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ネタがすぐ近くに一覧できるので書いていたけれど。。。

自分の部屋何階にある? ブログネタ:自分の部屋何階にある? 参加中
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ポルトガル語。

直訳すれば、三番目のフロア。

でも日本の数え方でいくと4階です。

外国って地上階を「0」とか「グラウンド・フロア」とか呼んで「1」と数えないよね。。

と思ってたら。。

案外日本型の所もあるらしい。

と。こないだいらっしゃってたオーストラリアの先生が仰られていた。

詳しく確認はしなかったけど、、でも先生の発言(「グラウンド・フロアとかゼロとか言われると混乱するよね。だってそこもフロア(階)に違いないし、部屋もあるわけだしさ。。やっぱ「1」って数えて欲しいよね。」とのこと)から察するに、、、

オーストラリアって日本型??

行ったことないので分からない。。。


確かに自分の部屋は3rdフロアと覚えてしまえば、その建物に3rdフロアが二つ三つあるわけでなし、、特に困ることもないのかもしれないけれど。。。

例えばエレベーターに乗ってて、「ひとつ、、ふたつ、、みっつ、、」と上がって行ってるのに、フロアの名前は一つずつ少ない数字、、とかだと若干戸惑うわね。。。

そういえば、デパートとかは結構混乱するかも。。。(全く私個人の経験上の問題ですが。。。)


学校のすぐ近くにかなりでっかいデパートがあるのだが。。

丘の多いリスボンのこと、、このデパートも傾斜地に立っているもんで、、、。

入口が0階か1階とも限らず。。入る地点によっては2階(日本でいうところの3階)という場合もあり。。。

そうなると、入る時点で「何フロアか?」を確認しておかないと、「おー。文具売り場は○フロアか。よしよし。。△階降りればOK、、、と。」とか思ってると、、間違ってたりする。。。

もちろんエスカレーターの乗降口なんかには「ひとつ上が○フロアで、ひとつ下は△フロア」ということが分かるようにきちんと表示板なんかがあるんだが。。。

その表示板に表れている数字と、自分が(勝手に)思いこんでいる数字とに差異があったりすると、、ちょっとだけ慌てる。。(な、なにゅ??わしゃ今どこにおるん??みたいな感じ。。ほんのちょっとですが。。。)

ま。そのデパートは斜面に立ってるってことで、かなり変則的なんだとは思うが。。。(0階と-1階(地下1階)の間に-0.5階みたいなのがあったり。。。かつそれは建物全体にわたって存在するわけではなく、とある一角にのみ存在するとか。。。なので場所によっては、-0.5階への入り口が見つからなかったりする。。。めちゃややこしい。。)


書いてて思い出したが、、、自分の通ってる学校もそうだった。。。
ふつーに利用している入口が「1階」で、「おっ。日本式!」とか思ってたら、、、そこは日本式では2階にあたるフロアであったのだ。。。
これまた斜面に立ってる関係上、、もうひとつ標高(?)の低い地点(地面)があって、そこが「0階(地上階)」とカウントされていたのであった。。。

ま。
このリスボンの2例は。。。
数え方(0から始めるか?1から始めるか?)の問題というよりは、、独特の地形が及ぼす問題ですな。。。
銭湯行ったことある? ブログネタ:銭湯行ったことある? 参加中
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1970年生まれ。
高度成長期の波がわんさかおしよせて、、、ほんでもってオイルショックで衰えて、、、でも経済というか民の生活なるものはバンバンバンバン、、、バンバンバンバン、、、成長してゆくものと信じられていた(???今もそう??)時代を過ごしていたもので、、、。

ってことはさ。。

一家に一カ所お風呂場アリ!!

ってのは当り前、、、になることが目指されていた??のかどうかは分からないけれども。。
事実、アパートにせよ戸建にせよお風呂のないお家の方が激減したってことは、、、お風呂ぐらいは自分んちで、、、ってのが目標というとおおげさだけども、、まあなんとなく目指されていたんではないか??と。。


いや。
あらためて思い起こすに、、自分が生まれてしばらく過ごした借家って、、その辺の自家風呂vs銭湯のボーダーライン上にあったようなかんじがするのよね。。

銭湯って。

アクセスも重要って知ってる??

調べてみると多分はっきりすると思うんだけど、銭湯の生存率って、間違いなく都市部(特に東京近郊)が高いはず。

なんでか??

アクセスが成立するからさ。

使う人が多い方が当り前だけど商売も成り立ちやすいわけだ。

なので都市部には結構銭湯ファンって多いはず。
ま。比べてみなよ。家のせまっ苦しいお風呂場と広々銭湯。
例えば歩いて3分の距離に銭湯があったら、、、家に風呂場なんていらんのとちゃうか??とさえ思える。

風呂場が家にあったらさ、、風呂掃除ってのもあるわけで。。。

そんなかんじで、よく考えると一家に一カ所は必ず欲しいものなんか??お風呂って??って思っちゃうんだけども、、それでもお風呂場は普及した。

特に私が住んでいた借家は、はじめは練炭を燃やして沸かすいわゆる五右衛門風呂タイプのお風呂だった。
そこまでしてちっぽけな借家にお風呂場を設置する必要性をオーナーさんが認めてたってのは、おそらく近所に銭湯がなかったからなんだろうと思う。


このお話はほんと深いね。。。なかなか終わんないな。。。

まず。
私がガキの頃、広島のとある町内なんだけども、、銭湯にいかなきゃなんないって人は、なんとなく不利を被っているというか、、恵まれていない人なんではないか??というマイナスのイメージがあった。


でもその広島のとある町内のコンテキストでは、「近くに手ごろな銭湯もないというのに、それでもはるばる銭湯に通わなければならない、、ということは恵まれてない?」ということで、

家に風呂があるかないか?というよりも、自家であろうが外であろうが、近場にお風呂施設があるかどうか?が問題であったのであろうと思う。

そうであるのにもかかわらず、住んでる場所に風呂場がある方がOKで、ない方がどちらかというとNG、、みたいな流れを作っていた。

それは私が住んでいたローカル限定というわけでもなく、結構「お家にお風呂場あるといいよね」ってのは一般的な嗜好として商売ベースにも乗ってしまったんだろうと思う。

いえね。
東京地方は例外として、銭湯ってそんなみんながみんな超イージーにアクセスできる施設ではなかったんだと思うんですわ。

例えば通ってた人からしてみれば「ま。週1だな。。遠いし。。」と。こんな感じがごくごく妥当なセンだったんではないか?と。風呂場に対するアクセスの面だけから見れば。。

でも。。

週一???風呂???って。。
なんかきたないよね。。。科学的にほんとに不衛生なのか?どうか?というのは、、風呂に入らなくたって温タオル、冷タオルできれいにお掃除!って人もいたであろうし、そうそう簡単には証明できはしないはずなんだけども。

そんな一般的な衛生観念?みたいなものも影響してそうだし。。


あとは、、日本はお風呂文化だしね♪

やっぱりざぶんと湯船につかりたいものなぁ~。

なので多分昔々大昔、、日本全国田舎だった頃から、いろんな形でお風呂施設は設けられていたのだろう。
お家にお風呂場ってのも、全戸ではなかったにせよ、むちゃくちゃ珍しいものってわけでもなかったんじゃないだろうか?(お家の裏に五右衛門風呂とか。。)
でもまあ文化だからさ。公衆浴場作ってみんなで利用!という形態も多分昔からあったであろう。。

日本は温泉も湧くしね♪


こうしていろいろ銭湯のこと考えていると、、、。

なんかお風呂屋さんやってみたくなってきた。


超長期計画でさ(100年とかのオーダーで)、銭湯というか、公衆浴場を核にした地域コミュニティづくりとかって、おもしろいなぁ~、、、なんてさ。。

ちょっといろいろ調べてみよっと。


あ。銭湯?行ったことありますよ。もちろん。
でも東京に出て初めて行った。当時250円~段々上がって大学出る頃には300円に到達してたんじゃないだろうか?
お風呂のある住居に住むようになってからはめっきり利用する機会は減ったけども、草野球とかフットサルとかの後に銭湯♪とか、、たまに行ったな。
今は東京地方じゃいくらなんだろうか??ひとっぷろ?


ケガの思い出 ブログネタ:ケガの思い出 参加中
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まずはろっ骨の骨折。

これ。

なかなか不思議なことに。。。軽度なものだったからなのかもしれないが、、決定的に「折れている」と感じられない。
なんか痛いなぁ~ってのが周期的に来る。
でも来ない時は全くケガしてるのか??なんて疑問も湧かない。
ぼくが病院行ってレントゲン撮って「ああ。折れてましたね。」って言われたのもそんなケース。
もう再生が始まってた、、っていうね。。


高校の最後の夏の予選前の鎖骨骨折は、、、今でも笑えないけどな。。。
ま。こりゃあまりに辛すぎて、、話す気にゃなんないな。。。


ケガ??ってかんじだけど。。

大学時代。旅行中になった中耳炎はかなりインパクトあるな。

いや。耳痛かったしさ。。
治療後も。。

多分原因もその前の海水浴だったんだろうけれど。。その海水浴もものすごく思い出深いし。(ぼく:ベトナムのみんな10人以上。。。とか。。)

治療自体も。。。
特に細かい説明もなく、鼓膜に穴あけて、薬出してもらって、、、ま、3日ぐらい安静にしとけと。。。

今も耳聞こえてるし、全く問題なかったんだろけど。。


モルディヴ出張中の足指骨折とかもあったな。

サッカー中だったんだけど、、結局診断してもらって、状況が分かったから、、、

さらにサッカーしたけどね。。だって、、職場対抗トーナメントで、、人数足りてなかったんだもんさ。。しゃーないじゃんねぇ。

あ。

そのずっと前にも、、。東京で自転車暴走、軽自動車に突入、鎖骨骨折、、ってのもあったな。。。

このときは救急車で病院に運ばれたし。。。話のネタにゃなるかもね。。


おお。そういえば。。まだ小学校上がる前にもバイクにひかれたわ。
まったくぼくが悪かったんだけどね。。
思い出というのは、、乳母車にぶっこまれて、、、それを母が押して走って病院に行ったっていうことだな。
あの、、乳母車からぼくはみ出してるんですけども、、、っていうか、、そもそも5歳とかの年頃で乳母車乗ってるって、、ケガしてるとかなんとか、、関係なく、、恥ずかしかったっす。。

いやぁ。
ぼく結構安全運転の人生のつもりだけども、、、結構ケガの思い出ってあるね。。
会話の場面でいちいち話すかどうかは別にして。。。