必死な毎日が続いていて、ブログが書けなかった。
2022年の元日を迎えて書いた前記事。
しかし。朝のゴハンを、吐かせてしまった。
わたしが元旦に起きていることなどまずないのに、珍しく午前中に起きていて、
サバちゃんに元旦のゴハンを与えて、吐かせてしまったのだ。
起こしてくれるだろうと思って、うっかり6時間も寝てしまったのだ。
サバちゃんは空腹で、もうウックンウックン言っていた。
柔らかいめの缶詰にしてすぐに与えたが、もうダメだった。
元旦早々吐いてしまって、ああ、昨夜書いた記事は何だったの、
なんで起きられなかったの、元日早々吐かせてしまうだなんて。
わたしは自分を責めた。
だってサバちゃんに非はない。
一方的にママが至らない。
それを、忙しすぎた当時は、吐いたと言ってわたしは怒った。
怒ってどうなる。
わたしは完全にサバちゃんに甘え切っていた。
思えばわたしも吐く子供だった。
子供当時だけでなく、自分で車を運転するようになるまでは、乗り物酔いが強かった。
特急列車でも酔うので、当時あった「食堂車」に、行きたかったが、一度も経験はない。
車などない貧乏な家の育ちなので、人さまの車に乗せてもらう。
わたしは必ず酔う。
なのに、外面だけがいい母はわたしのことには関心がなく、
おしゃべりばかりしているので、
母が振り返ったころにはもう既に遅しという事態であった。
母は怒り狂ったが、自分の子供が吐く子であると、なぜ認識しないのか、
子供心に不思議で腹立たしかった。
わたしの息子も酔いやすくすぐ吐く子だった。
どれくらい酷いかというと、公園のブランコで酔うレベル。
車はもちろん、新幹線でも危ないので、
わたしは規制するときの二時間の新幹線、ずっと息子の顔色を見ていた。
本などを見せると吐くので、わたしが息子の耳元で、小さい声で二時間、延々歌を歌った。
朝の子供番組の歌の分厚い本を持って乗って、
それを延々二時間歌うのだ。
それでも、小学生でもまだ酔いやすかった。
そして、吐く猫との暮らし。
これはわたしの「カルマ」である。
サバちゃんは小さいころからとにかくよく吐いた。
猫は吐きやすい動物です、と聞いても、
この子の吐き方は普通ではないと、担当ドクターに言われた。
今は病気で吐くことが増えてしまったが、もともと週イチで吐く子なのだ。
今回、内視鏡検査で見てもらい私たちも画像を見たが、胃は綺麗だった。
ツルっとしていてピンクで健康そうだった。
問題は十二指腸。ここが病変している。
それと、胃と十二指腸を繋いでいる「幽門」が大きい。
これが、この子の体質を決めていると言える。
吐き戻しやすいのは幽門がゆるいからなのだ。
元旦に吐かせてしまい、わたしは泣いた。
やって来た夫に「サバちゃんが起こさないの。」と泣くと、
「じゃあアラームかけて自分で起きればいいだろ。」と正論を吐いて帰った。
この男には優しさというものがない。
責任感はあるかもしれないが、優しくされたことはないと断言する。
そこから、三時間でアラームを掛けて、起きてゴハンを与える怒涛の毎日。
眠くてフラフラで、わたしは使い物にならない。
12月は結構仕事をして収入を得たが、年が明けてからは全く何も出来ない。
いつ寝ているのか起きているのか自分でもわからず、薬の飲み方もおかしくなってしまった。
ひたすらサバちゃんの顔色をうかがいながら、
とにかく吐かせないように、薬が飲めるように環境を必死で整えた。
けれど、吐かない日が続いて、一回40グラム食べられるようになって、
ちょっと楽になったとき、油断した。
一番好きな缶詰で、これで吐いたことがないため、買い物から帰宅して、
急いで与えて、
様子を見ていないで、キッチンで片づけをしていた。
異変に気付いて戻ると、うっくんうっくんしており、ちびバケツを差し出して吐かせると既にそれは液体だった。
つまり何回か吐いた後だったのだ。
見回すと、オープンベッドから下に向けて大量に。
ラグの上に大量に。
わたしが受けたのは3回目。
そのあともわたしの布団の上で4回、5回と吐いた。
それでも多いほうだ。完全に油断していた。
一旦自分のベッドに入ったが、また飛び出して行ったので追ってバケツを差し出すと、
6回目、そして息づぎする間もなく7回目と、いずれも大量の水分を吐いた。
これは尋常ではない。
この日は悪しくも木曜日。担当の先生の休みの日だ。
時計は11時59分。
わたしはまず、動物病院に電話をした。
休みの日でも担当医に連絡をお願いすれば、指示を出してもらえるとあらかじめ聞いていた。
電話口で、尋常ではない吐き方をしたので、飼い主目線では、明日まで放置できない、
すぐに吐き気止めの処置が必要なレベルであると思うことを伝えた。
受付の人がしっかりしていて、きちんと様子を聞いて、
担当医からの指示を聞いたら折り返し電話してくれることとなった。
この日。
東京は大雪であった。
前回、ひどい状況になって預けに行くときも雨嵐で、
夫が出張で留守だったので、わたしは撥水の大風呂敷でくるんだキャリーを背負って、
タクシーで病院に行ったのだった。
順調に、6日間頑張って来たのに。
眠くてフラフラでも、吐かないようにするために必死に頑張ったのに。
注意深く観察していれば、食べ始める時に、「なんかおかしい」って絶対に気が付けたはずなのに!
やっと40グラム食べられるようになったのに。
40グラム食べさせられればわたしは4時間半、眠れる。
けれどこれでまた、振り出しに戻り、またスープからのリスタートだ。
それでも前夜、抗がん剤を飲めていたことはラッキーであった。
そうとでも思わないとやり切れない。
こんなに必死に頑張って来たのに。
皆さんも沢山祈ってくださってるのにと、
心から辛かった。

2022年1月10日









