ヒヨコ
ヒヨコ
ヒヨコ
姪(妹の娘・小3)の
言いまつがいが
ヒド過ぎる…
(「言いまつがい」は
結局は「聞きまつがい」の
延長線)

妹が嘆いているガーン


その①

水泳教室の昇級試験の
前に張り切って

『これから頑張るぞ~
ヘイヘイ・ホ~グー

(「エイエイ・オ~グー」)

だと思う。



その②


テレビを観ていて

『オスギのピーコでしょ』

(どっちかい!)



その③


AKBの歌を元気よく


『会いたかった、
会いたかった、
会いたかった長音記号2
です! 』



その④


「毎朝、ホームルームで
先生が本を読んで
くれるんだけど、
今読んでるのが

『あぁ、部長!』

なんだよね」

って、


『あぁ、無情』

だろ!



その⑤


「ねぇ、学校で皆が
今日の夜、あの面白い
テレビドラマが最終回
って言ってた。
えーと、何だっけ?
ホラ、ホラ…そう

『科捜研のミタ』


ショック!ショック!ショック!ショック!あせる
ニコニコニコニコニコニコニコニコあせるあせる


この話を聞いていたのが
電車の中だったから、
静かな車内で笑いを
こらえるのに必死でした。

ニコニコ
ニコニコ
ニコニコニコニコニコニコあせるあせるあせる
桜
桜
桜

明けまして
おめでとうございます音符


久々のブログ更新です。

昨年は公私共に
色々な事があって
心身共についていく
のが大変でした。


今思うと、去年は
自身の色んな事からの
『リセット』を与えられた
「年」だった気がしました。

人生には
「善い」も「悪い」
も時々『不意』がある
という事を改めて
考えさせられました。

そんな時、出来るだけ
『冷静』、『平常心』を
保てる自分で
いられる様に…
って、
なかなか難儀な事です。


ちゃんとした大人に
なろうニコニコ



小学生の姪が今
『百人一首』に
ハマっており、
多分、きっと…いや
絶対に姪の方が
覚えている数が多い…
と思うガーンあせる


小学生、中学生の頃
学校で覚えさせられた。
その時でさえも8割が
精一杯で、あとの2割は
上の句と下の句が
入れ替わったり、
他の句と合体したりで
「完璧」が達成出来ないまま大人になってしまいました。べーっだ!あせる


『ちはやふる』

というマンガがあります。
「百人一首」を
テーマにしたもので
小学生だった子供達が
その「百人一首」を通して
成長していく内容です。


姪はそれがきっかけ
だったらしいです。


私も昔、「マンガ」が
きっかけで色々と
興味を持ち、調べたり
勉強したりという
経験がありました。


「マンガ」でも
綺麗な描写のタッチが
好きだったので、
特に 「大和和紀さん」、
「槙村さとるさん」…etc
をよく読んでいました。


「大和和紀さん」

【はいからさんが通る】

を見て、大正時代の
日本の様子や歴史、
ロシア革命、関東大震災
について調べたり、


【あさきゆめみし】

を見て、平安時代や
「源氏物語」、「紫式部」
について調べたり


【N.Y.小町】

を見て、明治時代の
様子や日本の農地開拓、
写真の歴史を調べてみたり、


「池田理代子さん」


【ベルサイユのばら】

を見て、
マリーアントワネットや
フランス革命を
調べてみたり、


「槙村さとるさん」


【愛のアランフェス】

を見て、スペインという
国や「カルメン」の舞踊を
調べたり、
フィギュアスケートの
難しさや素晴らしさを
調べてみたり…

と、その後の私の人生や
生き方、考え方にも
少なからず
影響を与えてくれた。


父は厳しい人だったから
マンガなんか読んでいたら
怒られて、
取り上げられると
思ったのでよく
隠れてこっそり
読んでましたべーっだ!DASH!


勿論、マンガの内容は
脚色やフィクションの
部分もありますが、

きっかけは
何でもいいから
今年は何か自分が
成長できるものに
出会えたらいいなぁクローバー音符



【百人一首】より
四十六番


由良の戸を わたる舟人
かぢをたえ

行方も知らぬ 恋の道かな


(由良の海峡を渡る船乗りが、櫂がなくなって、行く先も知らずに漂うように、先のわからぬ私の恋だなぁ)


曾禰好忠
(そねのよしただ)

『新古今集』
[恋一(一〇七一)]



choco-tatanさんのブログ-110421_134754.jpg


桜
桜
桜
遊園地
もみじ
遊園地

先日、携帯電話の
電池交換にお店に
行った。

普段展示してある
携帯の機種の
コーナーのスペースが
3/2はスマートフォンで
3/1が携帯電話。


電池交換の待ち時間の間
そのコーナーを見ながら
店員の人に

「こんな状態だったら
そのうち全部スマホに
なって、携帯電話なんて
無くなるんじゃない?」

って聞いたら

「完全に無くなるとは
思いませんが、少なくは
なっていくでしょうね」

パー携帯パー携帯パー


最近の色々な技術製品の
進化は目まぐるしく、
目覚ましいばかりで
物理的には人類は
便利で豊かになった。


数日前、子供が雑貨店に
行った時の事。
店内には何人かのお客さんがおり、その中に中学生の女の子が独り言をぶつぶつとつぶやいているのに気がついた。

何て言っているのかよく
聞こえなかったから
側まで近づいて行った。
よく聞いてみたら


『有って便利は無くても
いい。』

『有って便利は無くても
いい。』

をずっと呪文の様につぶやいていたらしい。


っという事を話してくれた。

「その子はいつも親から
言われているのかな?」



そうなのさ。


『有って便利は無くても
いいのさ。』


有って 「便利」 で
随分と助かっている物は
沢山有るけれど、
「便利」 の価値観が
よく分からなくなって
本当に必要なのかが
自分でも分からなくなってきた。


勿論、その『物』の
必要性は人それぞれの
状況や環境によって
違うから、
一つの製品に限って
「必要」の是非を
問うのは違っているのかもしれないけれど…。



会社の昼休みの時、
たまに小説を読む。

20代の若い男の子から

「ipadは使わないんですか?」

って、「使う」前に
買わなきゃいけんだろう。簡単言うな~。


「私は頭が悪いから、あんな画面上でペラペラとページをめくったって頭に入っていかない。自分の手で一枚一枚ページをめくって、はじめて読んだ気がするね。人それぞれ!」



今使っている携帯電話も
随分古い機種。
今回も電池を交換する際に買い替えようかと迷った。

色んな製品を開発、発明していく上で、『人』の
ニーズを捉え、それに
応えられる
『ものづくり』が
本来の姿だったのに、
最近のこの様な世の中を
見ていると、何か
『人』が 「物」 に合わせている気がする。


『物』に使われている

「人間」 です。


そんな古い機種と思っている今の私の携帯電話。
多分、半分も機能を網羅して使いこなしているのかとそれさえもよくわからん。
今だに 「これは何だ?」と
思う画面が不意に出た時は眉間にシワがよる。


職場の今のフロアには
25人くらい居るけれど、
幸いここの人達は
ローテクらしく、スマホは2人だけ。


多分私はスマホは買っても使いこなせない。
(年だから…のせいにしておこう)


このまま携帯電話が
無くなってスマホしか
なかったら、きっと私の
携帯電話人生は幕を閉じる。

今はこれも時代の流れで
子供の学校の保護者の緊急連絡先を、数件提出しなければいけない。
携帯電話の番号も載せている。
だから子供が社会人になってそういう事が無くなったら要らないのかな?


願わくば子供が社会人になるまでは、携帯電話は有ってほしい。


この『情報社会』の
世の中で必要不可欠と
言われる色々なツール。

いいんです。
『情報』のキャッチに
とり残されても。

その『情報』も
いい加減だったり、
ウソだったり…

今の世の中、『物』が
進化して発展?
したからって世界規模で
見渡してても決して
良い状況ではない。


『物』の豊かさに、
『人の心』の豊かさが
ついて来ない。


何か疲れましたねショック!あせる


私が大金持ちで事業の才能が有るならば、世の中にあえて逆行してあらゆる物の『便利』の不必要を削ってシンプルにいきたい。


誰か居ないのかしら。

そんな事をしてくれる人。


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ヒヨコヒヨコヒヨコヒヨコヒヨコ長音記号1音符馬DASH!