さて、手術をする覚悟を決めた俺は、執刀してくる先生探しから始めた。
これって、この先々の人生を決める一歩目の重要な分岐点だ。
ネットをまさぐり始めた。
癌を見っけてくれたおねいちゃん先生の、旬なお勧め先生も頭に入れながらネットを徘徊。
「ムム、ムムムムムッ!」 楽天カードマ~ン!
そう言えば中学の時に親友だった同級生が医者だった。
武者修行を終えた奴は、お父さんの意思を継いで開業医をやっている。
「奴さんに聞いてみよう」
この人物、ちぃ~っとばかりすんげぇ~の。
中学三年生の一学期迄は、毎日この奴さんの離れの勉強部屋で、俺や仲間達と女の子をはべらせ酒盛りしていたような奴なの。
「俺は、親父の後を継いで医者になるんだ」
酔いが覚めてから毎日一生懸命勉強をしてたのだろう、有名高校と迄はいかないが、それなりの高校に入り、それなりの大学の医学部へ行き 『有言実行』 医者になっちゃってる。
これまた 『チョイ足しポン酢しょうゆ』 じゃぁないけど、もうちっとすんげぇ~のは 『Dr コトー』 みたいな事やっていると噂を聞いていたが、そこで今自分ができる限界を知ったのか、新たに誰もが知っている有名老舗の大学病院に入り直して、内科・小児科の他に小児科の外科医の免許を取った事。
「ははぁ~、お代官様!」
と叫び、擦り寄りたくなるくらいの 『カッケェ~』 奴になっていた。
早速連絡してみようと思ったが、気が引ける。
何せ35年も会っていやしないし話もしてない。
俺が、施設暮らしを繰り返している噂や所業は耳にしている筈・・・。
悩んだが、一日も早く解決しなければいけない自分の体の事もあったので、意を決して連絡してみた。
俺 「おう、俺だよ元気か?」
奴 「おう久しぶりだなぁ~、娑婆にいたのか」
「何時も同窓会開く時にお前の連絡先調べると、『今、中だよ』 って事ばっかりだったか
らよう」
ちっ! 『悪事千里を走る』 ってやつだなと思った。
でも奴の態度は、35年過ぎた今も何一つ変わりやしなかった。
その事に感謝と喜びを感じた。
友とはこう言うものなのか、涙が出る。
事情を説明すると、奴は 「近い内にすぐ連絡をするから待ってろ」 と言って電話を切った。
2・3日すると、
奴 「明日、今迄同窓会に来れなかったお前の為に皆呼んどいたから、裕子ちゃんの店迄
来いよ」
俺 「おう、分かったよ」
裕子ちゃんかぁ~、こりゃまた懐かしい名前。
俺が子供の頃住んでいた家の、近所の蕎麦屋の娘の裕子ちゃん。
小学一年の時に、久美ちゃんって子と二人で休み時間になると俺を追い掛け回しキス攻めにするもんだからトイレに行けず、授業中に 「先生おしっこ!」 と言う事ができない俺が、お漏らしをしてしまった苦い経験のきっかけを作った裕子ちゃん。
あくる日、皆の待つ裕子ちゃんちの店に行くと、懐かしい顔ぶれが昔のままで俺と接してくれた。
酔っ払って、俺のシャツの背中をめくり、ニタァ~と笑っているバイク屋の親友。
「自分が釣った魚を燻製にしたんだ」 と言って皆に勧める、音楽家の息子。
はたまた、ツルッパゲになっちまってるパーマ屋の息子。
どれもこれも懐かしい奴ばかり。
その中に、幼稚園と中学で一緒だったアキちゃんもいた。
何と、アキちゃんも前述の不良上がりのDrが通い直した某有名老舗大学病院にいて、それも、消化器内科の教授になっていて、不良上がりDrが俺の為に態々呼んでくれたのだ。
二人で俺のレントゲン映像を見ながら 「これなら何とかいけるな」 と話してる。
この二人が関係している某有名老舗大学病院には、肝臓手術に掛けては名の知れた有名外科医がいて、ネットでリサーチ済みだ。
有名大物政治家も、この先生の手術を受けている。
「多分そう簡単に易々と、俺なんぞの手術はしてくれやしないだろう」
と思っていてはみたものの、この際だから聞いてくれるように頼んだら、診察に明日来いと言ってるとの事。
同級生Dr、B教授 「忙しい先生で、予約の患者さんが沢山いるから本でも持って、一日待た
されるつもりで行って来な」
俺 「おう分かった、ありがとな」
良かった良かった、いっや~俺、中学の時弱い者いじめするような不良じゃなくて本当に良かった。
弱きを助け強きをくじく、『スッパマン』 で良かったなぁ~、トホホホ。
癌STORY 2 つづく
石原さとみちゃん、校閲してくんねぇ~かなぁ~?
私の抗癌アイテム
前回紹介した「メシマコブ」のサプリメント
韓国新薬と言う会社とFANCLがコラボして、良いとこ取りして粉末にした物
