首、腰の痛みを根本から治す山田カイロプラティック施術院 沖縄 那覇 -2ページ目

首、腰の痛みを根本から治す山田カイロプラティック施術院 沖縄 那覇

ヘルニアや側わん症は手術しなくても大丈夫です。長年あきらめていた痺れや目眩もおまかせ下さい。痛みの根本を治さなくてはけっして治りませんよ。25年で2万人超の施術をしている山田カイロプラティック施術院のブログです。

今朝の琉球新報の(一面)の(金口木舌)から

 

 

今朝の新聞の下の方にある(金口木舌)に目をとうすと

詭弁の文字が・・・

 

 

読み進めると最近の政治家の発言への一言です。

 

私たち多くの国民が思っている様な事が書かれています。

 

 

詭弁というには少々お粗末かもしれない。ご当人は

納得する人がいると本気で思っているのだろうか。

 

 

2日のテレビ番組に出演した二階俊博幹事長の発言のこと。

 

 

政治と金の問題で「ずいぶんきれいになってきている」と

二階さんはおっしゃる。

 

 

「全然きれいではないよ」というのが国民一般の受け止めのはず。

それとも、これまではもっと汚れていたか。

 

 

いずれにせよ、この発言をうけいれるわけにはいかない。

 

 

元参院議員の河合杏里氏の案件しかり。菅原一秀前経済産業相の

案件だってそう。

 

 

この政権党は金に絡む不祥事ばかりがめにつく。

 

 

古代ギリシャには金銭をもらい弁論術を知識人「ソフィスト」がいた。

政策を押し通すために弁舌を駆使する現代のソフィストは時に人々

を眩惑する。

 

 

二階発言もその類いだろうか、コロナ対策にしろ、東京五輪にしろ

政府や政権党はもっともらしいことを言いながら、往々にして中身

が伴わない。

 

 

沖縄に対してだってそう、津堅島への米軍ヘリ不時着で「地域に

不安を与えるものだ」と述べた岸信夫防衛相。

 

 

本心はいかに、政治家が軽々しい言葉を発し、ごまかしが放置さ

れるような異常な事態。

 

 

二階幹事長の「きれい」発言よりも巧妙なごまかしを見抜く力を

持たねばならないようだ。

 

 

私たちが生きる時代は何ともややこしい。

 

 

得てして妙に納得しますからまた面白しです。いまの政権党には

二世代・三世代とひい爺さん親から孫へと多い事、普通の仕事や

日雇い労働者者から政治家になったと言えば田中角栄氏位しゃ

ありませんか。

 

 

私達の世代で子や孫たちに誇れるような政治家たちが輩出される

ことを望みます。

 

 

 

今日も私のブログを覗いて頂き有難う御座います。

今朝の琉球新報の(一面)の・(金口木舌)に載っている記事からです。

 

 

政治家は、特に少子化問題の責任を女性になすりつける。

 

 

かつて麻生太郎財務相は「子供を生まないほうが問題」

 

森喜朗元首相も「子供を一人もつくらない女性が自由を

楽しんで、年をとって税金で面倒をみなさいというのはお

かしい」などと発言した。

 

 

一方、この少子化時代に、子供を産む女性にケチを付ける

ような政治家を初めて見た。

 

県内の若年層の妊娠を「必ずしも褒められる話でない」と

批判をしたのは河野太郎沖縄担当相。

 

子を産む決心した女性が子育てしやすい環境を整えるのが

政治家の役目だ。

 

ひとり親世帯の貧困の再生産を問題にする前に、再生産され

ない仕組みを政治家は考えるべきだろう。

 

子どもたちの放課後の居場所だある学童保育一つ取っても

公立が多い本土と比べ沖縄は9割を民間が担う。

 

沖縄の親は、高い利用料の負担余儀なくされている。

 

日本復帰後49年続く国の沖縄関係予算で、子供の貧困対策費が

初めて計上されたのは、わずか5年前。

 

本来、復帰直後から道路などのインフラ整備と同時に、子供の

施策も両輪で進めるべきだった。

 

河野氏をはじめ、麻生、森両氏に共通するのは国の施策が

不十分にもかかわらず、それを棚に上げて女性に責任を押し

付けている点。

 

最も立場の弱い人に問題をすり替え、矮小化する。

 

変えられない政治(家)こそ「褒められる話」ではない。

 

 

 

そういう考えを安直に考える方々が逆に子育てをしようとする親の

立場になって考えるべき本質ではないだろうか?

 

 

 

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今朝の琉球新報の(一面)の日曜の風に私の好きな作家の吉永みち子

さんが載っています。

 

 

先週の日曜日、衆院と参院の補欠選挙があった。長野と広島と北海道。

 

どこも野党が勝って3勝。そこには驚かない。オリンピックには熱心だけど

ワクチン確保は大失敗。

 

不祥事はテンコ盛り、緊急事態宣言を出したり引っ込めたりするだけの

与党が3勝したら、むしろ驚愕する。

 

でも、実はこの選挙戦で、私はあることに驚いた。

 

 

 

弔い合戦

 

 

 

長野の選挙戦やその結果を伝える報道で使われた、弔い選挙、という

言葉である。

 

陣営が選挙民の同情を引くために使ったかどうかは分からないが(

多分使ったと思う)

 

令和の時代にまだメディアが弔い選挙という言葉を堂々と使っているって

何か激しい違和感があったのだ。

 

弔い選挙は、情に訴えるものである。この言葉が有効な手段として存続し

ているということは、私たちが存続させちゃっているということでもある。

 

その結果、親族が後を継ぐという世襲という形も政治の世界の当然に

なっていき、まるで家業を守るがごとき政治家が増えていく。

 

 

これでは新しい風が吹き込めない。

 

 

江戸時代に、敵撃ちや弔い合戦という忠やら孝の思想が武士階級のみ

ならず庶民にも浸透したようだが、主や父や兄などを亡くした家族に同情し

 

 

その家の存続や残された親族を助けようとする心情も日本人に深く根付

いたみたい。

 

 

今でも忠臣蔵とか大好きだし。残された跡継ぎや家臣を応援することに

美徳すら感じる日本人はまだ多いのかも。もしかしたら世襲などもどこか

で容認しちゃっているのかもしれない。

 

 

選挙で同情票を集める弔い選挙のやり方や、政治家の家を守るような

世襲制には、かなり批判もあったはずだが

 

 

どっこい全然変わらないのは私たち側の問題でもあるってことだ。政治家

には、やはり危機にしっかり機能する理性を求めたいものだが、困ったこ

とに、

 

 

どこよりも理性より情が勝っているのが政治の世界。コロナ対策も理よ

り情に流され右往左往だ。

 

 

が、唯一の希望は、若い子に「弔い選挙って知ってる?」と聞いたら

「何それ?」とポカンとされたこと。

 

 

家への意識も薄らいでいるし、この子たちの時代になれば政治も変わ

るのか。いやいや、「選挙知ってる?」「何それ?」ってことにならなきゃ

いいが。

 

 

 

 

 

いいや、さすが作家さんだけあって風刺もあって面白いです。

 

 

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昨日の3月21日。琉球新報8面の(社説・声)の欄の論壇に(北九州市

68歳男性の山口啓志さんからの投稿です。

 

 

この欄は本土での新聞などでは載っていないだろうと思う記事をブログに

アップしています。

 

 

 

 

辺野古新基地建設、南部の土砂使用

 

 

 

事は沖縄県民すべてに関わる問題ではないか。それも、あの激しい「沖縄戦」

で犠牲となった住民の鎮魂の問題ではないか。

 

 

まさに、それら県民、犠牲者の痛恨の思いを踏みにじろうとする好意ではないか。

名護市辺野古への新基地建設造成で、防衛省は本島南部からの埋め立て用

土砂の採集を検討しているという。

 

 

このようなことが公然と許されていいのだろうか。米軍の激しい砲弾を受けた

日本軍が南部に撤退。すでにガマに避難する住民との混在すいる中、多くの

犠牲者を生み出した。

 

今も住民や日本兵のものとみられる遺骨が見つかっ

ているのが現実だ。その

土砂を採集して埋め立て用に使うというのは、何万、何千という犠牲者、死者

への冒瀆で、国が起こした戦争で犠牲者となった人々に、国はどの顔を向けて

いるのだと言いたい。

 

 

特に沖縄は琉球王朝時代から長い歴史を通じて御嶽、グスクなど先祖崇拝・

信仰の思いは強く、今も歴史が脈々と息づく。

 

 

それが観光含めた沖縄の文化と歴史に大きな色合いを作り、私たち本土人が

「沖縄へ行きたい」という観光面でのプラスとなっているのではないだろうか。

 

 

これほどの沖縄人にあって、地上戦となった沖縄戦で父や母、きょうだい、ある

いは。おじ、おばなどの遺骨が、いまだ土砂とともに堆積している可能性がある。

 

 

その一帯の土砂を県民投票で7割以上が反対する辺野古の新基地造成に

使われるなど、もっての外であり、言語道断の行為というべきだ。

 

 

なぜ、こうした決して許されない行為がいともたやすく行われようとしているのか。

それは歴然であろう。

 

 

菅義偉首相の官房長官時代の発言である。新基地建設を巡って県と政府の

集中協議の折、菅氏は翁長雄志・前知事に「私は戦後生まれなので、、、沖縄の

ことは分からない」と堂々と発言したではないか。

 

 

この官房長官にあってこの発言。ならば、沖縄の戦前・戦中の歴史をじっくり

学べばいい。

 

 

今、首相の立場でこの沖縄差別発言をどう見るのか。聞いてみたいものだ。

ここにすべての問題が集約しているのではないか。

 

 

そこに、絶対あってはならない遺骨交じりの土砂を使おうとするなど、常識では

考えられない。

 

 

先祖崇拝の強い沖縄にあって、なぜ平然とこのようなことが平然と検討され、

行われようとしているのか。

 

 

沖縄戦のすべての死者は、国が起こした戦争犠牲者であり、その遺骨交じりの

土砂を新基地造成に使うなど、国は沖縄県民ならず、自らの顔に泥を塗る行為

にしか、私には見えない。

 

 

即刻検討を中止すべきだ。

 

 

 

 

この様な、論壇による記事を、もっと多くの本土の新聞に投稿して頂けると

自民党の国会議員の方たちの目にもとまって頂けると有難いのですがね。

 

 

そうすれば、心ある方々が増えて頂ければ良いのですがね。

 

 

 

 

今日も私のブログを覗いて頂き有難う御座います

今朝の琉球新報の(8面)の論壇の欄に載った文字です。

 

 

論壇を書かれた・高橋利男さん。

 

 

1月23日午前0時、国際委人権法の新たな判例が積みあがった。ソウル

中央地裁に元「慰安婦」12人のハルモニ(あばさんの敬称)が被害救済の

調停を求めたが、日本が拒絶したために裁判になったために裁判となった

本件の判決が日本政府が控訴しなかったので確定した。

 

 

韓国司法は、人権の最後の救済手段として、戦争犯罪を問うハルモニ達の

裁判を受ける裁判を受ける権利を保障した。

 

 

裁判所は、「(日本は)原告らを誘拐、拉致し、韓半島の外の外に強制移動させ

原告を慰安所に監禁したまま、常時、暴力、拷問、性暴力にさらした。このような

一連の行為は不法行為であることは明らか」との訴えを認め、反人道的犯罪行為

による重大な人権侵害には、

 

 

主権国家は他国の裁判権に服する義務を免除される「主権免除」「を適用でき

ないとした。

 

 

沖縄で襃夆奇さん、韓国で金学順さんが、名乗り出て、お二人ともすでに先だたれた。

 

 

 

判決の意義をかみしめる。

 

 

 

戦場に引き立たれた歳月、沈黙の「根」を解き、尊厳回復の声を上げたハルモニたち。

弁護団は、世界の国際法学者と進化する人権法のセミナーを重ね。

 

 

国連憲章や人権規約、国際司法裁判所の判例を研究し、その最先端を網羅した

書面を提出。民衆は、悲しみを分ちあいトラウマを癒し、支え続けた。

 

 

大韓民国の主権は国民にあり、全ての権力は国民に由来するとうたう憲法を持つ

韓国で、「人権」を中心とする新しい国際法を「国益」に固執する古い国際法のせめ

ぎあいにつき、

 

 

戦争犯罪を繰り返さない、人権、平和を中心に捉えると選択した判断だ。日韓の

2国関係にとどまらない歴史的画期的な国際法の進展である。

 

 

犠牲を伴った国家犯罪、不都合な真実は記憶から教科書から消されてきた。慰安婦

南京大虐殺、集団自決。目に見えないから、意識から消える。

 

 

先日の本紙「沖縄戦の慰安婦」報道は貴重だ。ところで菅政権は「国際法上、主権

国家は他国の裁判権には服さない。

 

 

これは決まりですから、この訴訟は却下されるべき」、野党も「日韓関係悪化につな

がる」「日韓合意で解決済み」と大合唱の様相だ。

 

 

この陰で、日本の自衛隊初の海外駐留基地であるジブチで、派兵部隊不幸行為を

起こしてもジブチ国に裁かせない地位協定は、現在進行形の犠牲のシステムだ。

 

 

主権免除米軍爆音やPFAS汚染で沖縄を犠牲にするのも「国益」だろうか「歴史に

残したくないのだ。悪いことをしたと、認めたくないのだ」。

 

 

亡きハルモニの声を心に刻む。被害者不在のまま、札束で口をふさぐ国家犯罪の

隠蔽、判決の意義をかみしめる。

 

 

 

宜野湾市在住普天間基地爆音訴訟団幹事67歳

 

 

 

 

この国の司法のありかたは今や異常としか言いようのない先の安倍政権から

続く菅政権になっても一向に県民に向かっていない、全く県民を無視すること

甚だしい、米軍と日本との国益だけの為の司法としか言えません。沖縄だけに

之だけの基地が集中していると言う事はいざ沖縄がなくなれば後は本土決戦に

なるだけですね、

 

 

 

 

 

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