回復期過食を受け入れられず、食べ過ぎてしまった罪悪感や恐怖心から

吐いてしまう、下剤を使ってしまう

そんな悩みについてお話したいと思います。

 

まず、吐いたり下剤を使用すると回復が遠のきます。

さらに、自律神経は乱れ、代謝が悪くなり、不本意に太りやすい体を作ってしまうことになるのです。

 

そのような体重増加の仕方ではなく、

美味しいものを美味しく食べ終わって、幸せになれる体重増加の方が、

心にも体にも十分に栄養が行き届くと思います。

 

吐けば食べたことが帳消しになるのか。いえ、なりません。

吐くことには多くのデメリットがあります。

次に入ってきたエネルギーを必要以上に吸収してしまうだとか、一層お腹が空いてしまう。繰り返すと胃酸で喉は焼け、癌のリスクも高まります。習慣化してしまうと、依存状態になり、食べる量は回数を重ねるごとに増え、莫大な費用が掛かります。

 

食べ過ぎた罪悪感から吐いてしまうことが多いかと思いますが、吐いたことにも罪悪感が生まれるので、

罪悪感を打ち消すことにはなりません。

打ち消すどころか、吐くという異常な行為でより罪悪感を抱くことになってしまいます。

 

次回は、食へのこだわりについて話したいと思います。

 

 

拒食症克服において、回復期過食を通る人は少なくありません。

回復期過食において多くの人が悩む、

食欲コントロールについてお話したいと思います。

 

私自身、回復期は食欲コントロールができなくて自己嫌悪に陥る毎日を過ごしていました。

前日たくさん食べたのに、今日もたくさん食べてしまう。明日もまたたくさん食べてしまうのだろうか。

毎日朝起きるのが苦痛で、食欲をコントロールできないことが情けなくて消えてしまいたいと思っていました。

 

しかし、回復期においては、食欲はコントロールするものではありません。従うものなのです。

回復期の私たちの身体は、

自分の意志ではどうにもならないほどの強い食欲を発して、

今まで足りなかった分の栄養を取り込もうと必死に頑張ってくれているのです。

 

その食欲をコントロールできるわけがないし、

ここで無理に食欲を抑え込んだり、下剤や嘔吐によって排出行為を行えば、

いくら信号を発しても栄養が送られてこない身体は、さらに強い食欲を発します。

 

回復期過食のさいに、満腹感が得られないという悩みも耳にします。

満腹感がないということは、満腹感を壊してまで体はエネルギーを求めているということなのです。

 

満腹感が感じられない、永遠と食べ続けることができてしまう、周りの人より食べてしまう

怖いかもしれないけれど、

むしろ正常な判断を体がしてくれているということなので、

安心して受け入れてよいのです。

 

次回は、回復期過食を受け入れられず嘔吐をしてしまう、そんな悩みについてお話させていただきます。

 

克服したいけれど、お腹が空かない。このような時は食べなくてもいいのか?

このことについてお話したいと思います。

 

極度の低体重になると、食欲がなくなります。

それはなぜか、体は極度の飢餓状態になっている為、本能で食欲を無くしているからです。

少量のカロリーで満足させようと、脳がバグを起こしている状態、

つまり脳萎縮です。

 

お腹が空いていないからと言って食べないと、脳萎縮が戻らなくなったり、最悪の場合死にます

脳萎縮が戻らないとどうなるか、

認知の歪みは治らず、一生痩せにしがみつく人生。100gの誤差に一喜一憂する人生。を過ごすことになります。

 

 

 

次回は、今回のブログに関連して、コントロールできなくなった食欲についてお話したいと思います。

克服の覚悟を決め食べることへの恐怖は薄れたけれど、体型変化は怖い。という声をよく耳にします。

今回は、私が体型変化を受け入れられるようになった気持ちの変化をお話します。

 

世の中には痩せこそが美だという風潮があり、痩せている=美しいという価値観が広がっています。

 

私もその価値観に飲み込まれ、痩せを目指し始めました。回復期でも、痩せが手放せず苦しむことがありました。

しかし、健康を害して手に入れる痩せ(=BMI18.5未満)は、絶対に賞賛されるものでもないし、

自慢になるものではないと気がつきました。

 

各々に合った体型でいることが、その人の生き方に合っているということです。

死ぬ気で手に入れた痩せは、自分の存在を示すもののように感じてしまうけれど、

体型なんて自分の要素のごく一部なのです。

 

私自身、摂食に葛藤してあらゆる物事に手つかずの時がありました。

しかし、痩せているからといって将来の夢(自己実現)に近づくわけではありません。

勉強をして、内面を磨いて、それでもって夢へ近づける。

体型(=外見)なんて、今後の人生に何の影響も与えません

与えるとしても、体型にこだわることで悪影響しかありません。

 

低体重だと、集中力も記憶力も衰えるし、私が理想の人生を歩むことに害でしかありません。

そもそも人の体型なんか誰も見ていないのです。

みんな自分に必死で、周りなんか見ていません。

周りを見て文句を言う人は、暇で自分の人生を歩めていないような人です。

そんな人の目線なんか気にしなくていいし、

 

体型なんかに拘るちっぽけな人に、自分もなりたくないと思いました。

 

 

はじめまして。摂食障害克服中の20歳です。

簡単に私の発症歴についてお話させていただきます。

 

2021年2月からダイエットを始めました。

拒食症の症状が出始めたのは、5月頃だったと思います。

体重減少により生理が止まっていることを気にも留めず、「痩せたい」「可愛くなりたい」この一心で、食事量はどんどん減り、運動量も増していきました。

 

そんな中、痩せたい私に邪魔となるイベントが発生しました。それは、友人らと行く焼肉の食べ放題です。

行きたい、でも痩せたい、太りたくない、そう思った私は吐けばいいんだと思い付きました。

もうこの時点で一般的なダイエットではなくなっていました。

もちろん初めてだったのでうまく吐くこともできず。

 

それでも毎日毎日食べることで頭がいっぱいでした。

ご褒美の日と称して、たくさん食べる日を設けていましたが、それが段々と過食嘔吐の日に変わっていきました。

 

ダイエット前の体重から、16kg減ったときに親に心療内科への受診を勧められました。

受診を機に克服を決意したのですが、その時は摂食障害に関する正しい知識や、体に関する正しい知識もなく、増加していく体重に耐え切れず、拒食に戻る事となってしまいました。

 

食べられないストレスや家庭環境、大学のストレスから過食嘔吐の頻度が増していきました。

その時の私にとって食べ物は罪悪でしかありませんでした。

 

ダイエットから半年が過ぎたころ、家庭環境や将来の不安から死にたいと思うようになりました。

死ぬために体重を極限まで落とそうと決心しました。今思うと、脳の萎縮のせいなのだと思います。

ダイエット前の体重から23kg減りました。

そして、右耳が聞こえなくなりました。

 

歩くことがギリギリで、朝起き上がるにもトイレに行くにもかなりの体力が必要になりました。

毎朝駅まで徒歩で行っていたのが奇跡のように感じます。

大学の講義も、講義の時間中座っているのがやっとで、全く集中できませんでした。

 

そんな毎日を送っていてふと気づきました。

 

私は、劣悪な家庭環境から逃れたくて死を望んでいるけど、

将来の夢を叶えることでも家庭環境から離れられるのではないかと。

健康な体になって、働いて経済的に自立することが一番なのではないかと。

 

そして、ダイエット開始から8か月、本気で克服を決意しました。