恨みつらみ
スピリチュアルとはなんでしょう?
小さい頃受けた親からの行為
大人になっても許せず恨んでいる人がいる。
もちろんその人が悪いわけではない。
そんなご相談の時
スピリチュアルなメッセージを受け取りお伝えすることがある。
でもご相談者は
苦労してきた
酷いことをされてきた自分にわかってもらえる
もしくは親を否定し自分を肯定する言葉がくると思ってる。
そうじゃない言葉が来た時
恨んでる自分が悪いのか?
と腹立つことをあるでしょう。
けど、そばにいる見守る存在は
良い悪いではなく
あなたを否定してるわけでもなく
ただ、怒りの中から出てきて欲しい
怒りに縛られてるあなたの気持ちを取り除いてあげたいだけ。
手放して欲しいだけ。
そんな目線からのメッセージ。
でもあまりにも私が受け取る情報は
思いやイメージが膨大すぎて言葉が足らないことがある。
体験には全て意味がある
そんなスピリチュアルな言葉を聞いたことがある。
けれど、それら聞くと
虐待や辛い思いも受ける必要が私にはあるのか?
と怒りを覚える人もいるだろう。
その意味は言葉通りではない。
私たちは何かを体験したくて人間をやりに来ている。
全ての出来事に良い悪いはない。
あなたが辛い立場を体験したことにも意味がある。
そこで味わった苦しみも悲しみも全て
見守る存在は見ています。
わかっています。
でも自分を否定しないで。
相手を恨むより相手を愛しなさい。
相手を否定するより相手を肯定しなさい。
愛されるより愛しなさい。
恨むより祈りなさい。
私はこの言葉が好き。
出来事と照らし合わせて相手を許せるか
ではなくて
ただただ、この気持ちを捧げる自分になるために葛藤しなさい。
自分の心のあり方を選択しなさい
そんなメッセージな気がする。
昔
嫌なことした人や出来事が苦しめているようで、自分の手放せない怒りが自分を苦しめていることに気づいた時
私は怒らない穏やかな心の持ち主になりたい
と初めて思ったのを思い出した。
もちろんそんな気持ちにさせた出来事やそいつが悪いんだけど、それを言ったら生きてる限りキリがない。
そんなことより
どんな人や出来事にあっても心が広く穏やかで素敵な仏様のような心の持ち主になりたい
と思った。
私の好きな言葉?目線はもう一つ。
不愉快な主人がいても、気にしてはなりません。彼にもっと奉仕しなさい。そして、あなたに借りがあるのは、彼ではなく、わたし(神)ということにしてください。
自分の枠を超えなさい!
どんな仕事をしていようと、自分に期待されている以上の奉仕をすることなのです。
自分が受け取っているお金以上の仕事をすると、自分の枠を超えて奉仕すれば、必ず報酬がついてまわります。
因果の法則
カルマの法則
人間の頭で理解や想像できないものは
無理だと決めつける。
もしかしたらそうじゃないかも?
から始めよう。
あなたのもう一踏ん張りを見守る存在は見ていて、あなたに最適な時に最適な方法で帰ってくる。
あなた自身に戻ってくるご褒美かもしれない。
あなたの大切な人に帰っていくご褒美かもしれない。
人生の中で1番必要な時に戻ってくる。
今じゃなくても、結局恨みが勝ったとしても
あなたが愛そうと努力した思い全ては枠を超えていて、その分利息を生んであなたの元へ愛として帰ってくるから。
あなたの中にある怒りの感情から抜け出そう