インドの強姦殺人事件は非常に猟奇的でもあり、本当に恐ろしいです。
猟奇的な犯罪を楽しむ人などにとっても、
現在のインドは法律に逃げ道のある住みやすい国のように感じます。
女性の尊厳を求めるデモ行進が、
ガンジーの慰霊碑のあるところまで行われたそうです。
ガンジーが生涯貫いた、非暴力の精神。
「世界に激変がおこった。
依然として私は真実と非暴力を信仰している。
原子爆弾はわたしの信仰を爆破してしまわなかった。
それは爆破されなかったのみではない、
真実と非暴力というこの双生児こそ世界においてもっとも強力な力であることが私にはいっそう明らかになった。」
という言葉は本当に強烈でした。
ガンジーがいつも手元に持っていた、「バガバット・ギーター」
その本とガンジーの自伝を読んでみて
ガンジーの言っている非暴力とは、相手に暴力を振るわないだけではなく、
自身が暴力を受ける状況に甘んじない、ということも非暴力なのかな?とも思いました。
共に等しいいのちだから、
自分にも他の人にも暴力を加えないことが非暴力なのでは、とも感じました。
だからガンジーは
「自身の尊厳のために戦いなさい。」といったのだと思います。
この考え方は私を長年苦しめていた罪悪感から解放してくれるものでもありました。
そのガンジーがいたインドで、
このような残酷な話があるのは、とても悲しいことです。
ガンジーの自伝にもこういったことについての記述がありますが、
それでもここまでひどいとは思っていませんでいた。
ガンジーが書いていることは
『わたしは誠実な夫であったとともに、嫉妬深い夫でもあった。
そしてこの友人は妻に対する疑惑をしきりに煽り立てた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しばしば彼の言うことを鵜呑みにして行動し、
妻を苦しめた暴力の罪深さについて、私自身を許すことができない。
このような苦痛に耐えられるのは、おそらくヒンドゥの妻ばかりであろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もしも彼女が夫を疑っても、彼女は黙って耐え忍ぶだろう。
しかし、夫が彼女を疑えば、彼女の破滅になろう。
彼女はどこに逃げたらよいのか。
ヒンドゥの妻には、法廷に訴えて離婚を要求することはできない。
法廷は彼女にとって救いにはならない。
わたしは、そのような絶望のふちに妻を追いやったことを、
決して忘れられないし、許すこともできない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
妻は夫の奴隷ではなく彼の伴侶であり、助力者であり、
そして喜びも悲しみも、みんな折半して分かち合う仲間ー夫のように自由に、彼女自身の歩む道を選んでも良いー
であることをさとった。
私はいつも、疑りと邪推のあの暗黒の日々を思い出すとき、
私のおろかさと色恋沙汰の疎ましさにうんざりし、
また、友人に対する無分別な献身に悔いを感ずるのである。』
インドは、世界で4番目に女性が暮らすのには危険な国なのだそうです。
すべての方が、ガンジーのようになれるはずはないのですが、
あれほど平和的で、崇高な偉人を輩出できる国が、
こういった状況にあることは、非常に悲しいことです。
このような犯罪者の手によって、
破滅するようなインド人女性が、減らせる法案となりますように。
そして、被害にあった女性たちに、生きていく手段が見つかりますように。
自分に深刻な危害を加えた、悪意ある人物が普通に暮らせている状況は、
本当に恐ろしいものです。
いつもどこかで、その人物への恐怖に苦しむ自分がいます。
そしてその人物が自由であることで、自身の人権も、心も、
まるで殺されたかのような気持ちに陥ることもしばしばあります。
被害にあった女性たちは、何のために自分が生きているのかわからない、そういう気持ちにあるのかも知れません。
どうかそのような女性が、これから減っていきますように。
これ以上、暗澹たる暗闇に落ちる女性が、増えませんように。