こちらの企画に参加しています。
文字数は〜1万字以内投稿日は12月26日(金)です、と。ふむふむ。
そして、本日早朝4時から大晦日までPictSQUAREにて開催中のオンラインイベント「WEBコミ同人祭」に参加しています。
https://pictsquare.net/j3a10jmno9z6c891pvyoy1dn8klz7z1w
スペースは【 一次創作:BL-1: き6】です!
今回は「温めてたけど出せてない作品」を放出します。
タイトルは【無憂の帝国】です。
前半まで掲載します。
後半は後日書き下ろして本にしますのでよろしくお願いします。
しかし、これが激重感情なのか、耽美なのか…不穏な話であることは確かです。誘拐婚…裏切ったら首が落ちるとか…ねえ。
= = = = = = = = = = = = = =
『無憂の帝国』
(一)
ある日の夕方、いつも通りレクリエーションの延長のようなゆるい部活動を終えて玄関に向かうと靴箱に封筒が入っていた。
「え、ラブレター?」
封筒と言ったって、そんな雰囲気ではない。
白い封筒は我が国を象徴する芥子色と紺碧のレジメンタルストライプのラインが入っており、同じ色のマーブルの封蝋で封緘されていた。
斜め上から友人のフォスが覗き込んで固唾を呑んで言う。
「王族の印だ…」
この学校は、古くから代々王族の子女が通い、選ばれた相応しい学友とともに学ぶ歴史ある名門校だ。現在も複数の王族の人間が在籍している。
でも、おれはたまたまその国立高等魔法学校に在籍しているだけの、ごく普通…というかどうかわからないけど、只の学生だ。
実は、同じクラスには最も王位継承者に近いとされている王子様が居るのだが、前述の通り王族の方々は予め選ばれた相応しいご学友とお付きやセキュリティに囲まれて過ごされているため、おれのようなどのクラスにも居るようなちょっと要領と付き合いが良いだけで、可もなく不可もない平々凡々な人間にはまともに接する機会はそうない。
なのに、何故。
「て、ことは?」
「ヘリオス、お前なんかやったんじゃ…」
そんなこと言われたって、接触機会もないのに、心当たりなんてない。
取り急ぎ上着の内ポケットに封筒を仕舞った。
「ねえ、中、確認しないの」
「…とりあえず持って帰る…」
持って帰ってどうにかなるものではないけど、なんとなく、わざわざ靴箱に直に届けるくらいだから他のやつに読まれては困ることが書いてあるかもしれない。とりあえずひとりで確認したほうが良いと思ったのだ。
「なんて書いてたかわかったら教えて」
「だめだよ、おれ宛ての手紙なんだから」
校門を出て少し先にあるバス停から公営のバスに乗ってフォスと別れ、車窓を眺めているとやがて広大な森に囲まれた御用地に通りかかる。
そこは現国王の弟であるアングレ候や、前国王夫妻の御所がある。
同じクラスに居るアレクシはそのアングレ候の子息だ。現国王には子供が居ない。そしてアングレ候の子供で男児はアレクシのみなので、継承順位としては一位がアングレ候、その次がアレクシだ。
かといって、女性が差をつけて扱われているわけでもなく、必ずしも男児が継がなければいけないわけでもない。実際に前の国王は女性であり、王位を早くに譲って今も魔法の取扱についての決まりを定め、関連する法の審議会で議長を務めている。
順調にいけば、アレクシは何をしなくとも大学に行き、院に進み、留学なんかして、博士号取ったりして、研究機関や慈善団体に就職して、合間に公務をこなし、王位が近づいたら妻を娶るのだろう。
只、そこにアレクシ自身の意思や希望が介入する機会はあるのだろうか。
時折視界の片隅に入っても、アレクシは穏やかに微笑んでいるばかりでどういう人物なのかよくわからない。優秀なことだけは確かなのだけど。
自宅マンション近くの大きな公園の前でバスを降りて、さして用もないのにバス停前のコンビニに入り、店内をぶらついてぼんやり見て回る。
よく考えれば、あんな常に人に取り囲まれてて、アレクシの生活にこういう時間あるんだろうか。すべて取っ払った素の自分になれる時間はあるんだろうか。
想像ができない。何も知らないのだから当たり前だけど。
「ただいま」
誰かしら居るであろうリビングダイニングの方に呼びかけて、返って来る返事をスルーしておれは自室に急いだ。
扉に鍵をかけ、荷物を床に置いて机の上にある小学校の図工の授業で作った不格好なペン立てからカッターナイフをとる。内ポケットに仕舞っていた封筒を取り出し、慎重に切り開いて中の便箋を開く。
その中に書かれていた内容を見て、慌てて再び部屋を飛び出した。
廊下を挟んで斜め向かいの扉から出てきた弟のリネアが扉と扉の間に挟まれた。
「んだよ、もぉ」
「ごめん、ちょっと学校戻る!」
中に入っていた手紙と定期券だけ持って、さっき降りた公営バスのバス停まで走り、道路の向かい側の乗り場から逆向きに乗って学校に戻る。
手紙には「18時の正門の閉門時刻に迎えを遣わす。御所に来られたし。」と書かれていた。
個人情報がどーたらで名簿とか配布しなくなったし、連絡網だってメッセージアプリのグループ機能とかで簡略化されている昨今に…況してやうちは魔法学校で、属性や能力によってはそんなものだって必要ないのに、今どき手紙って。
しかも靴箱って。しかも校門に迎えを寄越すって。御所に来いって。
一般生徒の住所なんて王族の頼みだったら直ぐ教えてもらえるもんじゃないのか。
落ち着かない気持ちのまま車窓から御所のある敷地を眺める。
「このあと、あの中に入れるんだ…」
このまま普通に学生やってたら通常一生御縁がないであろう場所。
いったい、王子様は何の用でおれを?手紙には何も書かれていないし、普段関わりがないから心当たりもない。
携帯が母親からの着信を告げる。移動中のメッセージに切り替えて、ショートメールで「御所にお呼ばれしたから先にご飯食べてて」と送った。
「どういうことなの!?」
パニックになっているであろう母親のメッセージはスルーして、学校最寄りのバス停まで大人しく待った。
バスが到着して降りると、そこに黒塗りのロングボディに金色で王家のエンブレムが煌めく装甲車が待ち構えていた。
悪戯とかじゃなく、本当だった。
「ヘリオトロープ・志恩・ヴァイサーライアくん、ですね?アレクサンドライト3世・凰・アングレ侯の命でお迎えに参りました」
あれ?王子さま、そんな名前だったっけ?先生方はアレク様とか、御学友の方々はアレクシと呼んでいるとか、本当にそのくらいしかわからない。
開かれた扉の分厚さと内部の広さに慄きながら乗る。
扉を開けてくれたモノクルを着けた白髪の老紳士は執事か何かなのか、肘掛けに膝掛けから飲み物と、一緒に乗り込んで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
「あ、あの…王子…アレク様は、何故…」
「恐縮ながら、わたくし共も詳しくお伺いしておりません。到着まで僅かですが、どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」
供されたゴブレットの中の菫色の液体を口に運ぶと、色のとおりの菫の匂いがした。
子供の頃に、母が若い頃に買ったお菓子のレシピ本のシリーズのなかにあった菫の花の砂糖漬けを思い出す。
数口飲んでいたら、なんとなく喉が熱く感じていたが、段々とふわりとして平衡感覚がゆらぎ、顔が熱くなってきた。
「あれ、これ、お酒?なんだっけ、バイオレットフィズってやつ?」
未成年の飲酒って、犯罪じゃなかったっけ?
「いいえ、これは、パルフェタムールでございます」
Parfait Amour?完全なる、愛?
意識はそこで途切れてしまった。
次に目を覚ましたら、そこは天蓋付きの大きなベッドの上だった。
シルクサテンのパジャマに包まれて、真綿かダウンかわからないけど軽くて暖かい布団の中にいた。
「おはよう」
穏やかな声とともにサイドテーブルのランプが灯る。
宵闇にやや黄色みが混ざったような、冬っぽい濃い青色が基調のベッド周りに溶け込むように寝具と同じ色のパジャマで傍で横たわる影があった。
サラサラのブルーブラックの、烏の濡れ羽色のような髪。サファイアのような深い青の瞳。
「アレク、シ…?」
「凰(コウ)でいい」
この国では、セカンドネームを呼ぶのはパートナーだけだ。
通例に倣えば先生たちが言うようにアレク様、御学友のようにアレクシ、またはトランプのカードに倣って3世だからトレイとか、そうなる。
「や、そんな訳にいかんでしょ…そもそも、同じ教室に居たって、ご用命に預かった御学友様方以外まともに関わる機会もないのに…てかなんで一緒に寝て…」
どうしよう、御所に招かれる途中で酔っ払って眠り込んで、王子様と同衾したとなれば、今夜不敬罪でこのまま処されてしまうかもしれない。
いや、でも、未成年に酒を勧める執事もどうかと思うんだが。
「あの、さ…なんで此処に呼んだの?なんで、普段関わりもないのに」
広いベッドの上で、距離をとってそれぞれ寝ていたのに、少しずつ這いずって近づいてくる。そして手を取って、両の手で握りしめて小さな澄んだ声で凰は言った。
「友達くらい、自分で選んでみたかったんだ」
手紙で呼び出して車で連れ去って酔わせてベッドに連れ込むのは、友達にすることじゃないと思う。どっちかといえば素行の悪い連中が女の子相手にすることだ。しかも犯罪寄り。
「訳わかんね〜…」
呆れていると、凰は起き上がって「おなか、すいてない?」と言いながら軽食が用意されているワゴンを手の動きだけで引き寄せた。
体を起こして、被せてある磨りガラスの覆いをはずしたら、出てきたのは出汁巻きに、タコさんウインナーに、おにぎりだった。
「王族なんて、もっと洒落たものを食べていると思ったよ」
笑って言うと、凰は微笑んで言った。
「爺にリクエストしたんだ。きみがお弁当に入ってるの、嬉しそうに食べていたから」
「え、いつ?見てたの?」
凰は「同じ教室にいるんだもの、いつも見てたよ。だって…」と言いかけて黙った。
「だって、何?」
少し俯いた凰の耳は、少し赤くなっていた。
「きみはまぶしかったから」
そんな、まるでそんなの恋じゃないか。
(二)
今度はこちらが耳を赤くする番だった。
「まいったな…とりあえず夜食、いただくよ」
覆いをワゴンの中段に置いて、ベッドの上にトレイごと夜食を移す。
「いただきます」
削り節と刻んだ漬物が混ぜてあるおにぎりを手にとって食べる。普通に美味しい。
でも、飲み込む時なにか引っかかるような感覚があった。最初は気のせいかと思ったけど、その後も続いた。柔らかい出汁巻きを食べても、お茶を飲んでも同じように感じた。
ふと、その引っ掛かりを感じたところを探ろうと喉のあたりを触ると、何か首に細くて丈夫な糸というか、テグスのようなものが巻き付いている感触があった。
しかもそれはかなりタイトで、指先でつめで引っ掛けるのもやっとだった。物を飲み込んだら違和感が出るのは当然のことだ。
「何だろ、これ。凰、鏡ある?」
「姿見なら部屋の入口の横にあるよ」
ベッドから降りて部屋の入口を探す。部屋の中と言ってもおそらく我が家の倍くらい面積も部屋数もある。
薄暗い中、探り探り扉という扉を開けてみるも部屋の入口に辿り着けない。御所の中どころか、この部屋の中で迷子になってしまいそうだった。
やがて、ようやくそれっぽいひときわ大きな立派な扉が見つかった。ダウンライトに照らされていて、凰の言うとおり横に姿見があった。
鏡をに近づいて覗き込むと、やはり何かぴったりと細い糸のようなものが首にかかっている。ダウンライトの光で金色に光って見えた。
「え、これって…」
この金色の色に、見覚えがあった。
既婚の王族や、王族に輿入れする人間は、首にこの金色の糸が巻き付いている。
「…凰!凰!」
必死に名を呼んで寝所に向かう。
戻ると、凰が自分の首元にも金色の糸がかかっているのを指差して言った。
「おそろい」
「おそろい、ってそりゃそうだけど、これって…」
テレビのワイドショーとかニュースで解説を聞いたことがある。この金色の糸は【金環】と呼ばれるもので、王族のみが使える、代々婚姻するにあたり互いに裏切りや不貞を封じるためにかける魔法だ。もし仮にそのようなことをすれば、この糸が即座且つ瞬時に馘首する。
「眠ってる間にかけたのか?そのために酔わせて…」
「うん、ごめんね、でも」
またそこで黙って言い淀む。
「でも、なんだよ」
「…きみがよかったんだ」
「なんで?今まで同じ教室に居ても、話したこともなかったのに。呼び出して車に乗せて、酔わせて連れ去って、金環をかけるなんて、まるで誘拐婚みたいなものじゃないか。友達になりたいからってするようなことか?この環を解いてくれ」
凰は黙り込んでいる。
「友達になりたいだけだったら、別に普通に話しかけてくれたら良かったじゃないか。SPとかお付きの人や御学友に囲まれてやりづらいのはなんとなくわかるけど、何もかも間違えてる」
できるだけ憤りを抑えて、冷静に語りかけた。
本当なら掴みかかりたいくらいだったけど、御所の中で王位継承権のある人物を殴ったなんてことになったらきっと直ぐ様逮捕されるし、学校だって退学になってしまう。
「間違ってるって言われても、わからないんだ。ずっと交友は限られて、与えられるだけだったから。それに…」
また言い淀む凰に「いいよ、言って。続けて」と促す。
「いつもきみの周りは賑やかだから、気になって目で追っているうち、好きになってしまってたんだ。だから、さっき友達くらい自分で選んでみたかったって言ったけど、違うんだ」
別に、この国では性別関係なく婚姻関係になれるし、同性のカップルだって珍しくない。王族にも同性カップルが居ると聞いたこともある。
でもまさか、自分が選ばれるなんて想像したこともなかった。
「その、おれを選んだことって、他の人は知ってるのか?」
「ううん、まだ誰も知らない。朝になったら朝食で集まるからその時に報告する」
そうじゃない、そうじゃないんだ。
「いや、もしそれで反対されたらどうすんの?凰の家族や親族だけじゃなくて、うちの家族や親族に反対されたらどうすんの?結婚できなかったらコレは解消するというか、外すことできるの?てかさ、おれが拒否する可能性は考えなかったの?もし反りが合わなくてうまくいかなかったらコレはどうなるの?」
「どうなるんだろう、金環を外すような人はぼくの知る限りいないから、訊いてみないと…」
深く考えもせず人を呼び出して酔わせて攫って逃げられなくしてから友達になりたいとか実は好きだったとか言われたって、そんな相手好きになれるかって無理だ。
まさかこんな見目麗しいだけのポンコツだとは思わなかった。
こんなのが国を背負ったらおしまいじゃないか。
「無理すぎる…」
ベッドに腰を下ろしている凰の前で、頭を抱える。
「ねえ、明日朝紹介する時、きみのこと志恩って呼んでいい?」
「駄目に決まってんだろ…おれはコレを外してほしいの、家に帰してほしいし、正直、こんな事するようなやつと関わりたくないよ…」
そこまで言うと、やっと凰は謝った。
「ごめん。でも、こうでもしないと、予め用意された学友しか友達がいないままになっちゃうし、進学する前に縁談を進められてしまう。今まで友達になりたい人や好きな人ができても我慢してきたけど、それこそもう、ぼくだって無理なんだ」
深い青の瞳が涙でゆらぎ、海が溢れ、こぼれ落ちるかのように青いファブリックの上に滴り落ちた。
「勝手なことしてごめん、お願い、ぼくをここから連れ出して。人並みの暮らしがしたい、ちゃんとコミュニケーションする方法が知りたい。このままじゃ駄目なのはわかってるけど、どうしていいかわかんないんだ」
「凰」
跪いて、はらはらと泣く凰の手を握る。
先回りして与えられ、守られるばかりで、自分から働きかけたり、思いやったり、時にぶつかったり傷ついたり、泣いたり怒ったりということも、その方法も、経験も年相応に積んでこれなかった事自体に、凰は悲しみと憤りを抱えてきたことを泣きながら語った。
「志恩、ぼくは傷ついてもいいからきみと一緒に居たい、与えられた交友関係や許された狭い世界から外に出たい」
そこまでの思いをさせている環境をどうにかできないのか。
そしてこの金環は外せないのか。
とりあえず朝になってから交渉するしか無い。
「凰、わかったから。一旦朝が来るまで休もう」
ベッドに腰を下ろし、夜食のトレイを膝に乗せてタコさんウインナーを箸に刺して凰に差し出す。
「ほら、あーん」
泣き止んで、凰は眼の前に出てきたタコさんウインナーを不思議そうな顔で見つめて、パクリと口にした。
「これ作る時さ、こういうちゃんとした粗挽きの肉々しいウインナーじゃなくてさ、赤く着色されてる安っすいウインナーに味塩コショー振って焼いたジャンクなやつのほうが旨いんだ。いくらでも作ってやるよ」
続けて、出汁巻きも半分に割って食べる。
「うん、おいしい。けど、しょっぱいものはウインナーがあるからそういうときは卵焼きは甘いほうが合うな」
二人で分けると、おかずはあっという間になくなってしまった。
「そういえば、志恩はあのお弁当って自分で作ってるの?」
「そりゃそうだよ、そのくらいはしないとね」
トレイを片付けて、洗面台の前で歯を磨いてから再度ベッドに戻り、二人でベッドの中でボソボソと話し合う。
「凰、学校で自由に過ごせるようになったら何がしたい?」
「座学以外は見学だから、座学以外のことにも参加したい。やろうと思えばできるし、多少危ないことがあっても大丈夫なのにさせてもらえないんだ。魔法があるのに。まるで重病人みたいな扱いなんだもの。何のために魔法学校に通っているのかわかんないもの」
そういえば、体育も魔法の実践授業も、技術の工作や調理実習も凰は見てるだけだった気がする。王族は属性問わずなんでも魔法でできると聞いたことあるし、使わせないのも不自然だ。
「交渉手伝うから、それもなんとかしよう。できるはずのこともやらせてもらえないんじゃ、本当に何もできなくなっちゃうよ」
「そうなんだ。人並みに自分でできることも、人よりできることも、できなくなってしまいそうな気がする」
明日起きて朝食の席で伝えたいことを簡単にまとめて携帯にメモした。
「大丈夫だよ、凰。がんばろう」
「うん、ありがとう」
二人並んで、丸まってくっついて眠りについた。
まだ二人とも、何もわかっていなかった。
(三)
クローゼットに吊るされていた制服に着替えて、食堂に向かう。
すると長い大きなダイニングテーブルがあり、本当に凰の父親で国王の弟のアングレ候と、その妻の小夜子妃が席について待っていた。
「おはようございます」
こちらから挨拶すると、ふたりはきょとんと目を丸くした。
「まあ、どなた?トレイのお友達?」
友達とかじゃなくて、知らんうちに好かれて手紙でいきなり呼び出されて酔わされてそのまま攫われてきましたとはとてもじゃないが言えない。
「は、はじめまして。同じクラスのヘリオトロープ・志恩・ヴァイサーライアと申します」
深々と頭を下げていると、アングレ候が「いいんですよ、頭を上げてください」とゆったりした低い、でも柔らかな声で言ってくれた。
「父様、母様、食事中にすることではないんですが、大事なお話があります」
凰が言うと「焦らないで、ちゃんと席に着いてから」と小夜子妃が着席を促した。
侍女がお二人の向かいに案内して、椅子を引いてくれる。そして料理が運ばれてくる。
おふたりが手を合わせて、神様に祈るのではなく、この食事が得られるまで沢山の人の手がかかっていることに感謝の言葉を述べる。
それから自分たちも手を合わせて「いただきます」と言った。
「それで?大事なお話って?」
問いかけられて、凰が改めて話す。
「前にも言ったけど、ぼくはもっと自由が欲しい。友達も自分から増やしたいし、電子機器だって持ち歩きたい、実習がある授業にだって出たい、…好きな人と一緒にいたい」
少し困った顔でアングレ候が答える。
「しかし…」
「何故だめなんですか?凰は、ずっと悩んで」
思わず口を挟むと、それに続けて凰が放った。
「昨晩、志恩の首に金環をかけたんだ」
すると、おふたりの表情が変わった。言葉も出ないほど驚いている。
最早朝食どころではない。
「…え?なん、で?」
「トレイ、それがどういうことかわかってるのか」
そりゃあそうだ、現国王には子供が居ない。そしてアングレ候の子供で男児は凰だけ。
もし、凰が自由を求めて王位継承権を放棄したら、継承できる父系の血縁の人間を探すなど大変な話になってくると、改めてアングレ候は切々と凰に説いた。
「アングレ候、おれは凰とはこれまで同じクラスだけど話もしたことがなくて、何故好かれたのか、こんなことになったのかわからないんです。コレを外してください。」
訴えかけると、ふぅっと深くため息をついてアングレ候は言った。
「志恩くん、それは一度かけたら二度と解けないんだ。だからきみはこの家に輿入れするか、うちの子をきみの家に婿入りさせるかどっちにするか決断しなければならない。若いうちは後先考えずそういう不埒な行いに出てしまうリスクがあって、実際に過去にそれで騒動になったことがあったからこそ、トレイには制限を課して、交友関係を絞って育てていたんだ。逆効果になるとは思わなかったよ」
続けて、小夜子妃が言う。
「国王夫妻に子供が居ないのは知ってると思うけど、居ないわけじゃないの本当は。表向き亡くなった事になっているけど、本当は…自由を求めて家を出てしまったの。あとから生まれた子供と一緒に此処に戻りたいと連絡があったけど、一度離脱したら王室には戻れないから…勘当してそのままなの」
「そんな…」
本当に大変なことになってしまったのだと、この時察した。
金環は、解くことはできない。
数少ない王位継承権のある人間が外の世界に出ることは罷りならない。
この状況だと、王室に輿入れして凰を支えていく必要がある。
別にうちは兄弟二人で弟がいるから差し支えはない。
でも、そうしたらおれはどうなるんだろう。学校は?これまでの交友関係は?生活は?
「おれが凰と婚姻関係になったら、おれも凰と同じように自由が無くなる感じですか?」
夫妻は顔を見合わせてから、なんと頭を下げた。
「急だけど、いろいろと考えなければいけないね。本当に、トレイが申し訳 ない。」
「本当にすみません、こんな事するなんて…ご家族様にもお詫びしなくては…志恩くん、ご家族様に連絡を取っていただくことはできる?」
「あ、携帯持ってるんで、多分充電すれば連絡はできます。一旦持ってきてもいいですか…てか、あの、迷子になるといけないので案内してほしいです…」
そこに、あの時車で迎えに来ていた執事のおじさんが来た。
「先日は失礼いたしました」
「わーーー!!!あの時の!!!!」
未成年に゙酒を飲ませて寝入らせるのは失礼とかそういう次元じゃない、法律違反だよ。
「携帯電話でしたらこちらに。充電完了しております」
侍女が中綿入りのベルベットの座布団のようなものに乗せて持ってきた。
「中、見てないですよね?データ抜き取ったりしてないですよね?」
「それはもう、流石にそこまでは指示されていませんので」
逆を言えば、指示されてたらやってたってことだ。怖すぎる。
「どっかゆっくり通話できる場所があれば借りたいんですけど…」
「それでしたら、ご案内しましょう。お部屋はいっぱいありますので」
席を立って振り返ると、凰が不安そうにこちらを見上げている。
「大丈夫、直ぐ戻るよ」
おそらく、自分が居ない間は夫妻によるお説教タイムになるんだろうな、と思っていたら、案内されて部屋を出るとさっそくアングレ候が大きな声で叱っているのが聞こえてきた。
幸いその声が届かない、普段あまり使われていないと思われる、淡いピンクのチューリップが織り込まれたサテンのカーテンや、壁紙の花柄のパターンが愛らしい小さな部屋を借りれたけど。
「こちらは女の子が生まれた際、幼児期まで使われているお部屋です。今は普段人の立ち入らないお部屋ですのでご安心を」
「盗聴とか、仕掛けてないよね?」
疑いをかけられても、執事さんは穏やかに微笑んでいる。
「いえいえ、まさかそんな。終わりましたら廊下を左に突き当りまでお越しくだされば直ぐに食堂に戻れますのでお越しくださいませ」
お辞儀をして、扉を閉じて執事さんは去った。
さて、では、親に説明しないと。
王子様に呼び出されて、用意されてた車に乗ったら酒を出されて、気づいたら御所の中にいて、なんか婚姻の印の金環を着けられて、もう嫁に行くしかなくなりましたって。
なんて言うだろうなあ。まさかいきなりこの齢で、王族に、しかも同性と結婚だなんて。
でも、仮に反対されたりしても、もう、そうするしか無いんだよなあ。
連絡先の一覧を出して、並んでいる家族の名前を眺めてた。
もう、一緒には暮らせないんだ。
そう思うと胸の奥がぎゅっと痛んだ。
= = = = = = = = = = = = = =
ご精読ありがとうございました!
▼PDF版ダウンロードです、ご自由にどうぞ❤





