6/22。
このあと、恵まれた幼稚園に
ハルが自閉症スペクトラムと診断されて
一年経ちました。
それまで、自閉症だなんて
考えもしなかった日々から、
世界が色を変えた日。
いろいろあったけど、
私が一番忘れられないのは…
他の子どもたちが
みんな保育園、幼稚園に行ってる時間
誰もいない公園で虫取りをした日々。
世界中から 閉ざされたような
取り残されたような
そんな孤独に胸が潰れそうだった。
インターには、もう居場所がなくて。
行っても迷惑になるだけだった。
そこで、自尊心を傷つけてしまうなら、
周りにお荷物のように思われるなら、
この子は就学まで私が家で見よう。
そんなことを考えながら、
楽しそうに虫取りをするハルを見ていた。
蝉の声を聞きながら
青い空を見ながら
たくさん
たくさん泣いた
それが、
私には一番忘れられない風景です。
どこに助けを求めればいいか
ハルの特性ってなんなのか
どう接してあげたらいいのか
これからどうしたらいいのか
今すぐに知りたかった答え。
でも、すぐに教えてくれる場所は
どこにもなかった。
病院も、
え?え?と言う間に診察時間が終わってしまい、「次回はまた1ヶ月後に」。
1ヶ月、この不安の中にいろと?
泣きながら市役所に電話しても、
療育の存在すら教えてくれなかった。
1つ1つ自分で学びとるしかなかった
前に進むしか選択肢はなく、
結局一番力になってくれたのは
ネット上で知り合った
同じ障害児のお母さん方だった。
行政の不親切さは、
一生忘れないなー
なんとかならんのかな
同じ保健師として、
恥ずかしい、の一言。
ハッキリ言って、
全く役立たず。
なんのために仕事してんだろ。
何も考えてないんだろうな
自分の頭を使って考える
ってことを、してないんだろうな。
こんな情けないことで、悲しい思いをする
お母さんたちがいなくなりますように…
誰もいない公園に
ポツンと とまっていた
カキ氷のトラック。
ハルは大喜び。
その存在にさえ、
ありがたくて涙が出たなぁ
カキ氷でも、なんでも。
あの時のハルには
与えてあげたかった。
お友達、ママ友たちに
出会えることを
この時の私はまだ知らない。
一番辛い時期だったかも
「光とともに…〜自閉症児を抱えて〜」
全く同じ気持ちが描かれていて
涙があふれました
一年たっても
たまにハルの寝顔を見ながら
「どうして、
君が自閉症なんだい?」
と、
ふと、涙が出るときはあるけど
でも、普段は笑っていられる母に戻れた。
来年の今頃は
きっと
もっともっと強くなってる。
はず
自閉症に対する理解も、
自分の考え方も
ものすごく変わった
ハルに引っ張ってもらいながら、
私も成長してきた1年
最近では、グレーの子をもつ
お母さん方の話相手にもなれるように。
(相談相手というには、
まだまだです)
保健師に復帰したら、
積極的に障害児に関わる分野で
働きたいと思います。
自分が味わった苦労や不便さを
他のお母さん方が
少しでもしなくて済むように。
ハルは私と2人の時は
すごく穏やかです。
優しく妹の遊び相手をしてくれて
幸せな笑い声が2つ、
家の中に響く
「ママ、ごはん世界一おいしい!」
「ママ、疲れたでしょう?早く休んでね」
「ママは今忙しいから…、いいや、後にしよう!(ホントは一緒に遊びたい)」
思いやりにあふれた言葉を
毎日言ってくれるハル
学校生活など
刺激が増えると、
癇癪が起きたりもするけど
でも、手が出なくなったのと、
自分から、ごめんなさい
が言えるようになった
大きな成長。
変な言い方だけど
普通の子たちより
感じる心を
たくさん持ってると思う
だって、感覚過敏だから。
他の子が1感じるところを
10、20、感じるのが
自閉症の子どもたちだから。
麻央さんも言ってたけど。
「彩り豊かな人生になるように」
自閉症であることを
強みに変えて
「先を明るく見て」
1年先より
10年先のハルのために
毎日を生きていこうと思います


