Blue Valentine
もう、こうなりゃ、ついでに『Blue Valentine』も書いとく。
近年の切な映画の極めつけ。
この映画の、ライアン・ゴズリング、ほんと、いいよね~。好きだわ~。
ストーリーは、簡単にいえば、もう、好きじゃないのよ。限界なのよ。終わりにしましょ。
という夫婦のお話。
でもね、そこはさすが映画。
うんざりさ加減の表現が、うまい。
冒頭のシーン。
早朝、子供のフランキーが表で愛犬を探している。
見つからないので眠っているパパのところへ。
パパが眠っているのはソファ。
ママが眠っているのはベッド。
昨日ケンカをして、たまたまソファで眠っているというのではなく、
いつからか、ソファで寝むるようになったんだなと思わせている空気感。
シンディ(ミシェル・ウィリアムズ)の、やりきれない不機嫌顔とか、
ディーン(ライアン・ゴズリング)のやるせない表情とか。
さすが、鉄板俳優の二人です。お見事。
映画は、ラブラブだった頃の結婚する前の若い二人のシーンと、
今の、愛がさめてきてしまっている現在とが交互に出てくる。
どちらのシーンもそれぞれに、いい。素敵なんだよね。
なんで、こんな風になっちゃったんだろうと、
観ている方も思いながら観てしまう映画。
自分の子ではないのに妊娠してしまったシンディと、家族になろうと言って結婚をしたディーン。
家族を愛することが、自分の存在表現。
でも、それだけを求めているわけではないシンディ。
このお互いのやるせなさが、切なくて、痛い映画。
ラストはほんと、秀逸。
切なさ満天だけど、私の中では大事な映画のひとつ。
しかし、ミシェル・ウィリアムズは、ほんと、不機嫌顔の似合う女優だこと。
でも、その顔は私だと思った。