昨日は「迷子」でした
怒りモードから抜けだせず
もう、怒りと一緒になって
ただただ怒っていました
そして、本を片付けない三女が
新しい「お弁当の本」を買ってとねだる。
「本を大切にできない人には本を買えません」
後で振り返るとなんとでもない日常
本が散らかっていることなんて可愛いこと
平和なことなのに
もうその渦中
怒りで迷子になっている私は
「絶対買わへん」の一点張り
怒るのは良くないと思って
いつもは中途半端に押さえつけていた
怒りの感情を
出し切りました
本当は、怒りそのものと同化せずに
怒りをただ見つめることができれば
誰も傷つけないのでしょうが。。。
そうすることはできませんでした
そして布団に入り
iRest瞑想
さっきはできなかった
怒りの感情を迎え入れる練習です
「怒り」と「優しさ」といった対極の感情を
体のどこでどんな風に感じるか
交互に感じて
最後に「怒り」と「優しさ」を同時に感じる
考えるのではなく体で感じる
同時に感じるということを
マインドはすることができません
考えることをギブアップするそうです
マインドがすっと消えると
自然と統合が起こってきます
あとは自然におこる体験をあるがままに
おこるがままに任せる
意識が溶けていったところで
静寂とともに
体がパカーーーーンと開ける感覚が生まれました
それは卵の殻をわった感覚と似ていて
卵の中身が外部にあらわになる感覚
スーッとする感じ
そんな感覚だけが残り
気がついたら
窓越しに大きなお月様が
空高く輝いていました
そしてその日の午後
ふとしたタイミングで
浮かんできたイメージに心が解けました
それは今まで見たことがないと
思っていた母の姿でした
私の母はいつもガミガミと
ちょっぴりヒステリックで
「ちょっとおかん落ち着いて」ってタイプで
母を思い返すといつもそういう姿が浮かびます
そういう姿を「母」と思い込んでいたのですが
今日ふと私の心に”訪問”していきた母は
今まであまり見たことがないような
穏やかさをまとっていて
落ち着いて愛情深い姿でした
それは、確かに子供の頃
私が目撃していた母の一面でもありました
そうか、確かにこんなお母さんいたな
こういう時のお母さんに安心を感じたな
好きだったな
って思い出し
今まで感じたこのない平穏が心に訪れたのです
ヨガでは
心を空にし
エゴを滅することで
至福に達すると言われています
今まで経験していたのに
思い出せなかった
母のあたたかい姿が
心に映し出され
平穏が流れ込んだ体験
瞑想によってできた空間(スペース)に
平和が流れてきた
それを確かに体感した1日でした
そして
今日は保育所のお迎え後
家でも大きな変化がありました
絵本を片付けてっていったら片付けてくれる
長女はちゃんと電気をつけて勉強をしている
兄妹喧嘩は相変わらずだけど
昨日とは打って変わって
心がスーッと通るような
そんな平穏な夜となりました
こうしたい
こうあってほしい
こんな感じがいい
このような想いが障害となって
心に平穏を感じられないという
体験をすることができました
想いをどう扱かっていこうかな
と考えるきっかけに感謝です
















