偏光色のオパールの粉で塗られた唇に、タバコを挟みながら、氷のダイヤモンドが詰まった冷蔵庫を開けてオレンジ色の果実を取り出す。少し干からびて堅くなっていたけれど、包丁で傷をつけると甘酸っぱい香りがした。身近な鼻孔療法。窓に吊るされた音の鳴る箱からは、ピアノの音が小さな音符となって広がり、頭の中ではコーラスが始まった。             

窓の外では、3日間降り続いたが止み、雲の隙間から太陽が顔を出した。銀色のような肌寒い空気の中で、薄いピンクの水玉が揺らめき、子供達がそれを取ろうと、腕をめいっぱい伸ばしている。子供達が一番なりたいものが水玉ハンター。ハンターの服に付いている水玉の数で、ハンターとしての階級が決まる。女の子も男の子も夢中だ。タバコの灰が、2センチほどのオブジェになりかかっている。灰皿に灰を落とそうとした瞬間に、灰は床にくずれていった。                    

頭の中ではコーラスが鳴り響く。頭を振っても止まらない。脳みそが、ハイヒールを履いて、踊れと指令を出しているようだ。奥の部屋のクローゼットから、盗んできた針金のハイヒールを取り出して履いてみる。コーラスに合わせ、足を動かす度に、針金が曲がるから、形を保つのが難しい。                  

33回目のステップを踏んだ時、左足がぐにゃっと曲がった。
空が暗くなりはじめた頃、ふと気が付くと、端っこをネズミにかじられたような月が太陽とケンカしていた。今日は早めに夜になるらしい。ケンカに勝った月がどんどん上の方にあがっていく。             

夢の中に、毛玉のついたクマの着ぐるみを着た小太りの男が出てきた。男の仕事は、街角で子供達に色のついた透明の小石を配ること。時間なんて関係ない。98000個の小石を配り終えるまでは、家に帰ることはできない。雲の十字軍が、気まぐれで雨を降らせても、小太りの男は傘もささずに、小石を配り続ける。着ぐるみの毛足の先からチクチクとする水滴が頬を伝っても、小太りの男は家に帰ることができない。ケンカに勝ってちょっと鼻を高くした月でさえ、たまに哀れな表情で男のことを見ている。彼が街に来た最初の頃はよかった。子供達は、物珍しそうに男にまとりついて離れなかった。98000個の小石も足りないくらいだった。でも時間が経つにつれて、子供達は飽きてしまった。あんなにはしゃいで、中には同じようにクマの着ぐるみを、ミルクのような匂いのする着ぐるみを着ていた子供までいたのに。子供達は一人一人と離れて、他のことに夢中になってしまった。誰もクマの着ぐるみを着て街を歩きたいと思わなくなってしまった。それでも、小太りの男は毎日街角にたって、子供達に小石を渡そうとがんばっている。ひょっとしたら彼は家に帰りたくないのかもしれない。ひょっとしたら、家に帰っても、幸せが待っているんじゃないことを知ってるのかもしれない。
ある日のお昼ちょっと前。   


ポロポロン、ポロポロン。ニュース速報。


「日本各地で異常な竜巻が発生してる模様」


数分後。ある日の正午。


ニュースキャスターの男。

「正午をまわりました。お昼のニュースの時間です」

背面にデジタルな日本地図。


「ただいま入った情報によりますと日本各地で異常な竜巻が発生してる模様です。現場の羊谷さん」


吹き荒れる激しい風の中、マイクを持って叫ぶ羊谷。


「今朝がた茨城県水戸地方で発生した竜巻は全国へ飛び火し各地で猛威をっ、うわっ、猛威を奮っている模様ですっうわっ」


ふたたびニュースキャスター。
「今日はゲストに気象予報士の白鳥教授におこしいただいています。(キャスターが白髪の男性を見る)白鳥さん、今回日本各地に発生したこの異常な竜巻は一体何が原因なんでしょう?」


白鳥教授。
「えー今回の竜巻はですね、えー茨城の水戸を初めとした納豆ブームが原因でしょうね。納豆は秒速98/m以上でかきまわすと、粘点を越えて竜巻になることは1928年東海豆次郎先生によって証明されてますから。いやーでも私も実際に目にするのは初めてですね」


「ではもう一度羊谷さんを呼んでみましょう。羊谷さん、現場の様子はいかがでしょうか?」キャスター。


「はっはいっ。羊谷です。竜巻はさらに勢いを増しているように感じます。家や木がなぎ倒され、ネバネバした暴風にからめとられています。僕もさっき一度飛ばされそうになりました、ハイっ。」


「やっぱり納豆の臭いはするのかね?」白鳥教授。


「えっ?あーちょっと聞き取りずらいんですが」


「やっぱりその、なんというか納豆臭いのか、、、」白鳥教授の言葉が途切れる。


羊谷の右背後から粒粒した巨大な納豆竜巻が今にも羊谷を飲み込もうとしていた。


「ひっひ羊谷くんっ!」                   


「え?ハイ、なんでしょう?」


「うっうしろっうしろっ!」

羊谷が振り返るのと同時に、
「ぎゃー、だっだれかっ、うわっ、メェー、わーギョエッ、ワー*****」


......一面黄色のお花畑。(ただいま映像が乱れております)




ニュースキャスターの男。

「えー、大変お見苦しいところをお見せいたしました。これにて正午のニュースを終わります」