その1のつづき


お泊りの翌日はラン・アーさんにホーチミンを案内してもらいました。


僕は女の子の友達にアオダイを買ってきてくれと頼まれていたので、それをラン・アーさんに言うと、布を買ってテーラーで作ってもらえばいいとのこと。

そんなんでベンダイン市場で布だけ買って、テーラーに行って作ってもらうことにしました。

それは何日かかかるので後ほど取りに行く事にしました。


それから屋台やカフェ等に行ってその日は終わり。

移動は彼女のバイク。やっぱり彼女バイクに乗るときは長手袋とスカーフをしていた。

その日もまた彼女とホーチミン泊まり。



次の日は国内線に乗りホーチミンからダナンへ。


ホーチミンはやったら暑かったけれど、ダナンでは薄曇りでやや肌寒かったです。

ダナンはまあ大きい街だけれど、やはりホーチミンに比べると落ち着いている。


ダナンの泊まりは彼女の家でした。

ダナンにはラン・アーさんの妹ンゴック・アーさんが住んでいました。


丁度夜食時間だったのでラン・アーさんと妹、また彼女達の友達(男:名前忘れた。A君としておく)の4人で屋台にフォーを食べに行きました。



翌日曇りだったけれど、フエ(世界遺産)へ向かいました。


人数は僕を含めて昨日一緒にフォーを食べに行った3人。

ラン・アーさんと妹、それとA君。

(本当はラン・アーさんと2人きりで行くかと思っていたのでちょっと残念・・・・)


まあそれはさておき、4人で2台のバイクで出発。

僕とラン・アーさん、それと妹とA君のコンビだ。

とりあえず道が分からないので、僕はラン・アーさんの後ろ。


まずダナンを出てからハイアンパス(Hai Van moutain pass)へ。


ちょっと見晴らしのいい峠です。ここでまず休憩。

そういえば店の売り子がうるさく、妹とちょっと喧嘩しそうになっていたっけ・・・・


結構交通量は多い。ダナンを出てハイアンパスに行くまではずっと上りだけれども、ここからは今度は下り。

下りきると今度は農村をひたすら北に走る。道は一本道。


道に迷うことが無いのと、後ろに乗っているだけじゃケツが痛くなってしまうので、

途中でラン・アーさんと運転を変わりました。



フエまではバイクで結構かかったはず・・・。

途中覚えているのは・・・・

道が悪かったこと。

時々小雨で肌寒かったこと。

それと海が見え始めてから道路に水が吹き出てたこと。

これはなんていっていいのでしょうか・・・・・ 

道路沿いに出ている水道管より水が大きいところで2mくらい自噴していました。


フエに入るまで景色的にはずっと農村。

フエに入る時は確かゲートがあって金を払った記憶が・・・


まずはホテルを取りその日はフエの街を見学。

ちなみにホテルは4人一部屋でした。


夜はトランプをしたんだけれど、良く分からないゲームで負けつづけっていうのと -

ラン・アーさんと2人だと思っていたのに4人一部屋だったというので -

ちょっと顔にイライラが・・・

今思うとお子ちゃまでしたが・・・・


彼らも僕が機嫌が悪くなったのがわかったのだろうか、トランプをやめて寝ることにしました。

(みなさんごめんね)


翌日はフエの観光。これもバイクで周わりました。

なんせ時間が無かったので結構ハードスケジュールで、

とりあえず押さえるところは押さえて見て周わるという感じ。

カイティン廟や王宮は当然観て周わりました。


そういえば途中で食べたマンゴスチンが僕が人生で初めて食べたマンゴスチンで、

それ以来僕はマンゴスチンが好きになったのです・・・。



翌日もうダナンに帰らなくてはならない。

ここ数日天気があまり良くなく、その日も曇/小雨。


彼らはどうしようと話していたらしいが、結局電車でダナンまで帰る事となりました。

フエの駅に行って切符を買う - というと僕がしたように思えるけれど・・・

何も分からないので全部お任せ。

それで、バイクを電車に積んで出発。


車窓から景色を見ながらダナンへ向かう。たまには電車の旅もいいものです・・・・。


ダナンに戻ってその日はダナン泊まり。

明日はホーチミンに帰らないといけない。



妹とA君に別れを告げ、再び飛行機でホーチミンへ戻りました。


ベトナム滞在自体後2日。

ラン・アーさんとホテルを取りホーチミンの中でお土産購入&カフェでまったり。

頼まれていたアオダイも取りに行きました。



その夜が最後のベトナムの夜。

彼女とホテルに泊まって、次の日彼女の家に挨拶。

店を手伝っている従姉妹達もいました。そういえばみんな女の子だった・・・。

それからラン・アーさんと従姉妹とタクシーに乗ってタンソニャット空港へ

そして帰国・・・・・


・・・・・・・



その後僕らはメールをたびたび交換していたけれど、

僕も日本に帰ると仕事が忙しくて、メールの間隔もだんだん長くなるようになりました。


最後に彼女から受け取ったメールでは、

彼女はオランダ人と結婚したと書いてありました。

それで彼女のカフェを売って新たに小さなホテルを建てたと。

彼女はベトナムを離れてオランダへ行くつもりだとも書いてあった。


僕はそのメールを貰ってから2ヶ月ぐらいして返事を書いたのですが、その返事は帰ってきませんでした・・・・


が、しかし!!


去年ぐらいにFacebookで会ったんですね。

今では彼女もオランダで暮らしていて、子供も1人いるとのことです。


便利な世の中になったものですねー

(じじくさい)



(ちなみにこれは独身時代の話です・・・・)


最初はジャケ買いならぬジャケ借り。


高校の時祐天寺に住んでいたことがあったのですが、確か駅前のレンタル屋で借りたはず。


メタル系にはほとんど興味はないのですが・・・・

(自分が早弾きできないのもある)


なぜかアイアンメイデンは好きです。


特にこのアルバムの Aces High が好きです。


借りて聴いたときに「刷り込み」が行われたのか??

Powerslave/Iron Maiden

またもやお姫様に呼び出されました。

新大久保に集合命令。

飯を食うんだろうなあと思い、
うちに電話をかけて・・・ちょっとラーメンが食べたくなって・・・

と言ったら、
今日ご飯もう作ってあるから外で食べたらダメって


新大久保についたら、お姫様いない。
電話をしたら、まだ新宿にいるだって。

新大久保のソムオー(タイ料理)で待っててっていうから・・・

とりあえず懐がさみしいので、若干金をおろしたら・・・

今日は私が払うだって。
めずらしーい。

でも、
ごちそうさまでした。



うちに帰って、何事もなかったようにご飯食べないと・・・

高校の時にすごく流行った。


JUMPとかパナマとかはよく街に流れていた。



高校の時に僕は陸上部だったのだが、


陸上部でバンドを組んでいた。


ギターのやつが上手くて、ライトハンドとか弾いていたのを覚えています。


(ちなみにヴァンヘイレンはどちらかといえば彼の趣味ではない)


彼からはフラットバッカーだとか、アンセムだとか聞かされたが、それは僕の趣味ではない・・・・




中の曲は、僕はどちらかといえば 5150の方がキャッチーで好きです。




今、ヴァンヘイレンは何をしている??



1984/ヴァン・ヘイレン


今日は忙しかった。

席が暖まる間もなく、仕事を言いつけられ、やろうかと思ったら電話。

おかげで机の上は、すっちゃかめっちゃか。



んで、夕方にはお姫様から電話がかかってくる。

結局最後は最低限の片付けをして、大久保に行くはめに。



お姫様は、大久保のタイマッサか、今の新宿の飲み屋かお悩み中。


大久保のタイマッサだったら、11:30~26:00まで。最低保証¥8,000だそうです。


新宿だったら20:00~26:00まで。最低保証¥10,000だそうです。


(本当かどうかはわかんないけど・・・)



合う時間はやっぱり飲み屋かな・・・・


明日はとりあえずタイマッサでお仕事らしい。

ジミヘンを聴いたのは、Are You Experienced が最初です。


で、Electric Ladyland も確かにいいのですが・・・・


僕が一番好きなのは、このアルバムの中のBold as Love


何がいいかというと・・・


後半の天国に飛んでいってしまいそうにフェードアウトしていくギターソロ


僕もいってしまいそうです・・・・



まあ、このアルバムだと、Little Wing も好きだけど・・・・


あとはあまり聴かない・・・・・


アクシス:ボールド・アズ・ラヴ/ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス
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彼女は3年のビザを貰えたということで、大満足。

本日東京へ戻ってきました。
と、いうことで、
歌舞伎町へ呼び出される。
仕事が始まるまで、つかの間のデート??

でも1時間もないんだけど・・・

まあ安上がりだからいっか。マックで済むし。
同伴しないし。

でも店でどんな風に働いてるんだろう??

一回見てみたいなあ・・・

(でも行かないと思うが・・・)
その4のつづき


彼女に会いにバリに行ったわけだが、なぜか会えずにわけのわからない♂と行動する僕。


休みも終わりに近づくと、さすがにいらいらしてきました。

なぜわざわざバリまで来て、こんな仕打ちに???



そんなんで・・・・・

ある日昼頃(多分帰る前日かそれくらい)、意を決して彼女の働いているホテルへGO。


受付で彼女がいるかと聞いたらいるとの事。

たぶん最初はフロントの人も僕のことをお客と思ったんでしょう。まあ日本人だから。


彼女のいるところに案内されると・・・

彼女はいた。まあホテルで働いているというのは嘘じゃない。


彼女は僕を見てビックリしたみたい。

僕を建物の裏手に連れて行き・・・・


何でこんなとこきたの?私恥ずかしいと言い出した。


恥ずかしいときたか・・・


それを聞いて・・・??? なぜそんなことをいわれるの???OMG!


それから言い合い。僕は会いたくてバリに来たわけだけど、何でそんな態度取られなきゃいけないの。

だいたいこんな状態になるんだったら来る前に言えばいいのにって感じですよね。


(若かりし頃だったので・・・(^_^;) 今だったら、多少バリ人の考えが分かるので、"恥ずかしい"というのもわからないではないけれど・・・・)




だいたい口論になってもお互い意思の疎通もままですよ。

最初にバリに行ったときよりは僕も多少はインドネシア語を勉強していたけれど、まだまだ単語を知っているといった程度。

彼女も日本語はほとんどしゃべれない。

すると共通する言葉は英語であるが、こんなんで喧嘩なぞできるわけがない。

で、結局これが決定的なものとなって2人は分かれる道へ。


彼女のホテルの外にはKOMANが車で待っていた。それでまたなんか話しかけてくるが、もうそれどころでない。

傷心に追い討ちをかけるがごとく・・・・うざったくて仕方ない。

今までも話がいやみったらしくて、僕は全然彼とは合わなかった。


それで、僕は彼とは口をほとんど聞かずロスメンに帰ったのです。



帰る日、当然彼女は迎えには来ない。かわりにKOMANがロスメンに迎えに来た。


一応彼女のホテルに行ってみようと彼が言い出して、彼女のところには行きました。


ホテルについてKOMANが彼女のことを呼びに行ったがけど・・・・戻ってきて・・・・・


なにかと思ったら忙しくて出てこれないとのこと。


ここに至ってもう完全にダメっていうことを実感。


じゃあ空港に行くかとなったらさらに追い討ちをかける事態が・・・・・



KOMANが、じゃあ今までのお金払ってくれる?とのたまうのです。


一瞬ハッと耳を疑いました。


なんでこんなことを言われなくちゃいけないの???

だいたいお前なんか俺は頼んじゃいないぞっていう感じである。


だいたい盆休みにわざわざバリに彼女に会いに来てフラレた挙句、

頼んでもないガイド料(車の使用料?)を払えと請求されているんですよ。



またここで言い合い。でもちょっと僕に分が悪い。


最初にいくらと聞いておけばよかった。

典型的なだまされパターンだ。


それに彼女のこともあり僕はほとほと疲れていた。


ただ言われたとおり金を払うのはシャクなので、

彼が見ていない間に財布から金を抜いて靴下に隠しておき、もうこれだけしかないからこいつを全部やる、代わりに空港までは送っていけと言った。



まあそれでも3JUTA(ルピア)ぐらいはあったかな・・・・

1週間の頼んでもないガイドと足の駄賃だ。

えーい持ってけ泥棒!!っていった感じ(でもないか・・・)


彼はそれでもまだ不満そうだったが、

僕の空になった財布(実際はまだ靴下にはあるんだけど)を見て、少し金を戻した(といっても5万RPほど)・・・・



で、それからもうお前の顔は見たくない!! 

タクシーで空港に行くから帰れということで、

タクシーで1人で僕は帰途についたのであった・・・・・・。



まあそんなんで嫌な思いをしにだけバリに来たような感じで夏休みをバリで過ごし、

そして傷心(?)で日本に戻ったんです・・・・。
 


帰ってきてからはしばらくインドネシアはもういいかなって気持ちでしたね。




(うちの奥方とはこの時点ではまだ知り合いのみ。まさか結婚するとは思いませんでしたよ・・・)