私の幼少期の記憶。

 

母親との関わりの記憶は全くなし

父親との関係のみ。

 

先々で母親と関係はあるが、幼少期は父親との関係を主に話していこうと思う。

 

 

 

私は東京都の田舎で3番目の末っ子としてこの世に産声を挙げた。

出生について知っているのは誕生日と出生届が出された市役所のみ。

 

時間や体重、身長などはわからない。

 

 

 

駅から離れたアパートの2階  間取りは1DK

両親は離婚していたので、その場所で父親、兄、姉の4人で暮らしていた。

 

父親はギャンブラー、仕事は何をしていたのかはわからない。

家は貧しかったが、今生きているということは何とか生活していたのだろう。

 

パチンコ店に行っては床や空いている台に玉が落ちていないか探し。

競馬場に行っては終日兄弟で遊具にて遊ぶ。枝豆は買ってもらえた記憶があり、

その名残か今も枝豆が好き。

自動販売機を見つければ、

機械の下や釣銭入れに忘れたお金がないか這いつくばって覗いてみる。

今はほとんど見かけいないが、当時電話BOXが沢山あった。

小銭が入ってるところは南京錠が括り付けられており、

それを破壊して売り上げを盗んでいた。

犯罪であるこの記憶が残っているということは何度も行っていたのだろう。

ギャンブルに身を滅ぼし、幼い子どもたちに犯罪行為を行わせる。。。

そのときは3人の子どもと一緒に生活するので必至だったのだろうが、

今振り返れば悲惨な環境。

 

 

ダイニングテーブルの上には1円玉が大量に入っていた大きな瓶が置かれていた。

その中の1円玉を幼い子どもの両手に数十枚。

兄と一緒に近くの駄菓子屋にペロペロキャンディーを買いにいった記憶が鮮明に残っている。

自分でお金を持って、お菓子を買えたこと。

数少ないよい記憶として今も強く残っている。

 

 

楽しかった。辛かった。幸せだった。

そんな気持ちはよくわからない。

ただ記憶として残っているのみ。

 

今日はこの辺で。

 

 

愛に溢れた世界となりますように虹