皆さんがご存知のように、日本は1970年から高齢化が進む一方で、1994年に高齢者人口が総人口に占める割合が14%を超え、高齢社会に入りました。これに対して、政府は積極的に医療制度改革に取り組んできました。現在の日本は福祉施設の設備面においても、医療制度の導入においても、世界のトップレベルです。例えば、日本では、老人ホームや介護施設のデザインは非常に合理化で、手すりの付け方など極めて細かい所までに気を配っています。これを見た私は日本の福祉制度の充実ぶりを感じました。
ところが、設備や制度が整った福祉先進国における、ある現象を知りました。それは孤独死です。一人暮らしの人が、誰にも見取られずになくなる「孤独死」は、阪神淡路大震災後の仮設住宅で相次いでから、クローズアップされました。しかも、地縁も血縁もない所で、孤立していた住民の死亡は発見されるまでに、何日も何週間もたっていた場合も多いそうです。さて、それはどうしてでしょうか。
これには二つの原因があると思います。第1に意識についてです。中国人と比べると、日本人はなるべく人に迷惑をかけたくない、という意識がより強いと言われています。人間の社会性から見れば、自分が何十年間も一生懸命働いて、社会にある程度の貢献をしたのだから、老後になって社会から何かを得ることは当然だと私は考えています。子供に「一緒に暮らさないか」と聞かれたとすれば、日本人は遠慮する人が多いようですが、中国人の場合、同意する人が圧倒的に多いでしょう。なぜなら、子供のためにずっと苦労してきて、ようやく老後の生活を楽しめるところにきたと考えるからです。また、家族なのに、いつも遠慮しているのはおかしいという考えもあるでしょう。このように、中国人は困った時は助けを求め、他人でも喜んで助けてもらうという意識が強いと言っても過言ではないと思います。
第2に、日本は核家族化に進んでいるのに対して、中国は今でも3世代が同居する生活を維持している家庭が多いことです。そのおかげで、老人は子供と一緒に暮らし、悲しみや喜びを分かち合うことができ、寂しさはその陰に隠れてしまうのです。人間は誰かに支えられなくては生きていけないものだと私は思っています。しかも、その中で、一番大事な支えはほかではなく、家族です。お年よりが寂しいのは支えてくれる人がいないからではないでしょうか。現在、中国の経済も発展しつつありますが、家族との絆を強くするために、古里に戻る人も少なくないようです。人は、自分が大事なものは珍重するものです。感情も同じでしょう。
従って、日本では「孤独死」を防ぐために、ただの福祉施設などのハードウェアを頼りにするだけでは足りず、高齢者の老後の生活に対する認識も変えるべきだ、と私は考えています。それについて、隣国の中国をモデルと見なしてもよいのではないでしょうか。
一方、日本が福祉社会の構築に注いだ様々な力は、急速に高齢化が進んでいる中国にとっても、とてもいい勉強になると私は思います。一言で言えば、老人問題を解決するにはハードウェアもソフトウェアもいずれも欠かせないものなので、お年寄りが住みやすい社会が築けるよう、中日両国が協力していくことを心から願っています。