私が目に見えない存在に興味を持ったきっかけ
私は昔はとても頑なだった。
思ってる事は言わないし
知られたくない。
そして平気なふりを完璧にする
完璧にするのに
わかってくれない事へイラつき…
寂しいと思われたくない
可哀想と思われたくない
一心で
幸せ満タンなふりをして見せたり
作り話をしたり…
本当はお父さんお母さんとも会話する事もできなかったのに、そもそも一緒にいた記憶すらあやふや…
なのに、さぞかし幸せで…
みたいな振る舞い。
で、そんなものには限界が来る。
苦しくて苦しくて上手く笑えなくなって…
でも自分の中には
私は誰も頼らなくても立派にやってのける!
まともな大人だ!
という信念だけが育ち…
とうとういっぱいいっぱい。
その時
ひとりぼっちだとずっと思ってた私が
1人じゃなかったことを知った。
目に見えない存在がいた
というより
私は知らないだけで愛されてたんだ
と思った。
目に見えない人に
とか
こんな頭で考えるものではなく
なんでいうんだろう…
私は知らないだけで
私のことを見てくれていた存在がいる
私の気持ちを知ってくれている存在がいる
なんかよくわからないけど
愛されていた自分がいる
私は自分が大嫌いだった。
なのに目に見えない存在は
私を愛してる。
力が抜けた瞬間…
でもその後
そっちの人から見たら私はどう映ってたんだろう?
と疑問に思った。
私は自分が嫌いだから
好きになれない。
なのに、私を取り巻く目に見えない私の応援団?ファンクラブ?
は
私を愛して愛おしく思ってくれてる。
そっちの人には今の現状、私、がどうやって見えているんだろう?
私の頑なな考えとか取っ払ったら
今の私の現実はどう映ってるんだろう?
もしかしたら
違う解釈があるのではないか?
そもそも私は人間で相手の本音を知らないし
違った事実があるのかも?
こんなことに救われて
答えが出なくても
私から見た現実
私のこだわりを持ってない違うところから見た現実
この2つがあるのかも?
たまに見えないそばにいる人の思っていることに救われ興味を持った。
それから
人間として必死にもがき考え自分の負の感情を抱いた心を変えようともがき
それでも壁にぶち当たったら
私の何が違っていたのか?
私には絶対思い浮かばない捉え方がきっとある!
と思うようになり
今で言うアマちゃん(その頃からずっと私のそばでメッセージをくれてた存在に名前をつけた)にたくさん質問してた。
もちろんその頃は見えも聞こえもしないから
一方通行。
けど、向こうは聞いてるはず!
と思い…
こんなきっかけで
とても大事にしている
そばにいる存在たちの自分に向けたメッセージ。
その人たちから見えた事実。
ここを伝えたい。
ここからのメッセージをとても大事にしている。
それをスピリチュアルと言うのかは私にはわからない。
けど、私は
アマちゃんのメッセージを
アマちゃんの捉え方をとても大事に日々を生きている。
もちろん私の思いが一番大事。
トラブルがなければ
アマちゃんそっちのけ。
けど何かあると
私の頑な心
こーとしか思えない!
と言う囚われてしまう感情
から抜け出すために
アマちゃんからみた解釈や私へのアドバイスに耳を傾ける。
言いなりではない。
それを聞いて、人間の私の心がスッと納得するまでもがいてみる。
けど、いつもあっちからみた解釈
が私を救う。
あなたにもあなたの応援団がいます。
あなたのファンクラブがあります。
その人たちはあなたを大好きだからヒイキをするかと思いきや
ヒイキはしません😅
けど、絶対にあなたから離れません。
あなたを愛し続けています。
自力で立ち上がれるように、本当に本当にあらゆる手段で助け舟を出しています。
そして本当に手を差し伸べる必要がある時
あなたが自力で歩かなくても良いように
おんぶをしてくれます。
あなたは1人じゃない。
それを知ってほしい。