不謹慎てなんなの、と思う。
ニュースとかを見てると軒並み娯楽がコンセプトのイベントだったりは中止を余儀なくされている。まあ予想できた流れではある。余震とかへの警戒は必要だし。
ただまあ、たぶんこれまで予定されていたイベントを、チャリティー的な意味合いなしに行えば「不謹慎だ!」とバッシングを浴びることになるだろうな、と思う。イベントだけじゃない、例えばテレビのバラエティ番組とか、アイドルのブログとか。そこには「不謹慎だ!」と言われないための線引きを探り探り進んでいる空気は確実にある。抽象的なことを言えば、「楽しむことに臆病になった」とでもいうところか。
そりゃね、おれも「こいつ不謹慎やなー」と思う時は多々あるよ。「ビーチがやってきてくれる」とかぬかしたアメリカのコメディアンとか。ただおれは、食事でも学問でも娯楽でも、「楽しむ」ってことは時にものすごいエネルギーに変わると思ってる。
抽象的な意味合いもそうなんだけど、娯楽や嗜好が経済に直結しやすい日本で、「楽しむ」ってことは復興の直接的なバロメータになる、と思うんだよね。「楽しむ余裕がある=復興」という考え方はあながち間違ってはないはずだ。
例えばうちの母ちゃん。震災翌日には「家で怯えててもしょうがない!」っつって、先週頭に予約した美容院行ってきた。世間様からしてみりゃ「不謹慎だ!」となるかもしれない。だけど国民全員が「不謹慎だから…」って自粛してたら間違いなく美容師さんは食いっぱぐれるはずだ。
あるいはパチンコ屋。無駄な電力消費は多いだろうが、だからって例えば法令で営業禁止とかにしたらパチンコ関連の企業、細かく言えばそこの社員さんはみんなおまんまの食い上げ(まあおれもパチンコ屋はちと電力消費減らす工夫しなさいよ、とは思うけど)。
おれは「楽しむことは不謹慎じゃない」と思ってる。ライブだって可能ならどんどんやればいいし、おめでたいことなら盛大に祝えばいい。もちろんそれは他人の気持ちや尊厳を傷つけない範囲で行われるべきだとは思うけど、こんな時だからこそ、楽しむことは大きな意味をもつんじゃなかろうか。
「不謹慎だ!」って言葉にはたぶん「日本、被災地がこんな状態なのに能天気になにしとるんだ」て意味合いが含まれてると思うんだけど、被災地の人が言うならまだしも被害の少ない地域の人間がさも被災地の人々の気持ちを代弁してます、みたいな雰囲気で「不謹慎だ!」って言うのは明らかにおかしいんじゃないの、あんた自分は優しい人間ですよってアピールしたいだけじゃねーの、とひねくれたおれは思う。だったら「こんなときに何やってんだ、私は不愉快だ」って言う方がよっぽどはっきりしてる。
結局、不謹慎だ!っていう言葉ではなんも救えない、ということをおれは言いたい。楽しむ余裕がある奴は、音楽でも読書でもゲームでも、とことん楽しんだらいい。その余裕の中から、楽しむことができない人たちに少し優しさをわけてほしい。それが偽善だろうがなんだろうが、今の状況を少しでもよくすることができる方法だと思う。
そしておれはなんでもかんでも「不謹慎だ!」と否定する自称理解ある皆様に問いたい「謹慎したら状況よくなるの?」と。
以上。長文読んでくれてありがとう。ではもうすぐ停電なのでおれは朝飯を片付けたら睡眠とSKEの動画を楽しもうと思います。
ニュースとかを見てると軒並み娯楽がコンセプトのイベントだったりは中止を余儀なくされている。まあ予想できた流れではある。余震とかへの警戒は必要だし。
ただまあ、たぶんこれまで予定されていたイベントを、チャリティー的な意味合いなしに行えば「不謹慎だ!」とバッシングを浴びることになるだろうな、と思う。イベントだけじゃない、例えばテレビのバラエティ番組とか、アイドルのブログとか。そこには「不謹慎だ!」と言われないための線引きを探り探り進んでいる空気は確実にある。抽象的なことを言えば、「楽しむことに臆病になった」とでもいうところか。
そりゃね、おれも「こいつ不謹慎やなー」と思う時は多々あるよ。「ビーチがやってきてくれる」とかぬかしたアメリカのコメディアンとか。ただおれは、食事でも学問でも娯楽でも、「楽しむ」ってことは時にものすごいエネルギーに変わると思ってる。
抽象的な意味合いもそうなんだけど、娯楽や嗜好が経済に直結しやすい日本で、「楽しむ」ってことは復興の直接的なバロメータになる、と思うんだよね。「楽しむ余裕がある=復興」という考え方はあながち間違ってはないはずだ。
例えばうちの母ちゃん。震災翌日には「家で怯えててもしょうがない!」っつって、先週頭に予約した美容院行ってきた。世間様からしてみりゃ「不謹慎だ!」となるかもしれない。だけど国民全員が「不謹慎だから…」って自粛してたら間違いなく美容師さんは食いっぱぐれるはずだ。
あるいはパチンコ屋。無駄な電力消費は多いだろうが、だからって例えば法令で営業禁止とかにしたらパチンコ関連の企業、細かく言えばそこの社員さんはみんなおまんまの食い上げ(まあおれもパチンコ屋はちと電力消費減らす工夫しなさいよ、とは思うけど)。
おれは「楽しむことは不謹慎じゃない」と思ってる。ライブだって可能ならどんどんやればいいし、おめでたいことなら盛大に祝えばいい。もちろんそれは他人の気持ちや尊厳を傷つけない範囲で行われるべきだとは思うけど、こんな時だからこそ、楽しむことは大きな意味をもつんじゃなかろうか。
「不謹慎だ!」って言葉にはたぶん「日本、被災地がこんな状態なのに能天気になにしとるんだ」て意味合いが含まれてると思うんだけど、被災地の人が言うならまだしも被害の少ない地域の人間がさも被災地の人々の気持ちを代弁してます、みたいな雰囲気で「不謹慎だ!」って言うのは明らかにおかしいんじゃないの、あんた自分は優しい人間ですよってアピールしたいだけじゃねーの、とひねくれたおれは思う。だったら「こんなときに何やってんだ、私は不愉快だ」って言う方がよっぽどはっきりしてる。
結局、不謹慎だ!っていう言葉ではなんも救えない、ということをおれは言いたい。楽しむ余裕がある奴は、音楽でも読書でもゲームでも、とことん楽しんだらいい。その余裕の中から、楽しむことができない人たちに少し優しさをわけてほしい。それが偽善だろうがなんだろうが、今の状況を少しでもよくすることができる方法だと思う。
そしておれはなんでもかんでも「不謹慎だ!」と否定する自称理解ある皆様に問いたい「謹慎したら状況よくなるの?」と。
以上。長文読んでくれてありがとう。ではもうすぐ停電なのでおれは朝飯を片付けたら睡眠とSKEの動画を楽しもうと思います。