此処に来てから何度目かの秋を迎えました。
江戸に居た時とは違う、ざわざわと落ち着かない感覚と空気。
その中で穏やかさを保つのはなかなか難しいものです。
午後のお使いも終わり、縁側で一息ついていた時の事です。
「はぁ…」
「でっかいため息だな」
声のする方に顔を向けると、そこには土方さんが立っていました。
「あわわっ…見られてしまいましたか」
「あぁ、一言一行逃さずな」
土方さんは苦笑していて、私の背中には嫌な汗が流れています。
「どうした?」
この問いかけに「何もないと」答えれば、土方さんはその簡単な嘘をすぐに見破ってしまうでしょう。
「…なんだか心がざわざわして、落ち着かないんです」
「まぁ…ヘイキキョシンでいろと言っても、お前には難しいかもしれねぇが…」
「ヘイキキョシン?」
言葉の意味がわからず鸚鵡のように言葉を繰り返すと、土方さんは紙と筆を持ってくるように言いました。
「『平気虚心』字の通りの意味だ」
「えっと…虚ろな心で平気…」
紙に書かれた文字を眺めながら呟くと、土方さんは紙を指差しながら言いました。
「『気を平らにして心を虚しくする』この『心を虚しくする』は無心になるって意味だ。平気虚心は平静で、心にわだかまりを持たないことを意味する。雑念を払えとは言わねぇが、たまには人の世話をやくのは止めて、頭を空っぽにして自分の心を労れ」
土方さんは私の頭を軽くポンポンと叩き、「無理はするな」と言って立ち去って行きました。
(労ってくれた…んだよね)
熱くなった頬を冷ますように、少し冷たい秋の風が吹く。
(無心になるのは無理…だけどやれるだけやってみよう)
四文字書かれた紙を丁寧に折りたたみ、懐に大事に仕舞う。
「おーい!千歳。夕飯の準備手伝ってくれよ」
「はーい」
私を呼ぶ声に答えた後、背伸びを一つして勝手場へと向かった。