スピリチュアルカウンセラー癒しのブログ~LightSmile埼玉県~ -276ページ目

死を目の前にして

今、ブログにも良く書きました、私を育ててくれた祖母が危ないのです。

今奇跡のようにどうにか生きていますが、お盆まで持つのだろうか?

という感じです。

今私は、死と向き合わされています。

凄く
生きている
と言う事を考えさせられました。

生きていて、その愛する人が元気だった頃の記憶、私の記憶全てにおばあちゃんがいます。

その記憶が辛かった。
憎かった。

その記憶があるがゆえに、今にも灯が消えそうなおばあちゃんを見ていると、人間の思いそのままで、アマチャンに懇願してしまう自分がいました。

助けてくれ

と。

でも、その都度、魂の奥底では、光輝いているおばあちゃんの旅たちを理解している自分もいます。

素晴らしい輝きを放ち、もう人間臭くないおばあちゃんのエネルギー。

喜びでもあります。

私は喜んだり、人間の記憶が消えればいい

と恨んだり…


けど、
私が結婚した後、おばあちゃんと離れ、たまにしか会えないけれど、元気にいれたのは、そのおばあちゃんとの記憶があんたを元気にしてたのよ

ってアマチャンがいいました。

例え一緒に過ごしていても、仕事して離れている時、寂しかったり泣いたりしないのは、その人の記憶が、私たちのなかで生きているから。
愛する人の笑顔が自分の記憶の中に生きているから。
無意識に寂しくないのです。


死を迎えると、人間という物質は脱ぎます。
おばあちゃんも肉体は脱ぎます。
会いにはいけないし、いない。
けれども、
離れて暮らしていたときと何ら変わらず、私の中には、おばあちゃんはいます。
それを思い出すから、会えなくても元気で笑顔でいれたんです、私。

それとなんにも変わらない

アマチャンにそう教わりました。

人間としては寂しいです。
けれど、魂では、神様がいっぱいそばにいるおばあちゃんをみると嬉しいです。

私は人間だから、
まだまだ、揺らぎます。

けど、諦めずに頑張っているおばあちゃんに、私も笑顔で会いに行こう。

その日が来るまで。