福岡にいる祖母がもう永くはない。

そう母から伝えられ、意識のあるうちに
顔を見せて、新しく生まれたひ孫も見せたいと
思いました。

父母に無理をお願いし、
子連れでの博多行を急遽、決行しました。

父も母もすでに祖母の容体を見ていましたので、
行くなら急いだ方が良いとの事でした。

幸せ君1号のやんちゃぶりに
大人な3人ヘトヘトになりながらも、
飲み食いしつつ博多入り。

暑い。暑い。
熱風です。

到着すると益々穏やかな顔になっている
祖父。
ひ孫が笑う姿をみて
笑顔が沢山でました。
祖父の笑顔を貰えただけでも
きて良かったと思いました。

翌日、私一人で祖母を見舞うと、
時々白目になったり、何だかウツラウツラしていた祖母。
ほとんど喋れず、舌には沢山の苔がついしまっていました。
元気だった頃はふくよかだった身体は
骨と皮だけになっていて
死にゆく現実をみました。

祖父も高齢で腰が悪く、今は自由に動けません。
ここ数年、祖母だけの為に生きている祖父なので
入院している祖母のそばに一日中くっついています。

父の事があってから、
大切な人が死ぬという事を受け入れる容器が
心の中に出来ました。
そして大きな苦しみや痛みもなく
高齢まで生きて亡くなる事が
悲しいというよりも
幸せだなぁと思うようになりました。
だから祖母の事も、悲しむよりも
沢山の感謝の気持ちを向けようと思いました。



祖母宅は田舎だけに家が広く、
沢山の物たちが部屋の数だけあります。

思い出の品々も当人がいなければ
残された人の思い出の品々にはなりません。

身体が動けるうちに
思い出の品々も断捨離していく。
それが自分の生を責任持って終える準備なのかもって
思いました。