地震で助かった命を失いたくない。
生まれ育った熊本県南阿蘇村で被災者を訪ね歩き、歯磨きなど口腔(こうくう)ケアに奔走する女性がいる。
歯科衛生士の村本奈穂さん(33)=熊本県阿蘇市。
口の中が不衛生になれば、誤嚥(ごえん)性肺炎を発症して命を落とす危険もある。村本さんは歯ブラシを詰め込んだリュックを背負い、今日もがれきの街を駆け回る。
「この前より歯茎が元気。歯もグラグラしなくなったね」
5月中旬、南阿蘇村の黒川地区。
小学生の頃から顔見知りの佐野徳正さん(73)の歯を磨きながら笑顔で話し掛けた。
「口の中がきれいになると、気持ちが良い」と佐野さん。
村本さんは黒川地区の隣にある下野地区で育った。
住民は全員顔なじみ。
3月まで地元の歯科医院に勤め、住民の歯の状況は「全部頭の中に入っている」
4月16日の本震時は自宅アパートにいた。
自宅は無事だったが、村内の実家は壁の一部などが崩れた。
村本さんは両親らと車中で避難生活を送っていたが、地元の顔なじみのおじさんやおばさんの顔が頭に浮かんだ。
「自分の知識を生かすのは今しかない」
本震から2日後、自宅にあった歯ブラシ30本を持って避難所へ向かった。
一時は歯ブラシなどのケア用品が枯渇したが、facebookで支援を呼び掛けたところ、全国の歯科医や歯科衛生士らが段ボール箱30個分のケア用品を送ってくれた。
今は仕事帰りや休日に黒川地区を訪れ、がれきの撤去などに汗を流す東海大学生に歯ブラシを配ったり、被災者に口腔ケアの指導をしたりしている。
「全国の人達が熊本の為に何かしようとしてくれている。まずは故郷にいる自分が動かないと」
そう話すと、歯ブラシなどでパンパンに膨らんだリュックを背負い直した。