私が22歳頃、まだ若く未来のこと
将来のことなんてまだまだきちんと
考えることができなかった頃。(ただの馬鹿野郎だとおもうけど…w)
当時付き合っていた彼氏と
旅行へ行くということになり
もちろん、母にも言って
出かける朝に
母はこう言ったのです
「子供作らないようにきをつけてね」
私は
この言葉が
今もなお引きずってるってこと
感じてました。
母が悪いとは思わない
けど、
その言葉がなければ、
きっと私は母になんでも相談できて
なんでも話せて
子供のこと恋愛のこと
なんでも話したいと思ったとおもう。
それ以降。
私は子供を作る事は
いけないことなんだと
思い込むようになったのです。
それは=母を困らせる。
という勝手な自分の思い込みのせいでした。
そして、
結婚というものに対して、子供を作ることに対してどこかで言ってはいけないもの、
言葉にしたくない!というふうに
変わってゆきました。
周りの友達はどんどん結婚し子供もたくさんに
なりました。
その頃から結婚へ焦るどころか、
子供は作ってはいけない、結婚とはなんだ?と
言葉にするでもなく、
自然と消えていくようになりました。
当時の彼氏とは残念ながら
お別れし、
そのあとに付き合った彼氏ともまた
お別れし。
結婚への道には程遠くなりました。
体の関係を持つこと自体がダメなんだと
思っていたせいか、
付き合った彼に冷たく拒否することも
多くなったんだと思います。
26歳のとき付き合ってた人は
私より6つ下の20歳の彼でしたが
母子家庭で育っていてお母さんは精神病、
5人兄弟のお兄ちゃんでした。
そんな彼も精神的に弱い人でした。
色々大変な環境の中で必死に働き、
必死に悩み、1人で抱えてる彼を
私も支えたいとおもうように
なりました。
私は、当時朝も夜も仕事をして
時間もあまりなく
経済的にも全く余裕はありませんでしたが
心の余裕だけは確保していました。
いつでも明るく心がけていたと思います。
その彼が私といるといつも明るくなれると
そう言っていました。
それでも私は彼と
結婚を意識するでもなく今を一緒に居られる意味をずっと考えて居たと思います。
時間が過ぎた頃、
生理が来ないことに気づきました。
1人で病院へ行き診察してもらいました。
結果は陽性◎でした。
その日は「考えます」と言って病院を出たこと
今も忘れません。
もちろん母には相談していません
というより、したくても
相談できませんでした…
その彼にも話しましたが
彼は心に余裕なんて全くなく
妊娠報告をした際には「え?まぢ!」
「堕ろすんだろ」と
言われたことも思い出されます。
母にも相談できず
彼にも冷たくされ
悲しい気持ちになったのは
正直な気持ちでした。
今思えば、
あの時母に相談していたら
どうなっていたのだろう…と思います。
きっと
喜びよりも驚くであろうと思うけど、
それでもきっと、
私の気持ちがしっかりあって
正直に言えたら
「あなたが産みたいのなら産みなさい」と
言ってくれたんだろうなと思います。
私は中絶を決意しました。
手術の日、
お腹の中の赤ちゃんが
いなくなったあの感覚…
「ごめんね」が、
私の一生の後悔に変わりました。