかし、愛犬がいなくなってからは大きな公園にも行くことがなくなり

この商店街も通ることがほとんどなくなっていました。

 先日、郵便局に行く用事があってこの商店街を通りました。

久し振りに見る衣料店です。 

なんか、いつもと雰囲気が違っていました。

 

 

 プラプラとしたものがぶら下がっています。

その文字は「閉店セール」と書かれていました。

 

 毎日のように「閉店セール」をやる店もあります。

「あの親父さん、営業スタイルを変えたのかな?」

店頭に近づいて様子をうかがいます。

「いい柄ないかなぁ」ちょっと見ていたらすぐに後ろに、親父さんが来ていました。

「閉店セールってなんですか? 店を閉めるんですか?」

「うん、やめるよ。 60年やったよ 疲れた」

「いつまでやるんですか?」 「年内で終わりだ」

この親父さんには息子さんが3人いると聞いていました。

「誰も店を継がなかったんですね」 

「やるわけないだろ みんな働いて いいところで暮らしているよ」

 

「ここは、どうなるんですか?」 「人に貸す」

「団地があたったんだよ 5回目でやっとだよ」

「どこだっけなぁ、昨日見てきたんだよ部屋が3つあって、台所と

広場もあったぞ」

リビングのことだと思いますが、よほど広いのかもしれません。

「京王線のずっと奥だよ、どこだっけなぁ」

思い出せないくらい奥地のようでした。

 

 「LLサイズはないですね」 「うーん、ないと思うよ」

いい感じのポロシャツを見つけました。 サイズ表記は「L」でしたが

身体にあててみると大きさ的にはちょうど良いように思えました。

「それ半袖だよ 今 冬だよ」 

商品を買おうとしている客を静止する親父さんは初めてでした。

「ほら、大きさも着丈もいいかもしれませんよ」

「だろ! 横幅もいいね 大きめに作ってあるんだよ 余裕だよ」

いつもの調子が出てきたようです。 

結局、2268円 のポロシャツは親父さんの独断で1500円になりました。

財布の中を見たら1万円札しか入っていませんでした。

その1万円札を渡すと、「悪いね、おつりはチップだよね?」と満面の笑みで

話し始めました。

(こんな あくどい商いを何処で覚えてきたのでしょうか?)

「・・いいですよ お世話になったし・・(クソッ 来るんじゃなかった!)

「ハハッ 冗談だよ!」 (本気かと思った)

 

「スーパーで買い物をして両替してから、また来ましょうか?」

「大丈夫だよ 待ってろ」 親父さんが歩く姿を見てちょっとショックでした。

一応自立して歩いてはいますが、全然 足が上がってないし歩幅もありません。 

それだけ年をとっていたんだなぁと思いました。

「おーい 両替!」と奥さんを呼びました。 

このお母さんには今年 ジャージのすそ上げをお願いしました。

「ジャージのすそ上げ ありがとうございました」

「いいえ、どういたしまして」

 

 お母さんが値札を見て ブツブツ言っています。

「なんで2200円のものが1500円になるのかしら ったく!」

へたをすると、定価になりかねなかったので私は口を固くつぐみました。

ふと、横にいる親父さんをみると微動だにせずに直立不動で立っていました。

 

 

 このポロシャツがこの店での最後の買い物です。

しっかりとした生地で、いいシャツだと思います。

ボウリングの練習の時に着るつもりでいます。

 

 帰り際、「お世話になりました。 お元気で。」

と言ったら「おぉ、あんたもな」と言ってくれました。

 

 自転車を押したおばちゃんのお客さんがやって来ました。

親父さんは、素早く移動しておばちゃんのところへ行き

握手をしながら親しげに話し始めました。  

 

 

 私が長年 愛した店がひとつ 消えようとしています。

昭和、そして平成という時代を地元の方々と共に生きてきた洋品店です。

この商店街の近くで暮らす方たちの多くは、この店から衣類を購入していました。

私もその中のひとりでした。

 

 

 何もかも、そのままの形でいつまでも残るということはあり得ません。

古くなったものは朽ち果てていきます。

そうした場所があるからこそ、新しい生命が芽を出すことが出来るのです。

この繰り返しが生命の歴史だと思います。

 

 平成最後の冬 私はひとつの終焉を見届けました。 

 

 

 という文章でこの記事を終えるつもりでした。

しかし、先ほど仕事帰りに洋品店がどうなったのか確認してきました。

そうしたら・・こんなものが・・。

 

 えっ!?

 

 

 もう少し、続けるようです。

閉店セールの売り上げが不満だったのかもしれません。

 

 じっくりと文字を追うと妙な文章であることに気が付きました。

1月5日まで休んで、同日に休み返上で売り尽くしセールをやるのですね?

「行う」の前の「お」はいらないかもしれない。

いや、何か特別なことを企んでいるかもしれないです。

あの親父さんのことなのです。

 

 年明け、あの親父さんの笑顔がまた見られるかもしれません。

シャッターの閉じた店の前で私はしばらくニヤニヤしていました。 

 

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。  

 

 

 2018年が終わろうとしています。

とても楽しく充実した1年でした。

みなさまのおかげです。

本当にありがとうございました。

 

来年も健康に注意して、元気に過ごしていきましょう。