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趣味で戦国時代のお城の研究をやっています。
発掘調査現地説明会やホームページの更新情報を掲載しています。

お久しぶりでございますm(__)mたいぞうでございます。
 
すっかり蒸し暑い季節になりましたが、皆さまお元気でしょうか?
私はおかげさまで、公私ともに忙しい日々を送っております。
 
さて、今日の静岡のニュースで、こんなのが流れました。
 
 
【知事またも静岡市批判 今度は「駿府城天守閣の復元計画」】
 
https://www.youtube.com/watch?v=cvPjl_e9YhI
 
当時の設計図がないから建築できないという言い訳はやめたらどうか?川勝知事は静岡市­が駿府城天守閣の復元を見送っていることについて苦言を呈し、天守閣の建設を進めるべ­きだと主張しました。
 駿府城天守閣の復元についてはこれまで市民から要望が上がっていますが、静岡市は忠実­な資料がないなどとして見送っています。川勝知事は7月8日の定例会見で家康公400­年祭を来年に控え、「設計図がなくても今日の観点から詰めればいい」と静岡市の態度を­批判しました。また、完成すれば久能山東照宮と並ぶ市のランドマークになると話しまし­た。
 
 
 
ということで、川勝静岡県知事が、静岡市に駿府城天守閣を建設するよう主張したようです。
 
「当時の設計図がないから建築できないという言い訳はやめたらどうか?」
 
とのことですが、私から言わせれば、
 
「適当な建築物を造って、後世にどう言い訳するつもりですか?」
 
と言いたいです。
掛川城という悪しき事例をまた作るのでしょうか……。
 
 
ちなみに、掛川城の天守閣は、もはや、「復元」されたものとして、掛川城を訪れる多くの人々に認識されていますが、掛川城は、
 
 
・1590年に掛川に入り、掛川城天守閣を造った山内一豊の時の天守閣を復元しようとした
・でも、その史料がないので、山内一豊が掛川城の天守と同様の姿に「建てさせたとされる」、高知城の天守を参考にした
 
というもの。
簡単に言えば、
 
「山内一豊が造った天守閣は、なんか、高知城の天守と同じ「らしい」から、それに似せて造ってみたよ♪」
 
ということです。
私から言わせれば、今建っている掛川城天守閣は、
 
 
「模擬天守」
 
 
にすぎません。「復元」したとはとても言えません。
それでも、訪れた人々は、「こんな城が建っていたんだ!!」と思ってしまうんです。
 
 
誤解を与えてしまうんです。
 
 
天守閣は、一度造ってしまうと、何十年もその街に存在し続けます。復元に失敗すると、誤解を与え続けます。
誤解を与えるような中途半端なものは造らないことです。どうせ造るなら、適当なもの造って、「偽物ですけど、駿府城が一望できまーす」とアピールすればいい。
 
 
あ、ちなみに、掛川城天守閣の建築には、10億かかってます。
 
 
 
本当にこんな形をしていたか分からないものに、10億の血税をつぎこむ……あなたは納得がいきますか?