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ヒロシです。のブログ

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小学6年生の時にインベーダーゲームに取り付かれ、中学の時に自
分で作りたいという夢を持った。
高校は、一番近しい工業高校の電子科を選んだ。
当時は、パソコンなど余りにも高価、おねだりするにも無理がある


高校2年、それでも勉強したかったので、ポケコン(ポケットコン
ピュータ)と呼ばれる関数電卓のお化けの様なマシンを祖母におね
だりする。
シャープのPC-1251(29800円だった気がする)、今で
も覚えている私の最初のマシン。
※ブラインドタッチが出来なくなったは、こいつのせい。(笑

でも、BASICと呼ばれる言語を100%叩き込んでくれたのも
こいつ。
... 参考書など全く無い。
とにかく、付録で付いてたマニュアルだけ見て、隅から隅まで読ん
で理解した。

このポケコンで出来ることの限界を悟った(3ヶ月)とき、安くて
も可能なマシンに買い換えた。
カシオのPB-100(9800円)、当時のポケコンで速くて安
いが売りだったが、凄く気に入った。
今まで出来なかったことが出来る、必死になって今まで溜めてたア
イデアを片っ端からソフトにした。

電波新聞社(THE BASICを編集)が主催、ポケコンコンテスト(カシオ後援)を
することを知った。
それまでに作ったソフトを送った、最初はパックマンをもじったゲ
ーム、すぐさま編集部から連絡あり。
当選確実だといわれた。(確か、若干バグありで、直してよいかと
いう問い合わせだった)

その気になって私は、更に4本(最後の1本は最初の大幅改良版)
をエントリーした。
結果、ゲーム部門で金賞、ビジネス部門で銅賞を同時入賞。
そんなに高額では無かったが、賞金の2/
3を独り占めした形となっていた。

ポケコンに触れ始めて半年、クラスの中でも随分とちやほやされた

儲かった金で、シャープ PC-1502(59800円)を買う
、マシン語が使えるというのが一番の理由。
アセンブラを必死に勉強し、ゲームにも入れたりした。
※カナ入力を私に教え込んだ奴はこいつ

高校3年の時、モグラ叩きの様な、くらげ叩きを出した。工夫した
のは、音と入力。
PIOと呼ばれた雑誌(工学舎のI/
Oと呼ばれる雑誌の別冊)で取り上げられ、年間グランプリでポケコ
ン部門で優勝する。
将来は、ゲームのプログラマー、そう信じてやまなかった、高校時
代。

一点集中、今でも代わりはしないが、あの頃の私は滅茶苦茶凄かっ
た思う。
どこでどう間違えたのかは分からない。(笑

「好きこそものの上手なれ」、好きなことをずっとやれるというの
は幸せなことである。
大半の者は、仕事になった瞬間に嫌気がさす。
自分で考えるという部分を殆ど無くしているからではないかと思う


作業者になってしまった瞬間から、仕事は面白くない。
我慢できるのは、報酬などの対価となる部分があるからに過ぎない

我慢の度合いも、この対価が少なければやる気がうせる。

でも、自分で考え行動する何かを自身で見つけ出すことが出来たら
、面白くなる。
工夫して、少しでも早くすることが出来たら、評価される。
評価されたら、更に面白くなり、努力が出来る。
後は輪廻。良いスパイラル。