ドイツ文学とは何か? | 扶氏医戒之略 chirurgo mizutani

扶氏医戒之略 chirurgo mizutani

身近で関心は高いのに複雑・難解と思われがちな日本の医療、ここでは、医療制度・外科的治療などを含め、わかりやすく解説するブログです。

「ドイツ文学」をドイツ語で言えばdie deutsche Literaturだが、それは少なくとも二つの意味を持つ。まずそれは、ドイツ語で書かれた文学であり、しかしまた、ドイツという土地の文学という意味でもある。そしてその両者は、同じものではない。
例えば、ドイツではスイスで書かれたドイツ語の文学は、ドイツ文学に入るのか。また、ドイツという土地で書かれても別の言語で書かれたもの、例えば中世のドイツでラテン語で書かれた作品は、ドイツ文学なのか。
そこに文学の書き手の出身という要素も加えてみれば、話はさらに複雑になる。現代のドイツには、外国人労働者の子弟としてドイツに生まれ、ドイツ語で育ちドイツ語で書くトルコ系その他の書き手がいるが、彼らの作品はドイツ文学なのか。また日本で生まれ、日本で育ち、日本語でも小説を書く多和田葉子が、ドイツに住みながらドイツ語で書く作品は、ドイツ文学なのか。
文学は言葉による芸術なのだから、作家の出身、民族などには関わりなく、ドイツ語で書かれた文学はすべてドイツ文学であるとすれば、そうした複雑な問題は一挙に解決するかのように思える。だがそうすると、まず、例えばすでに述べた中世ラテン語文学をドイツ文学から排除することになる。さらに、ひとまとめにしてしまうことで、それぞれに長い文学伝統を持つスイスのドイツ語文学やオーストリアのドイツ語文学の独自性を無視し、それを本国のドイツ文学の分家のようなものだと考えることにもなり兼ねない。
では、どう考えればよいのか。そこには簡単明瞭に割り切れる答えはない。我々が生きている世界は、それ自体が複雑に入れ組んだものであり、多少なりとも何事かの本質に関わる問題を考えようとすると、そこでは一義的な、すっきりした答えはあり得ない。そしてドイツ文学とは何かという問いも、文学の本質、民族と呼ばれるものの本質、歴史の本質などと無関係に答えることができず、仮に何か無理に答えを出せば、そこには必ず何か、その答えに反する重大な矛盾がたちまち見えてくる。
以上のようなことを前提にした上でなら、ドイツ文学の中心部分にあるものは、いまドイツと呼ばれている土地で、ドイツ人によって、ドイツ語で昔から書かれてきた文学であると言っても、一応は差し支えないかも知れない。だが、それにすぐ付け加えるべきことは、その中心を取り囲んで、前で触れたような多くの周辺的活動があったし、今もあるということである。しかも近世以来のオーストリアの歴史と文化を考えれば、ドイツ文学は決して一つの円ではなく、ドイツとオーストリアという二つの焦点を持つ楕円なのであり、さらにその楕円の円周付近ではさまざまな周辺的文学現象が生起していると言うほうが、より正確だろう。
そしてその際、忘れてはならないのは、中心と周辺という対比の中に決して上下の関係を持ち込んではならないということである。中心が本店で、周辺はそれの出店なのではない。それは互いに関連しながらも独立した、それぞれに独自の文学的活動である。
しかも歴史的に見れば、新しい文学はほとんど常に、周辺から生まれてくる。既成の観念に強く縛られている中心部の文学を、周辺の、いわば無教養な活動が揺るがすのであり。たとえば18世紀前半のドイツ文学の中心地はライプツィヒだったが、それに対抗して18世紀後半の文学の革新を用意した思想家、詩人たち、ハーマン、ヘルダー、クロプシュトックらは、ことごとくライプツィヒを遠く離れた辺境の出身だった。
こうして、ゲルマン民族の移動により5世紀ごろから今のドイツの地に住みついた人々が、周囲のさまざまな他文化と接触し、さまざまに変容しながら、書き継いできた文学-その周辺で書かれたものもすべて含めて、それがドイツ文学である。
Android携帯からの投稿