私と父は 実はとても仲が悪かったのです
私には 6つ歳の離れた姉がいます
姉は 頭もよく おしとやかで
我が家の長女 跡取り娘として
父母に それは大切に大切に育てらました
その姉とは性格も好きなことも正反対の私
父とは あまり性格も合わず いつもケンカばかりしていました
大人になるまで 私は父が嫌いでした
無口で 頑固で 仕事ばかりで 一緒に遊んだことなど
どこかに一緒に出かけたことなど 一度もなかった
でも 大人になるとその気持に変化が現れました
小学校 中学校 普通に学校に通いました
高校生活では 自分の好きな部活動を思いっきりやらせてくれました
田舎から名古屋まで通っていたので
学費 交通費
部活動では 合宿 試合
東京までの何度かの遠征
そして アメリカ ネブラスカへの短期留学
短大への進学
学費 交通費
そこでの 部活動の合宿 遠征 試合
本当に 学生時代はお金のかかった私
でも なに不自由することなく 思う存分 楽しい学生生活を送ることが出来ました
それを 普通だと 当たり前のことのように感じていた私
それは 全部親が 父がいてくれたおかげだと
私は 成人してから気づくのでした
バカである 実にバカである
成人して 就職して
相変わらず 父との仲はあまり良くなかったけれど
だんだん 年老いていく父に 私は少しでも近づいて
寄り添っていけるように努力していきました
私は
運良く 結婚できました
姉がお嫁に行ったので
私は 婿取りをして実家を継ぎました
そして 運良く 子供を授かる事ができました
子供が無事生まれ
孫の顔も見せることができました
これで 少しは親孝行出来たかなとも思います
父は 79歳で この世を去りました
若い頃は
昼間働きながら 夜間高校を卒業して
結婚してからは 単身赴任で働き 週末に家ってくる生活がしばらく続いたそうです
30歳で父親を亡くし それから 会社勤めをしながら
農業を始めました
自分一代で ここまで農業を大きくして
少し前までは 市内一番の桃の生産者でした
桃の品評会では 何度か賞を頂き
幻の桃の生産者として
テレビの取材も受け お笑い芸人
アンジャッシュと共演もしました
名古屋のお祭りでは 父の作る幻の桃で作った
桃シロップをかけて作った かき氷が 販売されました
父は 頑固者だったけれど
人を大切に思う 心優しい人でした
人と話せば 親切丁寧に接し
困った人がいれば 手を差し伸べ
助けたりしました
父がなくなって その父の偉大さを知りました
亡くなってから 我が家を訪ねる人が後を絶ちません
『生前 お父様には大変お世話になった』と
父がいなくなった後も みなさん
いろいろと助けに来てくださいます
『お父様に助けて頂いたので 今度は助けますから
なんでも言ってください』と 申し出てくださる方
困ったことはないか 大丈夫か
手伝うことはないか
みんな声をかけてくださり 連絡をくださり
父が残してくれた 人との絆と ありがたさを
いまここで改めて感じ 感謝しています
この一年 本当にいろいろありました
良いことより 泣いたことや 辛かったことのほうが
多かった気がします
私は幸いな事に
親の介護は一年で終わりました
何年も 何十年も介護を続けていらっしゃる方は
他に ごまんといらっしゃると思います
そんな親の介護も 父は心配して早く逝ってしまったのかもしれません・・。
父は そんな優しい人でしたから・・・。
親の介護
口では簡単に言えるけど
実際に 親の介護が始まれば
それは休む暇もなく 終わりが見えるわけでもない
でも 介護は父は 好きだ 大好きだ
そんな気持ちなんて どこかに吹っ飛んでしまうくらい
辛いものでした
相手は 病人です
私にイジワルをしたくて しているのではない
同居してるから
毎日いつも一緒にいるから
だからなおさら 全力でぶつかりあい
介護しなければならない
もちろん逃げ場など どこにもない
でも それは いまおもえば
一年 たった一年のことだったのです・・。
介護には
度合い 程度があると思いますが
父は ストレスは全部 こちらに全力でぶつけてきましたし
暴言 理不尽な要求 いろいろありました
父が亡くなる少し前から 現在に至るまで
私もストレスで 体調を崩しました
ふだん 風邪などひきませんし 病院もほとんどかかった記憶がありません
でも 今回は違いました
重度の帯状疱疹になって動けなくなったり
手足口病を患い 一ヶ月ほど寝込んだり
偏頭痛が慢性化したり
とにかく 身体が悲鳴を挙げています
いまでも 帯状疱疹の後遺症と
手足口病の後遺症の つめが剥がれる症状は続いたままです
毎日が 辛いです
でも 辛いですが
辛いことばかりではありません
いつも お茶を飲みながら 遊ぶ友達
親友 バレエ仲間
大切な友達 友達のご主人
保育園の役員会ママたち
ピグ友 ブロ友
みんなが みんな気遣ってくれて 助けてくれて
気遣ってくれます
みなさんが優しさをくれて
こんなに
人っていいなって
思ったことはありませんでした
悲しい父の死を経験し
辛いことも多かったけど
人生について 自分について
まわりみんなに対して
いろいろと深くかんがえる事が出来ました
父の死がなかったら
きっと こんなに自分のこと 他人のこと
いままでのこと これからのこと
こんなにも 考えなかったと思います
人生観が ガラッと変わった出来事
きっと この出来事は
これから私が生きていく中で
大きな 大きな 意味を持つでしょう
今までの自分と 今の自分
気持ちの持ち方も 考え方も
以前とは全く異なります
自分でも こんなに変わるのが不思議なくらい
私はこのいまの瞬間をわすれることは ないでしょう
お父さんへ
お父さん 今は どこにいますか?
夜 星空を見上げると 必ずあかりんが
『 じぃちゃんは どれ? 』
『どのお星様になったの?』 と聞いてきます
あかりんも 5歳になりました
大きくなったでしょう 4月からは年長さんになります
絵を書くのが大好きで 外遊びが大好きで
農作業が大好きで 自然が大好きで
ちょっと 頑固者だけど 負けず嫌いでがんばり屋です
どこか お父さんに似てますね
たまに おじぃちゃんのことを思い出して
『 おじぃちゃんに逢いたい 』 と 仏壇の前で泣いています
わたしも お父さんにもう一度会いたいです
怒られても 怒鳴られても やっぱり
お父さんに 逢いたいです
お父さんが死んでから いろいろなことが山積みで
どうしていけばいいのか わかりません
ひとつのことを決めるにも 不安でどうしていいかわからなくなります
お父さんの お父さんがなくなった時はどうでしたか?
お父さんも大変だったでしょうね
わたしも もっとしっかりしなくちゃダメですね
なんで死んでしまったの?
もっと もっと長生きしてほしかったのに・・・・。
あかりんの成長もまだまだ見守ってほしかった
まだまだおしえてほしいことがたくさんあったのに
あっけなく 逝ってしまって・・・・。
ほんとは 『私達大丈夫だから安心してね』
っていわなくちゃならないのに
私は言えません・・・。
元気です
』 と思われる方も































