例えば自分の「大切な人」が
「誰か」にひどく傷つけられると
その「誰かをひどく恨んだり憎んだり嫌ったりする

その「大切な人」は
傷つけられた記憶ではなく
「誰か」に救われた日々
温かかった記憶を大切だと感じ
どこまでも堕ちたあの時を乗り越えて
「誰か」の手をもう一度握り
「誰か」と幸せに過ごしているとする─────




なぜ誰かを恨み、嫌ったりする理由が
『「大切な人」を傷つけたから』なのに
その「大切な人」の幸せを与えてくれている
それもまた「誰か」だということ

なぜそこに焦点は向けられないんだろう。



『「大切な人を傷つけたから嫌いだ」』
そう言われたその「大切な人」は
自分の大切な「誰か」を嫌いと言われて
傷つくとは想像できないのだろうか。



「大切な人」を傷つけられた相手を
「大切な人」に代わって恨み、嫌いになれる人なのなら
「大切な人」の幸せと思える居場所も人も受け止め
これで良かったと思えるはず。

支えきれないほど苦しかった日々を乗り越えて
もう一度「誰か」のおかげで
笑って生きているということを受け止め
これで良かったと思えるはず。

「誰か」に
二度はないぞ。そんなことを
穏やかに笑いながら釘をさせるはずだと思う。





「大切な人」が代わって泣いてと望むなら
一緒に泣こうと伝えてあげたい

「大切な人」が迷っているなら選択肢を探そうと
精一杯一緒に模索してあげたい

「大切な人」の幸せは温かく見守ってあげたい

「大切な人」の努力は激励してあげたい

「大切な人」の幸せは
素直に幸せと受け止めてあげたい






“ 同調”ではない “ 寄り添う”ということ。

簡単なようでとっても難しいことだけど
簡単に傷つけがちで傷つけたと感じにくい
そんな身近な大切な人の前でこそ
意識して。関わっていきたい


#大切な人 #心理  #人間関係  #生き方